面接と魔王
白蛇がゆっくりと扉を開く。ギィーと音を立てる扉は外見通り、相当な重さのようだ。その部屋の構造はアルティミシアで見た謁見の間と概ね同じだ。部屋の主である王への道。そして主のための巨大な玉座。
人間の国王の時以上に緊張する。これも俺が人と魔物を区別している証拠なのだろうか。自分では既に人間への不信感であふれているつもりではあるが、魔物への恐怖もまだあるのかもしれない。
「白蛇と・・・。ああ、助けた人間か?元気になったようでなによりだ」
「はい、田所さんです。魔王様にお話があるそうなのでご案内しました」
想像以上に気軽に会話している。だが他に誰もいないので彼女が魔王で間違いないようだ。女性なら魔女王ではないか?とも思うが語呂が悪い。
玉座に座る女性、魔王の外見も城で働いている魔物たちと同様にぱっと見は人間にしか見えない。だが、明らかに魔物と判断できる特徴が2つあった。1つは頭に生えた角だ。捻じれた角が正面に向かって伸びている。
もう1つは背中の翼。蝙蝠のような羽のない翼が生えている。人間の大きさで飛行するには少し物足りないような大きさだが魔法も併用したりするんだろうか。これら2つの特徴は前世での悪魔の想像図を思わせる。しかし人間の部分だけ見ると、金髪の気品ある女性にしか見えない。前世でもイベント会場なんかで見ていれば、出来の良いコスプレに見えたかもしれない。
「初めまして魔王様。俺は田所祐一です。この度は陛下の部下に命を救っていただき、ありがとうございました」
「うむ、偶然助けただけらしいからな。まあ気にするな。それとお前は私の部下でも領民でもない。もっと楽に話してくれ」
権力者からの『気を遣うな』とか『無礼講』とかは決して本気にしてはいけない。前世で学んだ教訓である。相手が王族なのは確かなのだから最低限、敬語は使うようにするべきだな。
「ありがとうございます。お忙しいとは思いますが、少しお時間いただけないでしょうか?」
「まあ今は急ぎの仕事はないからな。せっかくの人間だし構わんぞ」
魔王は思った以上に友好的なようで助かった。二人だけだとまだ気まずいが、ニコニコと楽しそうにしている白蛇も残っていてくれているので少しだけ気が楽だ。
「では、いくつかお伺いさせてください。まず初めに、魔王城に人間である俺が居ても問題ないのでしょうか?」
「私や部下に危害を加えないのであれば問題ない。人間は魔物を恐れるだろうがこちらはそうでもないぞ」
魔物たちの態度は余裕の表れだったのかもしれない。白蛇は能天気なだけのような気もするが。ひとまず敵対感情は無いようで安心した。今の俺の目標は、居場所の確保と恩人である白蛇の手伝いをすることだ。それが許可される可能性もあるかもしれない。
手伝いと呼んではきたが、見ようによっては魔王城への就職面接のようにも思える。人間である以上、いろいろなしがらみがあるだろう。しかし今の俺は失うものも、欲しいものも特にない。思い切って交渉してみよう。
「そうでしたか。それでは一つ相談したいことがございます。俺をしばらくの間、ここに置いてもらえないでしょうか?白蛇に助けてもらった身なので報酬も望みません」
「人間のお前をか?それに報酬も要らないとはどういう了見だ?」
報酬のことは図々しいと思われたくなかったのだが、却って怪しまれたようだ。仕方がないので多少は身の上を話そう。念のため勇者のことは黙っておく。
「はい、俺は帰る場所もなく、行く当てもありません。それに、ここに来る直前に人間の仲間に裏切られました。今では魔物であっても、魔王様の元で働きたいです。それに白蛇には命を救われましたから、少しでも恩を返したいのです」
「帰る場所、か。」
魔王は目を瞑って考え込んでいる。眉をひそめていて不機嫌なように見える。やはり簡単にはいかないか。だが、伝えることは伝えた。これで駄目なら近くに人間の町でもないか探してみるか。
「では、こちらからも質問させてもらおう。お前、どこから来た?その名前はアルティミシアの者ではないだろう?」
早速、黙っていたことがバレそうだ。こうなっては仕方がない。相手が魔物たちとはいえ、組織に属するのであれば信頼は最重要だ。嘘をついて後でバレるなんてことはあってはいけない。どうせなら当たって砕けてみよう。
「はい。実は、俺は世界から召喚されて・・・」
適当な方角を指して、そっちの果てから来た。と誤魔化すこともできたが、採用面接で嘘をついてもロクなことにならない。嘘を重ね続けるか、どこかでボロが出るのがオチだ。俺は開き直って儀式で異世界から召喚されたことも話す。
「そうか、お前があの伝承の勇者・・・。しかも、もう一人いるとはな」
魔王が再び考え込む。それを中断させたのは俺でも魔王でもなかった。
「魔王様!それが本当なら・・・」
「ああ、人間たちはかなり切迫して」
「田所さんは!本当に帰れる場所がないんです!故郷に帰れないうえに!呼び出された先でも裏切られて、バーゲストに殺されかけて!かわいそうですよ!!」
黙って話を聞いていた白蛇が、上司であろう魔王の話を遮って怒涛の勢いで発言する。共感することがあったのかもしれないが、当事者の俺以上に取り乱していて反応に困る。
「落ち着け、白蛇!わかっている。元よりこいつは魔王城に置くつもりだ。私はアルティミシアの人間たちのことを考えていただけだ!」
「ええ!?そうだったんですか?田所さん、勇者らしいから私はてっきり・・・」
