「遺憾、遺憾」を言い続けてたら、いつの間にか日本は侵略されていた。
あくまでフィクションです。
実際はコレでは済まないと思います。たぶん。
「大変、遺憾に思います」
20××年、12月。
日本の領海内に他国のミサイルが落下した。
幸い近くに民間の船がなかったため大事には至らなかったが、国内は騒然となった。
そしてすぐに記者会見を開いた官房長官は、他国に対して抗議した旨を伝え、記者の質問に対して上記のように答えたのだった。
「それだけですか?」
「遺憾に思いますで終わりですか?」
「経済的制裁を加えようとは思わないんですか?」
次々と質問する記者たちに、官房長官は面倒くさいとばかりに適当にあしらった。
「ですから、遺憾だと伝えました。私も大変遺憾に思っています。経済的制裁は検討の余地があり……」
結局、政府の決定は「抗議して終わり」ということだった。
数ヶ月後。
今度はさらに日本領土に近い近海にミサイルが落下した。
しかも今度は民間の漁船が巻き込まれ、数人の漁師が亡くなった。
ついに死者が出てしまったミサイル攻撃に、記者会見は荒れに荒れた。
「人の命が亡くなってしまったことをどう思いますか!?」
「あの時、遺憾で終わらせなければこんな事にはならなかったのではないですか!?」
「政府としてどう対処するんですか!?」
しかし官房長官は取り乱すことなくこう言った。
「死者が出たことは大変、遺憾に思います。亡くなられた方々に哀悼の意を捧げます」
結局、この時も政府は亡くなった漁師家族に見舞金を払い、他国に抗議して終わった。
それからさらに数ヶ月後。
今度は日本領土にミサイルが落ちた。
民家にも被害が及び、たくさんの国民が被害を受けた。
まさに武力行為である。
これは国際的にも問題となり、多くの国が他国を糾弾した。
が、当事国の日本は国際会議で「大変、遺憾に思っています」と述べただけだった。
戦争はしない。
それが日本の立ち位置だからだ。
国際社会も、日本が何もしない限り手が出せなかった。
さらに数ヶ月後。
今度は内陸部にまでミサイルが着弾した。
今までの比ではなかった。
多くの国民が犠牲となり、多くの家族が家を失った。
「大変、遺憾に思います」
それでも政府の立場は変わらなかった。
特別なにをするでもなく、被害にあった地域の復興支援に努めた。
「やられっぱなしで何もしないのか!」
「これは明らかに戦争行為だ!」
そんな声にも官房長官はこう答えた。
「先方には遺憾であると伝えている」
まったく効果のない遺憾砲に、みな辟易していた。
そして。
ついにミサイルは東京都心に落とされた。
すべての機能が麻痺し、国内は混乱を極めた。
その隙を突いて、他国が侵略を開始する。
半壊する国会議事堂の誰もいない会議室で、官房長官はひとりぼやいた。
「これは、まことに遺憾だ」
お読みいただきありがとうございました。
「遺憾」って言葉にどれほど影響力があるのだろうっていうお話でした。




