【短編】婚約指輪が盗まれた。そんなに欲しいなら、婚約者もあげるわ!
「あれれぇ!? 婚約指輪がないっ! さっきまで、この銀の皿にあったのに。探さなきゃね!」
婚約指輪は、私が王太子から頂いた物。
叫んだのは妹。
怪しい。さすがに「あれれぇ」は、わざとらしい。
この国では、花嫁が聖なる泉で身を清める伝統儀式がある。
一糸まとわぬ姿となるため、今、この小さな聖泉神殿には四人だけ。
つまり、犯人はこの中にいる────
・何でも欲しがる妹
・王太子と恋仲の聖女
・王太子に長年仕える侍女
・花嫁の私ヒストリア
コトン。
妹のドレスから、指輪が落ちた───
「人を呼んでまいります! 皆さん、身だしなみを」
言いながら侍女は、聖泉神殿を出て走る!
怪しい。あまりに素早過ぎる!
人を呼ぶ必要ある?
妹のすすり泣きが響く中で、急ぎ、互いにドレスを着せ合う。
妹はよく泣く。泣いて許されて生きてきた。
侍女は、王太子を連れてきた。エルフまでいる。
「酷い! お姉様が、私を疑って責めるのですッ!」
ここぞとばかりに、妹は泣き叫んだ。
私は責めてないけど?
まぁ、なにか、たくらんでそうだとは思うけど。
「指輪を貸してください。指輪に残る思念を魔法で探り、真実はこの私が明らかに致しましょう!」
「どうぞ」
エルフに指輪を渡す。よかった。
つい「犯人はこの中にいる」なんて、かっこつけたけど推理は無理。
一生に一度は言ってみたい台詞で、調子に乗っただけ。
「犯人は、貴方ですッ!」
探偵も顔負けのドヤ顔で、エルフが指さしたのは、侍女!
「ちがッ」
「王太子殿下に恋してますねぇ? そしてヒストリア様を妬んでるッ!」
探偵エルフは「どうよ? 俺、凄くね?」と言いたげな顔で、見回すけど、反応に困る。
高スペックの王太子に恋する女性は多い。
特に驚きもしない。
まず大前提だけど、王太子と私は政略結婚。愛はない。
「耳かわいいね。さわっていい?」
王太子との、初めての会話がこれ。
初心な私はドキドキしてしまった。
「耳真っ赤だよ。かわいいね」
美形王太子は、凄く至近距離で微笑む。
その数分後、王太子は他の令嬢の頭に顎をのせてた。
当然、令嬢の顔は真っ赤。
私はスンと冷めた。
だって、だれかれかまわず触る男なんて、気持ち悪い。
そして聖泉神殿に、次に現れたのはドワーフと衛兵。
その衛兵の一人が、私の幼馴染!
髭だらけだけどわかる!
生きてた!!!
死んだと聞いてたのに!
キッと睨むと、妹はあらぬ方を見てすっとぼける。
その間、ドワーフは指輪を眺めていた。
「ガハハ! この指輪は偽物。ドワーフが作った魔法の指輪ではない」
な!? 終わったと思ったのに推理シーン再開?
探偵ドワーフはさらに続ける。
「本物は、貴方の口の中ッ!」
探偵ドワーフが指さしたのは、聖女!
なぜわかったドワーフ!?
なぜ口の中で隠しきれると思った、聖女よ!?
聖女こそが、王太子の恋人。
「公爵家の権力と財力を使って結婚するなんて! 本当に愛されてるのは私なのに。お飾りの王妃になんて、なぜなりたいの?」
と言われたことがある。
当然、王太子を問い詰めた。すると。
「嫉妬かい? ヒストリアはかわいいな。大丈夫。遊びだから。でもがっかりだな。聖女は賢く、口が堅い女だと思ったのに」
これである。
こんな男を愛せるわけない。
「私は聖女様に頼まれて仕方なく隠しただけ!!」
侍女が叫んだので、聖女はペッと指輪を吐き、負けずと叫ぶ!
「そうよ。盗んだのは私! 偽物とすり替えるためにね!」
どうして犯人って自白するの!?
まずそこが疑問よ!
「模造し、盗むとは。処せ」
「ちょ。殿下。あまりに厳しすぎます! どうかお許しを」
慌てて止める。まったく。なんて酷い王太子。
貴方の恋人でしょうが!
ご自分の罪がわからないのかしら。
──────── 妹視点 ────────
しめしめ。
計算通──────りッ!
