静かな朝の予感
寒い冬の朝、東京の街は薄曇りで、時折冷たい風が吹き抜けていた。高層ビルが立ち並ぶオフィス街の一角にあるカフェで、香織はゆっくりとカフェラテを飲みながら、ノートパソコンの画面に目を落としていた。仕事に追われる日々に、こうしたひとときが心地よい。
「おはようございます、香織さん。今日は少し遅れてしまって、すみません。」
ふと声をかけられ、香織は顔を上げた。そこには、同じ会社で働く同期の新井恭介が立っていた。恭介はいつもどこか真面目でおとなしい印象を与える、少し頼りない雰囲気の男性だが、香織にはどこか引かれる部分があった。
「大丈夫だよ、恭介くん。私も今来たばかりだし。」
香織は微笑みながら言った。
「それなら良かったです。」恭介もにっこりと笑い、席に着く。
香織が再びパソコンに目を落とすと、恭介は少し気まずそうに黙っていた。こうした何気ない時間が、香織にとっては何よりも安らぎを与えていた。しかし、恭介と一緒にいると、どこかぎこちない気持ちが心をよぎることがある。
恭介は大学時代からの友人で、香織の学生時代の最初の彼氏だった。しかし、あまりにもお互いに対する気持ちが淡泊になり、自然と別れを選んだのだ。それでも、今こうして同じ職場で再会するとは思わなかった。
「ところで、今日の打ち合わせ、どうする?」
恭介が話題を切り出す。
香織はふと考え込んだ。
「うーん、少し難しいかもしれないけど、何とかなると思うよ。」
と答えながら、心の中で自分の気持ちを整理していた。
彼との関係は、今もどこか微妙なラインにある。昔のように、あの頃の彼と私、という関係に戻ることはもうない気がしていた。しかし、恭介のことを無視することもできず、日々顔を合わせるたびに、未練や未解決の感情が心の中にわき上がるのを感じていた。
その時、カフェのドアが開き、香織の目の前に突然現れたのは――見知らぬ男性だった。
「すみません、席空いてますか?」
彼は少し戸惑いながら、香織と恭介のテーブルに向かって尋ねてきた。
香織は驚きながらも答える。
「あ、はい。空いていますけど……。」
その男性は、黒いコートを羽織り、髪を少し無造作にまとめた、どこか都会的で落ち着いた雰囲気を持つ人だった。目を合わせた瞬間、香織は少しだけ心を奪われたような気がした。
「ありがとうございます。」
彼は軽く頭を下げてから、香織と恭介の隣の席に座った。
恭介はその男性に少し驚いた様子で、少しだけ目を細める。
「すみません、ここは予約席じゃないんですが……。」
「いえ、全然大丈夫です。」
男性はにっこりと微笑んで答えた。その微笑みは、どこか優しげで、少し遠くを見つめているような印象を与えた。
香織はその時、彼に対して妙に興味を引かれる自分を感じていた。知らない男性なのに、どこか心に引っかかるものがある。自分でもその理由がわからないまま、しばらくその男性を視界の隅で気にしていた。
「香織さん、どうしたんですか?」
恭介が心配そうに声をかけてきた。
「あ、ううん、なんでもない。」
香織は少し慌てて答えた。自分の気持ちがなんだか気まずくなり、その場の空気が一瞬変わった気がした。
その男性は静かにカフェラテを注文し、何も言わずに静かに飲み始めた。香織はその人の横顔を何度も見てしまい、その度に胸が高鳴るのを感じていた。
もし奇跡的に好評であれば続編作ります