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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハンナビーシャ

作者: アァノルド

縦に切ったのは愛情の深さを示し

横に切ったのは今生であなたしか愛さないという契りだった。


その昔、花飛車という芸者がいた。


幼い頃から遊郭で育ち、人の扱いに長けて聞き上手、

酒席で将棋を指しては白熱した勝負を繰り広げ、客人を喜ばせていたので

大変な人気を博していた。


人の話しを良く聞き、見た目も麗しく、

将棋の指し方から花飛車と呼ばれていた。


幼い時分に全ての人間は欲に生きており、

それに従ってしか動かないことを学んでいたので、

客人や芸者仲間が何を望んで何をしたいのか、

ほとんどの場面で見当がついていた。


人間は全て駒で自分もそうだった。


人の動きは将棋のようで将棋にだけは興味があり、生き甲斐でもあった。


遊郭に来る客人は遊び人で惚れた腫れたの駆け引きが上手かったが

ある時、花飛車を執拗に執念を持って自分のものにしようとする青年が現れた。

純粋に一本気に花飛車に好意を抱き、ただその心を射止める先だけを見据えていた。


しかし花飛車は将棋指しとして、ひらりと交わしてはやんわりと戒め

時には冷たい言葉を喉元に突き付けて、何度も何度もやり潰し

返り討ちにしていた。


さらには遊郭に来る裕福な客人らの社会的権力も拝借して

青年を遊郭に近寄らせずに不戦勝も重ねていった。


思いつめた青年は、遊郭が休みになる前日から暗い床下に潜み

花飛車が来るのを一日以上待ち続けた。


その時間は一途で懸命な青年を鬼に変えるのに十分だった。


脅しが効かないことはこれまでの成り行きで身に染みていたので

花飛車の姿を見つけた途端に、青年は真っ直ぐ縦に切りつけた。


刃を防ごうとした花飛車のもろ手が花が散るように腕から離れて床に落ち

続いて鮮血の花が部屋中に咲き乱れた。


「あぁ、もう将棋は指せないんだな」


痛みよりも悲しみが、逃げることよりも虚無感が先に訪れた。


今なら命だけは助けると青年に脅されたが、

将棋という自分の全てを失った花飛車は崩折れて遠くを見つめるだけだった。


今生で花飛車が自分のものにならない事を、やっと悟った青年は、

渾身の力で刃を横に振り切って花飛車の首を刎ね、

再び鮮血の花をあたり一面に咲かせた。


さっきまで自分だった体を眺めながら花飛車は

「もう王手だったのに、さらにもう一手指すとは何とも酷いことをする」

と考えていた。


この世に居場所を無くした青年は、腹を横に切って真心を取りだし

喉を縦に切って吹き出す血で愛情を誓った。


今では恋占いの花として有名はハンナビーシャに、

そんな惨たらしい愛憎劇があることは、

花も恥じらう乙女たちの知るところではない。


その花が、

「縦に開けば恋が叶い、横に開けば恋が終わる」

「十字に開けば慕う相手と結ばれる」

という迷信は、今でも語り継がれている。                                                                                                                 


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