Episode 11〜朝のブチネコ亭〜
パーーーーーーーーッッ!!!
「……!?」
僕は“楽器の音”に弾かれるように飛び起きる。
結局朝まで寝てしまったみたいだ。それに、夢を見ていた気もするけど……それさえも吹き飛ばすほどの音がまだ耳に残っていた。
「……なんだ?」
窓にかかる布の隙間から、盗み見るように、外の様子を伺う。そこでは、昨日とは打って変わって、賑やかなパレードが行われていた。
「おはようございます、ロンさん」
部屋から出て、宿の帳場に座っていたロンさんに話しかける。
「おう、おはよう。昨日はぐっすりだったみたいだな」
「はい……おかげさまで。外、すごい賑わっていますね」
「ん? なんたって今日から祝祭が始まるからな」
「祝祭?」
「お前知らねえのか?俺はてっきり、この書き入れ時を狙って王都へ来たとばかり思っていたが……」
ロンさんは、何かを思い出すように顎をさする。
「いえ……たまたまです。書き入れ時なのは願ったり叶ったりですけど」
「そうか。祝祭は、年に一度、王族の謁見が許される日だ。これからの1週間、この街は大騒ぎだぜ」
確かに、思い返してみれば、昨日まで見られなかった旗やら看板やらが街には立ち並んでいた。
「へへっ、一夜にして変貌しただろ? これが王都名物の“祝祭”だ。」
“さすが王都”と言わんばかりのドヤ顔を見せつけられたが、この規模はなかなかに凄い。
「昨日とは違った屋台も立ち並んでいるはずだ、朝食代わりに見てくるか?」
ロンさんの一言で、気持ちが揺らぎそうになる。
「いえ……湯浴みをしてから隣の食堂で朝食をいただこうかと」
「そうかそうか。じゃあ、大浴場で湯浴みを済ませたら、隣の“ブチネコ亭”で名前を伝えるといい。支払いは他の客の分もまとめてこっちが負担するから気にすんな」
ロンさんは、少し嬉しそうな顔をしていた。
ブチネコ亭――“割烹着を着た猫”の看板が吊るされてある店――の前に立つ。
「よく見たら看板の猫は、ブチネコだったんだな」
可愛い看板だなーと思いながら、店の扉を開ける。
カランカラン
宿と同じくベルが鳴る。
中に入ろうとすると、思わぬ“店員さん”に迎え入れられた。
ニャー
“ブチネコ”が小さな割烹着を着て、僕を見つめていた。
「……え?」
「いらっしゃい!」
一瞬ネコが喋ったかと思ったが、そんなわけはなく、軽くカールがかった赤毛の若い女性がこちらの様子を伺っていた。
「そのブチネコちゃんは、うちの看板猫の“チャイ”っていう女の子なの。驚いたでしょ?」
ニヒヒと意地悪そうに女性は笑う。
「さあ入って入って。すぐに朝食を出すから」
「……はい」
すでに置いてけぼりにされている気がしたが、いい匂いがする店内に胸を踊らせていた。
「君は、ルクノウくんだね? 私はアシュリ。ウィルは元気にしてる?」
カウンターの席に通され、椅子に座る。しかし、ここでもまたウィル兄さんの名前を聞くことになるとは、恐るべし。
「はい……ルクノウです。兄は元気にしていますよ。それより、よく僕のことが分かりましたね」
「そりゃわかるわよ。あなたたち、どこか似ているもの」
アシュリさんはくしゃっと笑った。
「そうですか?」
「あまり言われたことない? 似てると思うんだけどなー」
可憐な女性にマジマジと見られて、少し照れてしまい目線を外す。
「フフフ、ルーくんは可愛い子だね。ウィルの言ってた通り、弟が来たってここら辺じゃちょっとした噂よ」
“ルーくん”という呼び名にビクッとしたが、今度は照れを悟られまいと平然を装い、アシュリさんに質問をする。
「……噂ですか?」
ウィル兄さんのことだから悪い噂ではないと思うが、恐る恐る尋ねる。
「フフフ、もちろんいい方の噂ね。なんたってあのウィルの弟だから、みんな大歓迎よ」
