魔物と現状
「おはようございます!田所様、朝ですよ」
急に部屋が明るくなり、声が掛けられる。品がありつつも優しい雰囲気の女性の声。すぐ側に誰かがいる。誰かが起こしに来てくれたようだ。声の持ち主は白蛇ではないようだ。まだ意識がはっきりしないが、無視はできないのでどうにか返事をする。
「おはようございます。・・・えっと、どなたでしたっけ?」
「初めまして、私は魔王城でメイドをしております。キキーモラのセレーヌと申します」
働く気のない頭でなんとか会話する。彼女はメイドだそうだ。本物のメイド。彼女の澄んだ美声も相まって、ひどく興味をそそられる。無理やり瞼を開いて目を向ける。そこには朝日に照らされる、大きな鳥の頭があった。
「うわっ!」
「あら、お目覚めですね。今後はよろしくお願いします」
「あっ、はい。ヨロシクオネガイシマス」
外見について補足がないということは、彼女はきっと鳥と人間の特徴を持った種族なのだろう。日本のメイドカフェで見られるような、かわいらしい白と黒の衣装。男の理想のようが外見だが、その頭が完全に鳥なのでどうにもギャップを感じてしまう。だが、この魔王城で生活するのであればいちいち人?の容姿を気にしてはいけない。何より相手に失礼だ。
「えっと、もしかして毎朝起こしてくれるんですか?」
「はい、私たちで皆さんを起こしています。料理は担当者が別にいますので、朝は手が空いているんですよ」
「そうなんですね。じゃあ、お言葉に甘えて」
彼女が起こしてくれるのであれば目覚ましは不要そうだ。彼女の仕事は俺を起こし、カーテンを開けることのようだ。少し話すと次の部屋に向かっていった。俺も早く着替えて白蛇との待ち合わせに行こう。
「おはようございます、田所さん」
「おはよう、白蛇。今日もよろしく」
「はい、任せてください!」
俺の教育係となった白蛇と合流する。先ほどのメイドのこともだが、魔物や魔王たちについて知りたいことが山ほどある。今日も白蛇を頼らせてもらおう。
白蛇の案内で食堂に到着する。扉を開けると魔物たちが行儀よく、一列に並んでいる。人間からかけ離れた外見の者が多いにもかかわらず、高校時代の学食を思い出させる光景だ。いや、どちらかと言えば社員食堂の方が近いのだろうか。
メニューは三種類から選べるようで、注文を受けた魔物たちがせわしなくトレイに料理を乗せている。内容は貼りだされているようだが、俺にはこの世界の文字が読めない。そのため人間が食べても問題ないことを白蛇に確認し、同じものを注文して席に着いた。
雑談しつつ朝食をとる。少し心配だったのだが、味付けについても問題ないようだ。この世界の料理は少し味気ない。素材の味を活かすというよりは、前世と比べて調理法の共有がされていないためだろう。他には魔物たちとの味覚の違いも考えられる。当然、中には料理をする文化がない種族もいるのであろう。これに関して少しばかり、前世が恋しくなってしまう。それでも誰かと一緒に食べる料理は妙に美味しく感じられた。
朝食後、食堂に残って白蛇と向かい合っている。椅子と机があり、ちょっとした会議なんかに使っても問題ないそうだ。食堂の大きい机をたった二人で使う。
昨日は吊り橋効果かとも思ったが、やはり俺は白蛇のことが気になってしまっている。俺にとって白蛇は命の恩人であり、職場の先輩でもある。まずはここに慣れ、白蛇と魔王の助けになることのみを考えなくては。
「では、何からお話ししましょうか?」
「えっと、俺の仕事は人間の調査、で良いんだよな?近くに人間の町とかあるのか?」
「はい、東に人間の町があります。せっかくなので地理についてご説明しましょう。まず魔王城のある通称、魔王領。ここは田所さんのいたアルティミシアから見ると北にあります」
白蛇がどこからか取り出した地図を指さして教えてくれる。さすがに前世ほど精巧なものではないようだが、大体のイメージを掴むには問題なさそうだ。
「しかしアルティミシアとの間には海と山がありますので、東から陸路で回り込むか、空から移動する必要があるため、距離は結構ありますね」
「もしかして、白蛇は空から移動してたのか?」
「はい、そうです。魔王城には空を移動できる者も居ますので」
新しい魔物の情報が得られた。そちらも気になるが今は地理のことに集中しよう。
「そして魔王城近くの人間の町は東にあります。名前はアーデニアといいます」
「魔王の話だと、俺はそのアーデニアに調査に行けばいいんだな?」
「そうなりますね。他の場所もお願いされるかもしれませんが」
魔王は自分から人間に危害を加える気はないらしい。今警戒すべきは、近くに住む人間たちからの攻撃だ。そのため人間の町の調査が必要になるらしい。だが個人的には、最も警戒すべきは近くにあるというだけのアーデニアではなくアルティミアの方かもしれない。
俺が一緒に訓練していた勇者パーティはどうなったのだろうか。白蛇の話だと倉宮がバーゲストに負けることはあり得ないそうだが心配ではある。