そう。聖女の恋心を刺激し、この事件を煽ったのは私。
「酷いわッ! 聖女様が捨てられるなんて、かわいそうッ!」
「結婚はできなくても、愛されてるのは私だから」
「もてあそばれただけでしょ! 聖女様は幸せになれない。聖女様にできるのは、幸せを奪った女を地獄に落とすことだけッ!」
「私は幸せになれない……」
「指輪もなく、自慢される人生! 本当に指輪をもらうべきはだれ?」
「指輪自慢される人生……」
聖女は工房で修行して、ガラス玉で偽造指輪を作った。
必死過ぎて笑うでしょ?
聖女の前に、お父様から見捨てられたお兄様を煽ったのも私。
「お父様は真面目で堅物のヒストリアを跡取りに考えてるわ」
「かもな」
「でも、ヒストリアが王家に嫁げば?」
「え?」
「公爵家はお兄様の物。存在感が薄まった古いばっかりの公爵家も、王家をバックに返り咲き! お兄様は無敵になる!」
「無敵……」
「力も金もザックザク!」
「ザックザク……」
最初は私だって、正攻法で王太子に近づいたのよ?
でも結局、女って顔でしょ?
相手にされなかった。
お姉様はね、笑顔と美貌だけでパーティーの華になるの。
義務で仕方なく出て、一秒でも早く帰るくせに!
やる気のなさが鼻につくんだから!
さあ。私の見せ場はここからよぉ!
「殿下。ヒストリアお姉様は、隠れて幼馴染と愛し合っています。こんな不埒な者が王家に嫁いで良いのでしょうか?」
「まさか。ヒストリア。嘘だよな?」
「……」
殿下に尋ねられても、お姉様は黙ってしまう。
ふふふ。なんて残念なオツム! さらに私のターン!!
「殿下。すでに世界各国の要人が、ロイヤルウエディングのため集まっています。花嫁が私では、いけませんか?」
「君では、妃が務まらないのでは?」
「できます。ヒストリアさえいなければ! 今は、殿下が恥をかかないことが大切では? 私はお姉様と違い、心より殿下をお慕いしております」
「よし。ヒストリアは国外追放とする」
ウフッ!
どうしましょ。顔がニヤケちゃう。
ちょろいわ。なんてちょろい王太子なの?
「ヒストリア。この指輪は持っていけ。なにかの足しになるだろう」
「殿下……」
「笑顔を絶やさぬヒストリアを愛してたんだよ?」
「……申し訳ありません」
え。その指輪は私の物なのに。
でも、ま、いっか。
これから、いくらだってザックザクだし!
「王太子妃を任せて、本当にいいの?」
「もちろん」
「ありがとう。ありがとう。ありがとう」
ヒストリアは、私にお礼を三回も言ったわッ!
おばかさん。こんな時まで、いい子ちゃんなんだから。
さあ。これからは私の時代。私がこの王国の頂点!
民よッ! 私にひれ伏せッ!
なぁんてね。気分最高ッ!!
ホ────ホッホッホッ!!
──────── ヒストリア視点 ────────
婚約指輪偽造盗難事件の、主犯の聖女と共犯の侍女は、鉱山労働三年。
私と幼馴染の不貞は、表ざたにできないからと、国外追放。
これは、かなり寛大な処置。
妹のおかげらしい。
妹が王家との婚姻を望んでいたと、私は知らなかった。
だって私は嫌だったから。
王太子の婚約者になった途端、国中の視線が私に集まった。
図書館で本も読めないほど、追いかけまわされた。
もちろん笑顔を崩さず対応するけど、辛かった。
婚約指輪を、妹の宝石箱に残す。
私にもらう資格はないし、私の幸せは妹のおかげだもの。
公爵家に生まれ、自由になれるなんて、夢にも思ってなかった。
私は幼馴染と、旅に出る。
「貴方が生きていたなんて……」
「二度と会うなとヒストリアの兄上に説得されて、一度は諦めた。俺は子爵家の三男坊に過ぎないし」
「話し合うべきだったわ!」
「すまない。『ヒストリアのためだから』と言われると、邪魔なのは俺な気がして」
「貴方の気持ちは?」
「俺自身はヒストリアさえいれば、他に何もいらない。もう、二度と離さない!」
「反省してるなら、私に付き合ってくれる?」
「どこでも行くよ?」
「私は自由なのよ! 行きたいところはいっぱいあるわ! ピラミッド、万里の長城、黄金の国……」
「ああ。幼い頃に読んだ本にあったもんな! 楽しみだな!」
まさか、好きな人と生きられるなんて。
幸せでたまらない!
──────── 妹視点 ────────
「そなたに王太子妃として公務をさせ、密かにヒストリアを愛人にしようと、位置情報追跡装置を渡したのに。なんで、そなたが持ってるんだ!?」
妹が妻で、姉が愛人?
なに気持ち悪いこと言ってんの!?
