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Episode 1〜朧夜の鐘〜

 ルクノウは、村で得た狩りの知識を頼りに野営を繰り返し、旅立ちからすでに三日が経過していた。


「馬ならもうじき着く頃なのに……」

 王都へは馬で三日、徒歩で十日ほどの道のりである。

 乗馬の練習をしておけばよかったと今更ながらにルクノウは悔やんでいた。


 馬に乗って森を颯爽と駆け抜けることは、さぞかし心地の良いものだろう。そんなことを考えていると、いつの間にか森の開けた場所へと足を踏み入れていた。


「こんなところに……人里?」


 ルクノウの目線の先には、カノン村の半分にも満たない集落があった。


 ルクノウは、村の周囲に人里があるなど聞いたことがなかった。少し不思議に思うが、森には広く手付かずの場所も多くある。考えてみれば交流がない場所もあるのだろうと考え、一度胸にしまう。


 森の日暮は早い。

 そうこうするうちに、辺りが暗くなり始めたので、今日はここで一泊できないものかと期待が高まる。


 が、人影が見当たらない。


 しかし、住居の前に置いてある桶には水が張られており、一方のかまどは火の気配すら感じる。


「すいませーん! 誰かいませんかー!」

 ――反応がない。それどころか、ルクノウの耳には、一切の生活音が聞こえてこない。

 しかし、無視をされているわけではなく、ただどこかへ出払っているだけに思えた。


 人里の中を歩き回っても一向に変わらず、すっかり夜も更けてしまった。

 どうすることもできずに諦めたルクノウは、いつも通りの野営で夜を明かすことにした。


 今晩はどこで火を起こそうかと周囲を見渡していると、とあるやぐらに掲げられている、一つの大きな影が見えた。

「……僕くらいの大きさがあるな」

 それは、ルクノウの背丈ほど大きな“鐘”だった。


 なぜこの大きな影に今まで気づけなかったのかとも思うが、ルクノウは人を探すことに必死だったのだろうという結論に至った。


 先ほど目にした立ち並ぶ家屋とは異なり、鐘には手入れの様子がなく、錆びと所々変色も見受けられた。

 鐘につながっている縄は、ルクノウの両腕を合わせたほど太く、それは手を伸ばせばなんとか届く位置にあり、縄先には切り裂かれたような跡が残っていた。


「もう……使われていないのかな」


 ここで考えていても何も答えは出てこない。今はとにかく野営の準備を進めることにした。



 ルクノウは、鐘がよく見える小高い場所を見つけた。

 散策の道中で集めた枝木を重ね、そこに火を起こす。火おこしも村で得た知識だ。

 持参した干し肉と薬草のスープで簡単な食事を済ませた。干し肉はルクノウの好物の一つだ。まだ飽きはこない。


 焚き火を眺め、物思いにふける。


 今は手入れされていないとはいえ、立派な鐘ができた当初はそれなりに栄えていたはずだ。

 栄えていたからこそ、カノン村への接触がないことは何もおかしいことではない。しかし、カノン村の人々がこの栄えた集落を見落とすのだろうか。


 焚き火はパチパチと音を立てて、ルクノウを暖かく照らす。

 火の揺らぎを目で追っていると、突然ピタリと静止した。風の音が途絶え、森全体が息を潜めたかのように静まり返る。


「この感じは……」

 覚えのある違和感が身を包む。

 ――ファウステルと会話をした、あの夜の空気だ。


 止まっていた火が今度は勢いを増し、次第に青い業火へと姿を変える。不思議と熱は感じなかった。

 やがてその一部が切り取られたかのように宙を舞う。不可思議に浮く炎に、周囲は飲み込まれ、時空が歪んだ。


 歪みは大きくなり、そこから人影が覗く。


「お久しぶりです」

『久しいのう。選ばれし者よ』

『格好つけちゃって……素直にルクノウって呼べばいいのに』

 ――ファウステルとオルガが姿を現した。


『せっかくのあたちたちの登場なのに、驚きもしないなんて、可愛げのない子孫だこと!』

 オルガは「信じられないわ」とでも言いたげに口を膨らませる。

「そんなこと言われましても……前も同じように目の前に現れましたし……」

『まあまあ、良いではないか。こうして儂らの導きに応えてくれているんじゃから』

 ファウステルはオルガを微笑みながら諭す。

「導き……ですか?」

『“ルーちゃん”の前に現れるには、ルーちゃん自身の呼びかけがないとダメなのよ』

「いや……僕は呼んでいませんよ?」

『導きの声を必要とする時、扉は開かれるのじゃよ」

『そうよそうよ! しっかりとあたちたちが導いてあげるから安心しなさい!』

「でも、今は本当に困っていないですよ?」

『ほんっと、可愛げのない子ね。誰に似たのかしら?』

『儂らの誰かじゃな』

 ファウステルは癖のように髭を撫でる。

『って! 今はそんなことを悠長に話している場合じゃないの!』

 オルガは高く飛び、ファウステルの頭をはたいた。

「……喧嘩しないでくださいよ。僕はもう寝てもいいですか?」

『ちょっと! 待ちなさいよ! 話くらい聞きなさいっての!』

「はあ……」

 祖先たちの勢いに押されるがまま、ルクノウは“とある昔話”を聞くことになった。



 かつてこの地には集落……もとい、村があったそうだ。

 

 “夕鐘せきしょうの村”と呼ばれるほどに、夕暮れ時になると美しい鐘の音色を響かせていた。

 鐘の音は、村に終業の合図を告げ、人々は1日の営みを終えたそうだ。


(それで誰も村にいなかったのか……?)

「でも、この村の鐘は、しばらくの間使われていないようでしたけど」

『そうね。今はもう使われていないわ』

『鐘が使われなくなった“切っ掛け”があるのじゃよ』

「切っ掛け……」

『“あれら”は悪意もなく、突如として村人たちの営みを奪い始めたんじゃ』

『夕鐘の村にはね、昔から、“精霊”との間にとある契りが交わされていたのよ』

「え……精霊なんて、御伽話の中だけじゃないんですか?」

『今はもう、ただの御伽話ね』

 “今は”。この言葉の意味するところは、まだルクノウにはわからなかった。


『……この村には、鐘を鳴らすことで、“精霊”と“日々の収穫”を結ぶという契りが結ばれておった』


 夕暮れ時に鐘の音が響くたび、風が穏やかに村を撫で、赤子の泣き声はパタリと止んだという。契りはいつしか“伝統”となり、世代が変われど受け継がれる“伝承”となった。

 “精霊との契り”という一点においては、忘れ去られていったままに。


『そして……ある代変わりを境に、村の運命を大きく変えることとなるのじゃ』


 ――若くして就任したとある村長によって。

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