さらに、俺を裏切ったグレイスも居る。それなりには仲良くしていたつもりだったので悲しいし、怒りもした。だが、どうにも憎んではいない気がしている。仮に機会があっても復讐するようなイメージはできない。俺はグレイス、そしてアルティミシアに今後、どのように向き合うべきなのだろうか。すでに魔物たちの味方をする心構えはできているが、今後は人間たちと敵対することも覚悟しなくてはいけないのかもしれない。
では、人間が魔王城まで攻めてきたら俺はどうするべきなんだろう。昨日の印象だけでしかないが、魔王は人間にいたずらに危害を加えるようには思えない。今俺がやるべきことは人間と魔物の確執を取り除くことだろう。俺を助けてくれた白蛇のためにも、それでいいはずだ。
「反対に魔王城の西の方は魔物が栄えています。知能が高い魔物たちの集落や町もあるそうですよ。魔王城のすぐ近くは山や海が多いので、必要な情報はそのくらいでしょうか」
「アルティミシアの勇者たちがここに向かってきた場合、いつ頃到着するんだろか」
「うーん、そうですねぇ。寄り道せずに最短距離でも二か月は掛かるんじゃないでしょうか」
二か月もすれば勇者たちが来てしまう。それまでにアルティミシアの国王だけでも魔王と和解させねばならない。俺は倉宮、ミリアス、ルーカスには恨みはないし、白蛇や魔王には借りがある。俺にできる仕事はなんでもやってやろう。
「田所さん、そんなに考え込まなくても良いんじゃないですか?魔王様はもちろん、人間も争いたいわけではないのでしょう?」
「もちろんだ。だけど・・・」
前世のことを思い出してしまう。戦争が起こると物の需要が高まる。物の価値が変わると大金が動く。それでなくても武器は高価だ。あまり考えたくはないが、戦争をしたがる人間は居る。それはこの世界でも同じと思った方がいいだろう。
他にも戦争で手柄を立て、名誉や土地、物品を勝ち取りたいと思う者も居るかもしれない。この世界にも教会が存在している以上、人間の間での考え方の違いも出てくるだろう。争いの原因を考え出せばキリがない。
「少なからず争いをしたがる人間もいるんだ。警戒するに越したことはないと思う」
「そうなんですか。確かに私たち魔物にも好戦的な種族もいますよね。少し考えを改めないと」
白蛇の平和的な価値観が間違っていると思いたくはないが、仕事をするうえで認識の共有は大切だ。それに白蛇のおかげで聞きたいことを思い出せた。
「そうだった。魔物について聞きたかったんだ。魔王が言ってた、獣に近い魔物と意思疎通するために必要な要素って何があるんだ?」
「そういえばそんな話をしていましたね。説明しますが結構長くなりますよ?」
「大丈夫だ。よろしく頼むよ」
「わかりました。まず魔物とは、魔力を持った人間以外の生き物の総称です。例外として物や動物の死骸に意思が宿ったものは生きていなくとも、魔力で動いているので魔物と呼ばれています。ここまでは問題ないですよね?」
後半の定義が少しややこしいのだが、まだ問題はない。人間以外に魔力を持った生き物が魔物だ。例外の話は今は考えなくて良いだろう。
「ああ、問題ない」
「では魔物の持つ魔力についてです。魔力は魔物にとって、力と生命力の源です。それに加えて、大きな魔力を持つと姿が変わったり、次世代の個体が別種として生まれることがあるとされています。前者は昨日お話しした、熊の姿のバーゲストなんかがそれです。群れで突出した強さの個体がいるのもこれと同じ原理ですね」
魔力を蓄えた魔物は姿が変わり強くなることがある。俺の知らない、犬の姿ではないバーゲスト。実際に見てはいないが白蛇から話には聞いている。イメージとしてはゲームに出てくるような強めのリーダー個体みたいな感じだろうか。
「後者は魔王様のように、種族から独立した唯一無二の姿の魔物ですね。とはいっても次の世代も同じ姿で、新しい種族になる場合もあるようです。こちらは生まれた瞬間から決まっています。特徴として全体的に人間に近い姿で、とても強い方が多いですね。魔王城で働いていれば、こういった方に会うことも多いです」
こちらは突然変異や、種としての進化だと思えば良さそうだ。前者は魔王が当てはまるらしい。後者の場合は話を聞く限り、魔物が進化して人間に近くなる場合があるようだ。
「つまり、前者が生まれた後に魔力を溜めた努力家で、後者が生まれた時から特別なエリートってこと?」
「まあ、概ねそんな感じです。ただ、後者として生まれても多くの方は、強さを求めて並み以上の努力をすることが多いです。魔物は強さが何より重視されますからね。そこも含めて、エリートって認識は正しいかもしれません」
人間の貴族と同じように、生まれが良ければ期待される能力も高いということか。魔王は王族でもある様子だし、相当に厳しく育てられたのかもしれない。
「あと、私は生まれた時から独自の姿でしたが、親と同種の魔物たちよりも身体能力が劣っていました。後者は珍しくはあっても、みんなが強いわけではないという認識が正しそうですね」