「指輪が位置情報追跡装置だなんて、わかるわけないでしょう?」
「ドワーフの技術も知らんのか?」
「知りません! グスッ」
「泣くな。めんどくさい。ヒストリアはいつも笑顔だったぞ!」
それが、夫婦になって最初の会話。
それから、夫は私に無関心になった。
「お世継ぎはまだ? 王族に嫁いだ者の務めですよ?」
「ですが! 妃殿下ぁぁぁ」
「やめて。泣いても解決しないから」
妃殿下は私を責める。
私だって、妻として、ちゃんと愛そうとした。
だけど、自分に関心ない人を想うのは難しい。
受け止めるかわからない人に、力を抜いて寄りかかれない。
愛人との侘しい争奪戦もしたくない。
顔も性格も、並以下な私が勝てるわけないもん。
私はちっぽけな自尊心を守るために、夫と距離を置いた。
距離は、心を健康にするから。
でも宮殿は王族だけいるわけじゃない。
掃除、洗濯、ベッドメイク、料理、配膳と、働くのは平民。
平民は、欠点や失敗を許さず、咎めるために、王族の一挙手一投足に注目する。
日頃の鬱憤をぶつけても、王族は傷つかないと思ってる。
「フッ。美貌もない妃なんて」
外見だけであざわらう。
「フフッ。無知で何も考えてなさそう」
伝え聞いた会話だけで、私の性格を決めつけ批判する。
「王太子妃殿下のために苦言を呈するのです。妻は夫を手のひらで転がす度量が必要です」
頼んでもない助言を押し付ける。
私を放っておいてはくれない。
愛されない王太子妃が泣けば、むしろ喜ぶ。
他人の求める完璧で理想の王族になるなんて不可能。
自分でさえ自分の存在価値がわからないのに、無責任な人格否定にすり潰されていく───
だから、やり返した。
汚い言葉には、さらに汚い言葉を返して。
「召し使いごときがえらそうに」
見下して侮辱すれば、優位に立てた。
「まずご自分を鏡でごらんになったら?」
無知からくる助言も拒絶することで生き延びた。
けど。疲れた。
吐き気がするほど退屈な日々。
先には、だれからも愛されず朽ちていく未来が続く。
孤独で、不安で、透明になっていく気がした。
「王太子妃殿下ッ!! 大変ですッ! 陛下が王太子殿下の処刑を決めましたぁ!!!」
「なぜ??」
「王太子殿下が隣国の姫に手を出しまして。戦争回避のために」
「あの男にはオツムがないの!?」
そして私は実家に帰る。
悲しくなんかない。むしろ肩が軽い。
今となっては、なぜ王太子妃になりたかったのかも、わからなくて。
途中、元聖女と元侍女に会った。
「鉱山でのお勤めを終えたのね。なにしてるの?」
「ドワーフの工房を手伝っています! 偽造指輪を見て『才能がある』と誘ってくれて」
元聖女の手の皮は厚く、傷まである。
「惨めね。聖女の地位も失って工房働きなんて」
「惨め!? 凄く楽しいですよ??」
「私もエルフが始めた探偵事務所で働いています。すっごく楽しいです!!」
元侍女まで明るく笑う。
「エルフ? え!? あのエルフが探偵に!?」
「ええ。注目の中『犯人は、貴方ですッ!』と人を指さす快感にはまっちゃって。困った所長です」
「というか、なぜ元聖女と元侍女が一緒にいるの?」
「「友達になったんです!」」
なんだか、たまらなく羨ましくなる。
宮殿で孤独に苦しみ、弱り切った私と大違い。
さみしくて帰ると、三百年の伝統ある公爵家が薄暗い。
「公爵家も、この代で終わりかもな」
「軍どころか、庭園の維持費さえ、ままならないんだろ? 終わりだよ」
使用人のぼやきが聞こえた。
やっぱり「ザックザクぅ」が口癖の兄上じゃ当主は難しいのね。
「おまえに公爵は無理だ! 幼く感謝も謙虚さもない。勤勉で人望のあるヒストリアじゃないと!」
お父様は今際の際まで、お兄様におっしゃっていた。
まさか、それからわずか一年で、家を傾けるなんて……。
結局、公爵家を建て直し、手に入れたのは、大富豪となって戻ってきたお姉様。
「世界は楽しかったわよぉ!! 黄金の国の、絹、扇子、櫛、紙、刀が、売れて売れて!!」
お姉様は、いつも笑顔で幸せそう。
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
凄く嬉しいです!
もし面白いと思って頂けましたら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願い致します。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直なご感想を頂けると、めちゃめちゃ喜びます!
ブックマークして頂けると励みになります!
どうぞ、よろしくお願い致します!