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Prologue 2〜選ばれし者〜

「僕が、選ばれし者……」

『石碑に触れ、伝承を聞いた今のそなたであれば、自身の身に何が起きているのか、分からないわけではなかろう?』

 ルクノウは、この男性に全てを見透かされているような気がした。

「なぜ……あなたは石碑と伝承のことを知っているのですか?」

『儂らは、常に世界の綻びを見届けてきた』

「……ら?」

『そなたの“祖先たち”といえば早いかの』

「祖先たち……ということは、ファウステルさんは歴代の村長のどなたかということですか?」

『いや、儂の場合はもっと前じゃな』

「もっと前?」

(伝承よりも前の時代ってことか?)

「幽霊……なのでしょうか?」

『そうと言えばそうじゃが、違うと言えば違うの』

「どっちなんですか……」

 ルクノウは、思わず心の声が漏れてしまう。

『ふぉっふぉっふぉっ。ただ、選ばれし者であるそなたと話がしたいと思っておったのじゃ』

「いや……そもそも、僕は本当に選ばれし者なのでしょうか。兄の方が僕よりよっぽど優秀で……」

 ルクノウにとっての兄は、背中を見て追いかける対象になるほど、偉大な人物だった。

『確かにそなたの兄は優秀かもしれんが……そなたは兄にない“素質”を持ち合わせておる』

「素質?」

『ふむ。数年前、世界の綻び……つまりは世界の崩壊の兆しを見たであろう?』

 ルクノウには思い当たる節があった。

 一夜にして森が枯れたあの日の事を。

「もしかして……あの日の森のことですか?」

『そうじゃ。やはり感じでおったか』

「だからって、どうして僕に素質があることになるんですか? 村の人たちも目の当たりにした厄災では……」


『そなたはあれに“森の死”を感じたのではないか?』


「……」

また何かを見透かされているような気がした。

『それが“素質”というものじゃよ。世界の綻びはただ見るだけのものではない。そこから何を選ぶのか……世界からの問いなのじゃよ』

「世界……」

『ふぉっふぉっふぉっ。難しく考えずともよい。これから先の時代に、どう紡ぐかが重要なのじゃ』

「先の時代にですか?」

『そうじゃ。今も世界のどこかで、綻びは密かに終わりへと向かっておる。それはこの世界に多大なる影響を与えるやもしれんし、一方で、何ももたらさずにひっそりと息を引き取るだけやもしれん』

「尚更、僕にできることなんて……」

『そう卑下するでない。そのためにわしらが居るんじゃよ。綻びを“見届ける者”を“導く者”として』

「導く者……もしかしてファウステルさんは、エイカシアをご存知ですか?」

『エイカシアか、懐かしいのお。それについては……』


『ちょっとおじいちゃん! いつまで喋ってるのよ! あたちの出る時間がないじゃない!』


 ルクノウたちの会話を遮るように、ファウステルの後ろから、幼い女の子の声がした。

 ルクノウは森で聞いた女性の声とどこか似ている気がしていたが、あの声は少女の声では無かったので、一層謎は深まる。


『すまんなオルガよ。つい子孫と話せて舞い上がってしまったわい』

「オルガ……さん?」

 オルガは跳ねるようにして、ファウステルの後ろからこちらを覗いている。この少女も“祖先”なのだろうか。

『“儂ら”祖先は、いつもそなたを見守っておるよ』

 ファウステルが別れを告げるようにそう呟くと、ルクノウは意識が朦朧もうろうとしてきた。

「ちょっと……待ってください! 僕は一体……何をすれば……」

『そなたはもう世界に選ばれた身。思うがままに進むと良い。信じれば自ずと道は開かれるじゃろう』

 

 ルクノウは再び眩い光に包まれる。


 ルクノウが気がつくと、鳥が朝を告げていた。

「夢……なのか? それに、耳鳴りや祠での声って……」

 ルクノウの意識が徐々にはっきりしてくることに比例して、朝食のいい匂いが鼻をつく。

「ルー! 朝食ができてるぞー!」

 兄の呼ぶ声がする。ルクノウは“夢’の余韻を断ち切るように立ち上がった。


 朝食をとりながら、ルクノウはある衝撃的なことを知ることになる。


「お前も母さんから“あの伝承”を聞いたらしいな」


 兄はすでに母から伝承を聞いていたのだ。

 いずれ村長になるであろう兄に。


 それだけではなかった。

 ルクノウが“森の死”を感じたあの日、母の村長としての指示により、兄は王都へ文献を調べに向かった。

 帰ってきた時には母以外に明かさなかったが、そこで兄はエイカシアについての記述を見たそうだ。

 そのことを母に話した後、兄は伝承を聞くこととなった。


「ルーにも、あの文献の話をしないといけないな」

 

