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Episode 21〜過去のゆりかご〜

 ――オルガ=エイカシアよ。


 その一言が、僕の頭の中で反芻はんすうする。

 散りばめられた点と点が繋がりを見せ始めるけれど、線と呼ぶにはあまりに歪で、今の僕の心の揺らぎを映すかのようだった。


「あはは。そんな改まっちゃって。全員がそうってわけでもないし、素質ある血族ってだけよ」

 僕の胸のざわめきを晴らすみたいに、オルガさんはカラッと笑った。

「じゃが、原初であることに変わりは……」

「それに! 私が自分の手で選び取ったからこその“今”なのよ? 誰もおじいちゃんを責めたりしないわ」

 

 ファウステルさんの言葉を遮り、オルガさんは力強く、けれど柔らかな横顔でそう告げた。

 

 それにしても、二人と血縁関係があるはずの僕は、“=エイカシア”という呼び名はついていない。

 

 そういえば、前にロンさんが「名とは別に、姓というものを王族のルフトラ家とその分家だけが持っている」と言っていた。


 ということは、エイカシアは王族ということなのか?


 それは流石に飛躍しすぎだろうか。そもそも、エイカシアが姓にあたるのかすらわかっていないので、あの時に感じ取った違和感の正体を、僕は掴めないままでいた。


「それで、森の名前はもう決めたの?」

「“襉凪かんなぎ”と“奏耀そうよう”が良いのではないかと思っておる」


────────


我々は、アルカナンの森を混沌から秩序へと変えるべく、二つの名を授けた。


――襉凪かんなぎ奏耀そうよう


────────


 ある一節が脳裏をよぎる。


「いいじゃない。陰と陽って感じね。名は体を表すって言うし、これでこの世界に調和がもたらされるはずよ」

「そうじゃとよいが……」

 ファウステルさんは顎に蓄えた白い髭を撫でる仕草を見せる。

「何弱気なこと言ってんのよ。私がやるんだから胸をドンとはってよね」

 両腕を両脇にガシッとつけて、胸を張る様子は、僕の知るオルガさんそのもので、思わず口元が緩む。


「そういえば、祠はどうするの? 精霊たちに護ってもらう?」

「いや、祠の場所には“カナン村”という名で新たな集落を建てさせようと思っておる。アルカナンの森の名残を残しつつも、精霊に頼らずとも次なるエイカシアを育てる地として機能することを願ってのう」

「その方がいいわね。できることなら私たちの手で育ててあげたいけれど、“自然の赴くままに”だものね」

「そうじゃ。干渉しすぎてはならぬ。自らの手で選び抜いた先にこそ、未来は切り拓かれるのじゃから」


────────


『 そなたはもう世界に選ばれた身。思うがままに進むと良い。自ずと道は開かれるじゃろう』


────────


 いつか言っていた、ファウステルさんの言葉が重なる。


「王都が生まれることで、他の部落もまとまりを見せ、各々がやがて大きな土地を治めることになるじゃろう」

奏耀そうようは活気を見せるでしょうけど、襉凪かんなぎが心配ね」

「精霊と共にあり続けることで奏耀そうようにはない偏りを見せるやもしれぬ」


 夕鐘の村の顛末は、この日から決まっていたのかもしれない。自らが選択することで何かが変わるかもしれないという葛藤も仕方がないことと割り切るには、もう少し時間がかかりそうだ。


「私はその景色を見ることはできないけれど、安らかな日々が待っていると信じているわ」

「……人と森とが共にあることで、精霊の力がなくとも世界は均衡を得て、循環するじゃろう」

「そうね。そのためには精霊の住む森にも人の営みが必要ね。そこに根を張り、静かに息づくこと。その積み重ねが未来を守る礎になってくれるわ」


 ファウステルさんは俯き、しばし思案するかのような沈黙が流れた。

 やがて顔をあげ、ゆっくりと語りだした。


「森は、大きな“ゆりかご”にすぎない。使命と宿命を背負い、世界へと羽ばたいてこそのエイカシアなのじゃから」

「背負うだなんて大袈裟よ。羽がなくともきっと、風が運んでくれるわ」

 オルガさんは肩を竦め、いつもの調子で言い返す。

 僕から二人の顔は見えないけれど、雲一つない晴れ渡る空を、二人は見つめていた。


【新たにエイカシアと共に歩む者よ。汝は何を思うか】


 僕の歩むべき道とは――


 “声なき声”の問いかけに、僕は答えを見出せるのだろうか。

 

 少なくとも、“森の死”を感じたあの日から歩き始めていることは確かだ。


 眩い光と渦巻く景色が混ざり合う。


 ああ、もう図書館に戻るんだな。

 そう直感が告げていた。


 これまでの時間の旅とは違った感覚に、僕の身体はゆっくりと呑まれていった


「あとのことはルフトリアに託そう……。自らの歩みが織りなす未来を、この世界に示してくれることじゃろう」


 ファウステルさんのこの言葉が最後の扉となった。

 次第に意識は薄れ、やがて静寂に包まれた。


 意識が戻ると、そこはもう王立図書館だった。


 パラパラという音が聞こえる。

 風に煽られた書物が勢いよくめくれる音だ。

 

 ぴたりと風が止んで、最後の見開きが開かれる。

 というより、元から風なんて室内に吹くはずがなく、何者かの意図することなのかもしれない。


 手元にある書物はたしか、“マルガタクトの導き”だったはず。


 マルガタクトとはおそらく――神の名だ。


 僕は文字通り、導かれたのかもしれない。

 そう思いながら目線を落とすと、そこには“著 ファウステル=エイカシア”の文字が。


 僕は手元の書物の違和感に気づく。

 手に取った時と比べ、少し厚みを増したように思えた。

 ふと背表紙を覗くと、そこには本来あるはずのない“アルカナン森記”の名が刻まれていた。


 僕は周りに悟られぬよう、混乱を押し殺しながら読み返そうとした――が、さらに困惑することとなった。


 先ほどまで理解できた文字が、今や全く読めなくなっていたのだ。

 まるで、“導き”を絶たれたかのような、まだ満足に歩けないのに、ゆりかごの外へと放り出される。そんな不安が僕を襲った。

 

『うふふ。随分と困惑されているようですね』


 ――聞き慣れた透き通る女性の声がした。


 僕の目の前の椅子に腰掛けていたのは、“円卓の七賢人”の一人、イレーネさんだった。


『もうお気づきかもしれませんが……あの日の続きをお話しに来ました』


 世界から隔離された時の中、光に照らされた僕を包み込むような声だけが、僕の頭に響いた。

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