Episode 14〜ドラルド商会〜
ロンさんに呼ばれて宿の入口まで行くと、どうやら数人の宿泊客が談笑しているようだった。
「「「「ただいま!!!」」」」
今朝の楽器に引けを取らない音色が響き渡る。
「さっき聞いたよ」
ロンさんが呆れたように言う。
「おっ、来たか! 隣にいる君が噂のルクノウ君だな?」
中心にいた男性に、一際明るい声で話しかけられる。しかも、また名前付きで。
「……はい。クウィルツの弟のルクノウです」
もうわかりきっていた。次の会話でウィル兄さんの名前が出ることくらい。
「ガハハ! その顔は“もう何度も聞いた”って顔だな! いやなに、息子が世話になった男の弟がやっと来たって言うもんだから、挨拶をとな!」
「ちょっと親父! もう呑んでるのかよ!」
「ガハハ! めでたい日だ、呑んで何が悪い!」
豪快に笑う男性は、どうやらロンさんの親父さんのようだった。話に聞いていたより豪快な人だと思った。
「ごめんなさい……兄さん。目を離した隙に……」
ロンさんの親父さんの後ろから、女の子がひょこっと顔を出す。一つ結びの先が、ちょうど親父さんの頭くらいの高さにあった。
「いや、お前は悪くない。俺が抜けた代わりにいつも親父を支えてくれてありがとうな」
ロンさんが労いの言葉と共に女の子の肩を優しく叩く。僕より少し年下に見えるこの子は、言動とは裏腹にすらっとした立ち姿をしていた。
「紹介が遅れてすまない。この人は俺の親父のドラフ。酒が入ってなけりゃ立派な代表なんだが……それでこいつが妹のイプシィ。背は高いが気が弱いから仲良くしてやってくれ。その他大勢は親父の部下みたいなもんだ。みんな“ドラルド商会”のメンツでいい奴らだから、何かと頼るといい」
「ちょっと坊ちゃんそりゃないぜ」
「その他大勢でくくらねえでくださいよ」
いつものことなのか、軽口を叩き合っている。
「うるさい。お前たちはウィルに絡んで迷惑かけてたんだし、そもそもこの宿のことも最初は反対してたじゃねえか。大人しくしとけ」
「いやいや、今ではもうすっかりこの宿の虜ですぜ?」
「そうだそうだ! 飯食わせろ!」
「はあ……」
ロンさんはやれやれと呟きながら頭を抱える。
このメンツに圧倒されているウィル兄さんが想像できた。いや、割と仲良くなっていたのかもしれない。
「ほら、挨拶は済んだんだからブチネコ亭にとっとと戻れ。すまねえなルクノウ……呼び出したのにこんな感じで」
「いえ、とてもいい方達で元気が出ました」
「そうか? 人酔いが治ったなら良かったが」
「元気が出たついでに、王立図書館に行こうかと思うのですが……」
「それならうちの奴らに送って貰えばいい! 明日ならちょうど荷馬車が一台空くはずだ!」
ドラフさんがそう言うと、「明日には一台分売れってことか?」という声が聞こえてきた。
「いや……そこまでしていただくのは」
「いいんだいいんだ! また明日ここへ向かいに来させよう! 今日はゆっくりしておくといいさ」
ドラフさんは揚々とした足取りで、宿を後にした。
「あの……父が本当にすみません。また明日伺いますね」
「いえいえ、お構いなく。それよりも本当にいいんですか?」
「ああなった父は兄でも止めることはできませんから……」
「そうなんですね……では、明日よろしくお願いしますと伝えておいてください」
イプシィさんは深々と頭を下げた後「またね」とロンさんに手を振り、ドラフさんを追いかけていった。
「なんか嵐みたいに去っていったな」
「そうですね」
ロンさんと顔を見合わせて笑った。
次の日、僕はあれよあれよと荷馬車にのせられ王立図書館へと向かうことになった。
馬車に乗る前に、元気でニコニコのドラフさんと、ヘトヘトながらもニコニコな状態の商会の皆さんと挨拶を交わした。
深くは追及しないが、そういうことなんだろう。
――荷馬車に揺られて少し経った頃。
「うちの商会は賑やかでしょう?」
荷馬車の手綱を握る女性が、短く切り揃えられた髪を靡かせながら、目線はそのままに、僕に話しかける。
「楽しい人たちでなんだか僕まで明るい気持ちになりました」
「まあ最初のうちはね。毎日一緒だとうるさいだけよ」
呆れたように言うが、笑みが溢れていた。
「お姉さんは商会でもう長いんですか?」
彼女を宿屋で見た様子だと、イプシィさんからもかなり慕われているようだった。
「エリーフよ。私の父がドラフさんと二人三脚でこの商会を立ち上げたらしくてね」
「そうだったんですね……もしかして、お名前に“ルド”って入ってたりしますか?」
ドラフさんの名前を聞いた時から“ルド”の出所が気になっていた。
「お、ご明察だね。父の名前がレイビルドっていうの。ドラフさんとレイビルドで“ドラルド”。単純でしょ?」
「いい響きだと思います。それに、名前から取るのは、ロンさんと血のつながりを感じますね」
「そういえばそうね。でもまあ、思い入れのある名前をつけるほうが好きになれるでしょ?」
好きになれる。その考え方に思わず胸がジンとした。
「ロンさんやイプシィさんと仲がいいんですか?」
「小さい頃から商会についてきてたから、年も近いロンとはよく遊んでいたんだ」
「それで他の方とも仲がいいんですね」
「腐れ縁みたいなもんだよ」
エリーフさんはまた同じような表情をした。
「それで、ルクノウくんは王立図書館で何か調べ物?」
「はい。出身の村について少し」
「王立図書館は叡智の集結って謳い文句だからね。たしか、奏耀の森にある村から来たんだよね?」
「そう……みたいです。実は、森の名前もよく知らなくて。それもついでに調べようかと」
イレーネさんからあらかた聞いたが、昨日の会話でロンさんには知らないと言ってしまってたから、ちゃんと調べようと思っていた。
「そんな田舎から来たの? 徒歩で大変だったでしょ?」
「はい……十日ほどかけてきました」
「ええ! おおっと危ない危ない……それは大変だったね」
あまりの驚きに、エリーフさんは思わず振り返ってしまう。街の中なので、荷馬車の速度は遅く、危険には及ばなかったが、発言には気をつけようと小さく誓った。
「いいなあ、大冒険だね」
「そうだといいんですけどね」
エリーフさんの言葉はどこかワクワクする。この優しさが人に慕われる理由なのかもしれない。
「さ、着いたよ。夕食時にはまた迎えに来るからゆっくりしておいで」
「はい。ありがとうございます。帰りもお気をつけて」
「ご丁寧にどうも。じゃあ行くね」
エリーフさんは軽くこちらに手を振り、戻って行った。
「さてと。色々と調べないといけないことがあるし、急がないと」
――ここはルフトルディア王立図書館。
叡智の集結と謳うに相応しい夥しい量の書物が眠る場所。
「この中から目的の一冊を探すには、王室より選抜された司書に声をかけなければ、赤子が歩き出してしまう」と言われるほどの所蔵数である。
その中に、一際異彩を放つ書物があった。
書かれた文体はこの書物にしか見られず、誰一人として読解できずに、その時を待つかのように静かに眠る。
――【マルガタクト神話】
その一節に、エイカシアの名が刻まれている。