ロンさんの宿もそうだけど、ウィル兄さんはこの街で一体何をしたんだろうか。
「あの……兄は何をしでかしたんでしょうか」
その言葉を聞くと、アシュリさんは大きく笑った。
ニャー
合わせるようにチャイが鳴く。
「君まで馬鹿にするの?」
ニャー
なんだか会話をしている気分になった。
「いやいや、馬鹿にはしていないよ。ウィルがしていたことといえば、ただの“便利屋”だから。あ、でもロンからすれば“ただの”便利屋ではないかもねー」
アシュリは美味しそうな料理を運びながら答える。
「便利屋ですか?」
「そうそう。まあ、路銀集めに、街の人たちの手伝いを進んでやってたってだけの話だけど。この店でも少し働いていたのよ。それと、ロンとのことは……本人に直接聞けばいいわ。ウィルに聞くと軽くあしらわれるでしょうから」
(多分、それが宿代を安くしてくれた理由か……)
それよりも、ウィル兄さんは路銀を持って行ったはずだけど……
「って、あれ? もしかして路銀のこと、ルーくんは聞いていなかったの?」
「え?」
「弟のためとかなんとか言って便利屋やってたけど……」
なんと、僕のポケットとカバンの中にある路銀は――兄が集めてくれたモノだったのだ。
「そんなこと一言も……」
「まあ、ウィルらしいっちゃらしいわね」
アシュリさんは、ウィルならやりかねないよねと小言を漏らす。
「そのお金は大切にしまっておくんじゃなくて、ちゃんと使ってあげるんだよ?」
姉のような表情で諭される。
「でも……」
そこまでしてかき集めたお金を、僕には簡単に使えない。
「ルーくんがこの街で使うためのお金なんだよ? どう使おうが誰も文句は言わないよ」
「そうでしょうか……」
「そうだよ! ほらほら、朝食を食べな。冷めちゃ勿体無いでしょ」
「……いただきます」
朝食は、焼きたてのパン、香草ソーセージとキノコのソテー、それと鶏の卵のスープだった。どれも香ばしい匂いがして、空きっ腹の朝には刺激的すぎる。
「おいしい……」
「美味しいでしょ? 毎日食べても飽きない味って巷じゃ人気なんだよ?」
鼻高々に宣言するに値するほど、これをしばらくは毎日食べられることを想像するだけで、さらに食欲が湧いた。
「フフフ、ルーくんは美味しそうに食べるね」
またマジマジと僕を見つめるので、目を逸らしそうになったその時、
カランカラン
「いらっしゃい!」
別の客が入ってきたので、アシュリさんはそちらの方を向く。
「じゃ、ゆっくり食べてってね。それと、ちゃんとお金は使うんだよ!」
「はい……」
使わないと怒られそうだなと思いながらスープを飲む。
「……美味しい」
本当に、沁みる味をしていた。
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」
「でしょでしょ? また食べにおいで」
アシュリさんに手を振られながら送り出される。
なんだかむず痒い気持ちになった。
外に出て、宿とは反対に進み角を曲がる。すると、道幅が広がり、いかにも大通りといった喧騒に包まれる。
よく見ると、なにやら人だかりができており、昨日の王都が静かに感じるほどの賑わいを見せていた。
あまりの熱気に、僕は思わず足を止める。
不思議なことに、その熱気がどんどんと近づいてくる。
「ん? 誰かいるのかな?」
次第に、人が両脇に分かれて道を作る。
――その中から、一台の馬車が現れた。
それは誰が見ても、口を揃えて「王族が乗っている」と言えるほど、馬車には立派で荘厳な装飾が施され、一際異彩を放っていた。
息を呑むように馬車を眺めていると、馬車の窓から手を振る、白いドレスに身を包んだ金髪の女性と――目が合った。
「彼は……フフ、後でヴィグノールに謝らなければいけないわね」