「勇者といっても勝手に呼び出した連中が、勝手に言っているだけだろう。こいつの評価には影響せん。そんなことよりも田所と話したいことが山ほどある。少し黙っていろ!」
「はい、すみません・・・」
白蛇がしゅんとしてしまった。俺のために感情を爆発させたことは少し嬉しいくらいだったのだが。
「田所、聞いての通りだ。しばらくは魔王城で働いてもらう。ただしいくつかの条件と、質問したいことがある」
「はい、もちろん問題ありません」
「まずは条件だが、報酬はしっかり受け取ってもらう。こちらの面子にも関わるのでな」
先ほどの俺の発言に対してのものだ。当然報酬をもらえるに越したことはないので黙って頷く。
「次に業務内容だ。給仕や掃除は足りている。お前にはお前にしかできないこともやってもらう」
「俺にしかできないこと、ですか?そんなにないと思いますが」
「大したことではない。私たちは人間のことが知りたいのだ。お前もこちらに来て三日間は普通に町で生活したのだろう。その時の人間たちの生活や価値観を教えてもらいたい」
「わかりました。そんなことでよろしければ」
召喚された件も知ったうえで言っているのであれば問題ないだろう。
「他には、そうだな。近くの人間の町の様子を見てきてもらいたい。こちらから手出しをする気はないのだが、向こうが仕掛けてくるのであればそうもいかん。交渉するにも相手の懐事情は知っておきたいしな」
潜入活動。バレれば危険が伴う仕事だ。だが幸いにも俺は強い体を持って召喚された。町に行って聞き込みするくらいは平気なはずだ。
「あとは必要に応じて戦闘することもあるかもしれん。先ほども言ったがこちらからは仕掛けん。外敵からの防衛や自衛のために、最低限の訓練と武器の携帯はしてもらおう。そんなところか」
「わかりました。全て問題ありません」
そもそも魔物だらけの職場だ。言われなくても自衛はする。だが仮に人間が攻めてきた時に、迷わないかはまだ少し自信がない。
最初のイメージでは雑用中心だったが、魔王に言われた内容でも大丈夫だろう。危険も多少はありそうだが、こちらは既に三回も死んだようなものだ。居場所と報酬が約束されればそれで良い。
「よし、それではいくつか質問したい。改めて言っておきたいのだが、私たち魔王城一同は人間と争う気はない。だが、それを人間たちは知らないと見て良いのだな?」
「はい、少なくとも国王は魔王軍から攻撃されていて、人間たちは危険な状態であると考えています」
「そうだったか。まあ現状を嘆いても仕方あるまい。それと、もう一人の勇者とやらの動向はどうなっている?今日明日にでも攻めてくるのか?」
「それは・・・。すみません、確かなことはわかりかねます。将来的にここに来るとは思いますが、バーゲストにかなり苦戦したので、まだ訓練をするかもしれません」
「ああ、そうだったな。まさか大型のバーゲストが人間領に現れるとは」
魔王が再三考え込む。魔王が敵である人間の領地に大型の魔物を送り込んだ、訳ではなかったようだ。つまり魔王は本当に人間と敵対する意思はなく、一部の魔物が暴走しているということだろうか。
「あの、魔王様。失礼ですがバーゲストなどの魔物とは意思疎通できないのですか?」
「ああ、できなくはないのだが難しいのだ。魔物にも人間に近いものと、獣に近いものがいてだな、バーゲストなど獣のようなものたちと意思疎通するには良い塩梅の魔物が必要なのだ」
言われてみれば人間の価値観だと、魔王や白蛇のような人間に近いものも、バーゲストのような獣に近いものでも一緒くたに『魔物』と扱われてしまうのか。前者に救われ後者に殺されかけた俺としては少し大雑把過ぎるように思える。
「少し長くなるが聞く気はあるか?すぐに仕事で必要になる知識ではないのだが」
少し聞きたくはある。すぐに必要な知識ではない、ということはいずれは必要にもなるようだ。しかし・・・。
「知りたいのは山々ですが、今日のところは魔王城のことなどを知りたいです」
「うむ、そうだな。今日のところはここまでにしよう。おい、白蛇」
「はい、魔王様」
「話は終わりだ。田所に魔王城と施設を説明してやれ」
「お任せください。では魔王様、失礼します」
この後は白蛇に魔王城を案内してもらった。少し薄暗い城内ではあるが、職場としては悪くなさそうだ。食堂、寝室、風呂が使用可能。それに加えて訓練所や書庫も使って良いらしい。
軽く見た分には、訓練場は広いうえに使用者は多くないようだ。バーゲストに、というかグレイスに痛い目に遭わせられたので空いた時間はここに来よう。ついでに興味があった書庫も見させてもらったのだが、残念ながら文字が読めなかった。会話ができるのだから、その辺もご都合主義で何とかしといてくれ、召喚の儀式とやら。
「では明日の朝に食堂で待ち合わせしましょう」
「ああ、今日はありがとう。これからもよろしく頼むよ、白蛇」
「こちらこそよろしくお願いします、田所さん」
今は急ぎの仕事がないとのことで、しばらくは白蛇が教育係になってくれるそうだ。そしてなんと、俺にも個室が与えられた。人間ゆえの配慮なのか、普通に部屋が余っているのかはわからないがありがたい。
白蛇と別れて俺の部屋に入る。広い部屋ではないが多少の私物を置くくらいはできる。社宅としては十分な広さだろう。なにより俺は帰る場所を失ったのだ。衣食住に困らない職場があるだけで満足しよう。
明日からは仕事が始まる。今日は早く寝よう。初めての場所に来ていろいろなことを知った。俺の思った以上に頭は疲労していたようでベッドに入ると即座に睡魔に襲われた。