〈文献の一部〉

エイカシアの名を冠する者。

王と手を取り世界を厄災から導き、この地に安寧をもたらすだろう。


 文献は古い言葉で書かれていたため、解読に時間がかかり、ほんの一部しか知ることはできなかったそうだ。


「世界にとって、この村ってなんなんだろうな」

 兄は王都へ行き、情報を仕入れたことで、何か思うことがあるのかもしれない。

「その事なんだけど……」

(ファウステルさんに会ったことを伝えた方がいいのかな……)


「……お前には何かが見えているんだろ? “あの日”だって、ルーは何かを感じ取っていたんじゃないか?」


 いつも兄はルクノウを優しく見守ってきた。

 父との記憶が無いルクノウにとって、兄はあまりに大きく見えていた。


「ルーも一度王立図書館を訪れて、文献を見てくればいい。俺とは違う何かを見つけることができると思うんだ。それに、これからを担う者としての経験を積む為に、王都へ旅をするのも悪く無いだろ?」

 兄は朗らかな表情でルクノウに笑いかける。


「私からも。ルクノウ、一度世界を見てきなさい。あなたとエイカシアの繋がりも何かわかるかもしれません」


 離れたところで息子たちの会話を聞いていた母が、村長としての言葉をかける。

 二人はまるでこうなることが最初から分かっていたかのようだった。


 何も言わずに背中を叩く兄に、「行ってこい」と言われた気がして、ルクノウは強くうなずいた。

「ルーは兄ちゃんの弟だろ? お前にならなんだってできるさ」

 その言葉に背中を押されるように、静かに旅立ちを受け入れた。


 まだ薄く霧がかかるも、淡く照らされた太陽の光に、三人は包まれる。

「寂しくなりますね。ルー、体には気をつけるのですよ」

「うん……」

「兄ちゃんの後ろをついて歩いてただけのちびっこが……立派になったな、ルー」

 小さな頃から慕ってきた兄をルクノウは見ていると、不思議と奮い立つように涙が溢れる。

「おいおい泣くなよ。別にお別れって訳じゃないんだ。王都へ少し行くだけさ」

 母は、二人のやり取りを優しく見守っていた。ルクノウはその顔を見て、踏み出す勇気をもらった。


「うん……じゃあ、王都へ行ってくるよ」


 世界を見届けるなんて、そんな大それたことはできなくとも、ルクノウにもなにかできることはあるのかもしれない。


 ルクノウは村に背を向け、ゆっくりと歩き出した。


 足元の草を踏むたびに、朝露がぱちりと弾ける。


 ふと、足取りが重くなった気がして、足元に目をやる。

 すると、朝露が弾けたまま止まっていた。


『やっと、ちゃんと会えたわね。あたちの子孫!』

 目の前には、栗色の髪をした、青い瞳の少女の姿があった。

(この声は……)

「オルガさん……でしたっけ?」

『そうよ! あたちはオルガ。ちょっと“特別”だから子供の姿だけど、別に気にしないでね』

「わかりました……それで、どうされたんですか?」

『なんか落ち着いてるわね……まあいいわ。あたち直々に“円卓の七賢人”を紹介してあげるわ』

「“円卓の七賢人”?」


 パチン、とオルガの指が鳴る。

 その音に気を取られていると、いつのまにか視界が闇に呑まれていた。音も匂いも、風さえも消える。


 まるで世界そのものが息を潜めたような静寂の中に、一つの円卓が浮かび上がる。


 七つの椅子に、六つの影。


 オルガはルクノウの目の前から歩き出し、空席の椅子へと進み、腰掛ける。


 七つの影が揃う。

 そして、その影が見つめる先に、ルクノウは立っていた。


 ――世界の綻びを紡ぐ旅が、静かに始まりを告げたのである。

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