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再生と白蛇

 ここはどこだ。辺りを見回そうとしたが、首を回すだけで全身がズキリと痛む。そう、全身が痛い。失ったはずの右の腕にも痛みがある。誰かが助けてくれたのか。だがおかしい。


 魔法でも欠損した部位を治すのは容易ではない。不可能ではないがそれが、できる人材は例外なく王家や教会に取り込まれているらしい。いったい誰が治療してくれたのだろうか。


 場所もわからない。天井しか視界に入らないがしっかりとしたレンガ造りのようだ。痛みに耐えて辺りを見ると、どうやら鉄格子に入れられているようだ。ますますわからない。敵として捕まったのであれば、なぜ丁寧に治療されているのだろうか。しかも拘束されてもいないようだ。試しに見張りの者が居ないか呼んでみようか。


 そう考えていると、鉄格子の外からズルズルと不気味な音が聞こえてくる。何者かが体を引きずって近づいてきているようだ。薄暗い部屋も相まってゲームで見た、這い寄るゾンビが連想される。この世界ではありえない話でもない。他の魔物の可能性もあるだろう。警戒したいが体が痛むし、手元に武器もない。


 音がどんどんと近づいてくる。そしてその主が姿を現した。光が弱く輪郭しかわからないが、それは大蛇だ。光を反射する白い鱗と人間を丸のみできそうな大きさを持っている。素手ではとても勝てそうにない。前世を含めて三度目の死を覚悟する。だが次に聞こえたのは不釣り合いな声だった。


「あっ、意識が戻ったんですね!」


 それは若そうな女性の声だった。声の主を探してしまうが、やはりというべきかそこには大蛇しかいない。いや、接近されて大蛇の姿が良く見えてきた。それは蛇の下半身と人の上半身を持つ魔物だった。ゲームでなら見たことのある、ラミアと呼ばれる存在と酷似している。


「あの~、大丈夫ですか?まだ意識がはっきりしませんか?」


 赤い瞳で覗き込んでくるその魔物は、瞳以外の全てが白い。僅かな光源に照らされる雪のような肌に思わず息を呑む。その白さが俺の知識の中の存在との相違点だ。しかし、目の前の魔物にも前世の知識が当てはまるのであれば、彼女はアルビノのラミアというべき存在なのだろう。


 アルビノとは生まれ持った身体的特徴。白い体と髪、そして赤い瞳。それは彼女の外見に当てはまっている。こちらの世界のことはほとんど知らないのでそういった種族である可能性も否定できない。


 眼前の彼女は敵対しているはずの魔物だ。しかし、その表情は本当に心配してくれているように見える。演技かもしれないが。


「いや、大丈夫だ。君はいったい?」


「はい、私は白蛇(はくじゃ)と呼ばれています。偶然バーゲストに襲われているのを発見したので、保護させていただきました」


「そうか、ありがとう。俺は田所祐一だ。治療も君が?」


「はい。しかし、魔力が不足してしまって中断していました。まだお体、痛みますよね?治療を再開しますね」


 白蛇が俺の胸に手を重ねる。治療魔法は体内の魔力の循環に干渉しているらしい。そのため、心臓が酸素を運ぶのと同様に体の中心から治療するのが基本なようだ。


 真剣な顔で治療する白蛇はとても美しい。生き物は危機感を感じると恋愛感情を抱きやすくなるという。俗にいう吊り橋効果だ。もしくは理由もわからず助けてくれている、白蛇の優しさに惚れてしまったのかもしれない。相手が魔物であることも忘れ、無言で見つめてしまう。気恥ずかしさもあって何か話したくなる。


「えっと、話してもいいかな?」


「はい、大丈夫ですよ。あっ、もしかしてここがどこか、ですか?」


「ああ、うん。それもそうなんだけど、俺の扱いとか色々教えてもらっていいかな?」


「はい、順番にお話ししますね」


 治療しながらなので接触しており、少し落ち着かないがとても気になる話なので耳を傾ける。


「ここは魔王様の城です。私は視察の帰りに大型のバーゲストを発見して調査をしていました。そこで、バーゲストに連れ去られそうになっているあなたを見つけ、保護したんです」


