山の上で菊池の罵詈雑言を叫んだだけなのに……
俺にはライバルがいる菊池っていう同級生。
こいつが存在するばかりに俺は何時も2番手。
運動も勉学もトップは菊池に奪われている。
何度、こいつさえいなければ素晴らしい人生が歩めるのにと思った事か。
だから高校が夏休みになったんで趣味のトレッキングに出かけて来た今、展望が素晴らしく良い山の上から下界に向けて怒鳴った。
「菊池のバカヤロー! お前なんか死んでしまえー! 何なら俺が此の手で殺してやるぞー! 糞ヤロー! インポの短小ヤロー! 醜男ー!」
などなど思い付く限りの罵詈雑言を怒鳴り散らす。
怒鳴り散らしたら溜飲が下がったんで足取り軽く下山する。
下山している途中、林道の脇の畑にいた肩に鍬を担いだ男の人が声を掛けて来た。
「山の上で叫んでいたのはあんたかい?」
「あ、すいません、うるさかったですか?」
と返事を返した途端、男は肩に担いでいた鍬を俺の頭目掛けて振り下ろす。
危うく避ける。
「何するんだ! 危ないだろ」
「危ないだと? 殺してやるって先に言ったのはお前だろ? 殺される前に殺してやるよ」
そう言いながらまた鍬を振り上げたんで俺は脱兎のごとく走りその場から逃げた。
数十メートル程離れてから振り向いたら、男の後ろから数人の同じように鍬を担いだり鎌を持ったりした人たちが現れ口々に最初の男に声を掛ける。
「どうしたんだ?」
「何をやってるんだ?」
それに最初の男が返事を返す。
「アイツだよ、さっき死ねーとかぶっ殺すって叫んでいたのは」
「「「何だとー!」」」
そこから俺の命懸けの逃走劇が始まった。
俺を追う男たちが道の両側にポツンポツンと建つ家々から顔を覗かせる人たちに「此奴だー!」と叫ぶ度に、俺を追う人の数か増える。
鍬や鎌を振り上げる男たちに混じって、道路脇の家々から飛び出て来た主婦たちが包丁を、道路工事を行っていた作業員たちがスコップやツルハシを、少年野球の練習帰りらしい野球少年たちがバットを、道を歩いていたババア共が日傘をそれぞれ振り上げて俺を追って来た。
追って来る奴らの数は最初数人だったのに、今では数十人以上の老若男女が俺を追って来る。
と、俺の前にパトカーが急停車してドアがバンと開けられると、助手席の警察官が窓から身を乗り出して叫んだ。
「乗れー!」
パトカーは俺が後部座席に転がり込むと同時に発進。
走り出したパトカーの助手席の警察官が俺の方を見ながら声を掛けて来た。
「何で? 町の人たちに追われていたんだ?」
「良く分からないんですけど、山の上からライバルそいつ菊池って言うんですけど、そいつに向けて死ねとか殺してやるとか色々罵詈雑言を叫んだら追われたんです」
そう言ったらパトカーがキキキー! と音を立てて急停車する。
そして運転席と助手席の警察官が同時に顔を見合わせたあと俺を睨みつけてきた。
助手席の警察官は睨みつけるだけで無く、腰のホルスターから拳銃を抜き俺の額に押し付けながら話す。
「此の町の住民は菊池姓の者しかいないんだよ私たちを含めてね、多分だがアンタのライバルの菊池君も私たちの遠い親族だと思う。
だから同じ菊池姓の者が殺される前に殺してやるよ」
拳銃の引き金が少しずつ引かれていくのを見ながら俺は叫んだ。
「ごめんなさい、許してください、タスケテー!」