白蛇の身体的特徴は、ゲームでいえばレア個体やユニーク種なんかだと思えばよいのだろうか。前世の知識が通用するのであれば、正確にはそのどちらでもなくアルビノの個体なのだろう。だとすれば体が弱いのも致し方ない。
しかしそれを知ったところで意味はない。それに俺の主観では白蛇のアルビノには強さなんて霞むほどの利点がある。それくらいは伝えておきたい。
「俺は白蛇の真っ白な体も赤い目もすごくきれいだと思う。魔物は強さが重視されるって言ってたけど、苦手なことよりも良い部分に目を向けた方が良いんじゃないかな」
「き、きれい、ですか。ありがとうございます。確かにそういってくれる方がいるなら、悪くないかもしれませんね」
喜んでくれたようだ。身体能力については悲しいけど仕方がないと、いうような暗い顔だったので笑顔になってくれて良かった。こちらも嬉しくなってつい眺めてしまう。
「あっ、ええと、説明を再開しますね!」
話に戻るようだ。少し残念だが、白蛇の解説も重要だ。
「そんなわけで魔物にとって、魔力は重要な栄養素みたいな感じです。洞窟の奥や手つかずの土地に強力な魔物が現れるのは、魔力を独占して強くなったからですね。ついでに、この場所に魔王城があるのも魔力の流れが良いからだと言われています」
当然だが強い方が生存競争でも有利。強さの元になる魔力は、魔物にとっては他に代えがたい価値があるようだ。先ほども、魔物は強さが重視されると言っていたので、人間で考えると武力と権力の両方を兼ね備えているような感じだろうか。
「問題なのはさっきの例の前者です。言ってしまえば強力な力を持っているうえに、知能は他の個体と同様なので会話が難しい相手です。私たちも扱いに困るだけでなく、事情を知らない人間の方にとっては魔物は強いうえに話が通じない、という考え方を強くしてしまいます」
「そういえば元々は意思疎通の話だったか。その会話が難しいっていうのは?」
「はい。先ほどの後者の魔物たち、つまり人間に近い進化をしてしまうと、前者の獣に近い魔物とは会話ができなくなるんです。その場合には相手の種を消してしまうか、武力で従わせるしかなくなってしまいます」
「つまり、魔力の保有量に差がありすぎると、魔物同士でも別種みたいに変化してしまって会話が成立しなくなるってことかな?」
進化を重ねて人間に近くなった種族と、獣のままで強くなった者たち。彼らは魔物同士でもコミュニケーションがとれないところまで枝分かれしてしまっている。俺はそもそもの『魔物』という分類が大雑把過ぎると思っているので納得だ。
「はい、そうなんです。そのため、現在魔王様の戦力は会話できない魔物たちの制圧のために使われています。だから人間の領地で暴れている魔物がいても、その全てには対処できていません。それによって、人間の魔物に対する印象が悪化する。結果として人間たちから警戒されてしまい、人間領の情報が手に入らず、力を蓄えた魔物が現れ被害が出る。そういった負の連鎖が起きているんです」
「つまりは魔物が暴れているのは、魔物を管理できないからで、そのせいで人間に被害が出る。さらにそのせいで、対立が根強くなって魔物の管理がどんどん難しくなるってことか」
情報が多くて難しくなってはきたが、どこかで負の連鎖を切る必要があるってことみたいだ。
解決するには、人間に現状を知ってもらい情報提供だけでもしてもらう。強力な魔物に対抗するために魔王配下と人間が協力して防衛できるようにする。すぐに考え付くのはこんなものだろうか。
しかし、バーゲストなどのように争いの原因が人間領にも突如として現れるせいで信頼関係が成立しないのが問題だ。どちらにしても、まずは人間との取引が必要になりそうだ。
「だったら人間である俺が、今の話をどこかの権力者に納得させられれば、少しずつ状況は良くなるのか?」
「理屈としてはそれでいいと思います。でも今まで魔王様がやろうとして失敗してきました。人間からすれば、敵が甘いことを言って情報を差し出すように言っている。そんな風に思われてしまうんでしょう」
「俺に勇者としての発言権が残っていればやりようがあったかもしれないのにな。まあ、せっかく教えてもらったんだから、改めて魔王と話してみてもいいかもな」
「そうですね。魔王様は人間の協力者というだけで、田所さんを雇っても良いと思ってたみたいですから、今なら踏み込んだことも相談してくれそうですよ」
長くはなったが、魔王と魔物たちの現状と目的はわかった。少しリスクを取ってでも、二か月以内に人間と和解しなくてはならない。
「今日は魔王と話す時間はとれるかな?」
「多分大丈夫ですよ。魔王様は今、動きたくてもそれができないので時間はあるはずです」
この後も魔王城の制度や歴史などを教えてもらった。そして昼食をとってから魔王に会いに行くことにした。白蛇は魔王城の外で仕事があるらしいので俺一人で行く。前日の魔王の様子だと問題はないだろう。