 相槌を打ってはいるがいまいちピンとこない。


「大型のバーゲストって?バーゲストの群れじゃなくて?」


「はい、あなた方の戦っていた群れのボスでしょうか?大きな熊の姿のものがいましたよ」


「じゃあ、みんな・・・そこにいた人たちはどうなったんだ!?」


「大丈夫ですよ。あの時に居た茶髪の女性、彼女ならあの程度の相手であればいくらでも倒せますよ」


 茶髪の女性、倉宮のことだろう。確かに倉宮は異常な身体能力と才能を持っていた。それでも心配ではある。


「そうか。じゃあ、俺を襲ったバーゲストは君が?」


「はい。魔法には弱い魔物だったんで、まとめて眠ってもらいました」


 彼女、白蛇が見た目以上の異様な強さかと思ったが、あくまで弱点を突いて俺を連れ出してくれたようだ。


「すごいんだな、君は。本当にありがとう」


「いえ、気にしないでください。ほっとけませんでしたし、魔王様のご意志ですから」


 魔王の意思。確か国王の話では、魔王が一方的に攻撃を仕掛けている風だったが食い違いがあるのだろうか。あるいは勇者の片割れである俺に用があったとか?


「俺はこの後どうなるんだ?魔王が俺に用でもあるのか?」


「え?そんなことはないと思いますよ。報告した時も治療してやれ、としか言ってなかったんで」


 違ったらしい。では牢屋に入れられているのはなぜか。


「ここは牢屋だよな?捕虜にするとかでもないのか?」


「そうでした。実は鍵のある部屋が今はここしかなかったんです。いい気はしないですよね?申し訳ありません」


「いやいや、問題ないから謝らないで!」


 命の恩人に頭を下げさせるわけにはいかない。結果として怪我人が歩き回ると危険だから、念のため鍵のある部屋に入れていただけだそうだ。確かにバーゲストに襲われた直後に、魔物達の本拠地で目覚めてはお互いに危険な可能性もあっただろう。


 話している間に治療が終わったようだ。白蛇の白い手が俺から離れていく。少し名残惜しいが意識してみると体が楽になっている。


「はい、終わりましたよ。体はどうですか?」


「ありがとう。おかげでバッチリだよ」


 彼女は自分のことのように、嬉しそうにニコニコしている。おかげで気持ちまで楽になったようだ。


 しかし、これからどうするべきか。バーゲストに殺されかけたのはともかくとして、グレイスに裏切られたことはかなり気がかりだ。何よりもグレイスのセリフが気になる。


「お前はいなくても良いんだとさ」


 誰かに言われたような言い草だ。さらに、グレイスはあれで公爵子息だ。勝手なことをするとは考えにくい。


「じゃあな、『予備』の勇者様」


 直前のこの発言から考えると、俺はアルティミシアに裏切られたのか?グレイスが公爵に何か言われたのは確かだろう。そして権力者である公爵が俺を捨てる判断をしたなら、それは国の判断であると考えるべきだ。まだ確証はないが、もし国が敵であるなら真偽を確かめに行くのも危険すぎる。


  ああ、この世界でも俺の居場所がなくなってしまったんだ。実際にグレイスの言う通り、倉宮たちの身代わりになってもう用済みなんだろう。どこか遠くで目立たずに暮らしてみようか。


「だ、大丈夫ですか?まだ痛むところがありますか?」


 白蛇が心配そうに見つめている。彼女のことを忘れて考え込んでしまっていた。


「ごめん、大丈夫だ。これからどうしようか考えてて・・・」


「そうですか。何かあれば気軽に言ってくださいね」


 確定ではないが、人間に裏切られた今、目の前の純真そうな女性がとても眩しく見える。魔物にもかかわらず、というよりむしろ人間ではないからこそ信頼したいと思ってしまっているのかもしれない。


 そうだ、既に彼女に助けられえている身だ。何か手伝えることはないだろうか。


「白蛇、何か手伝えることはないかな?やるべきことがなくなってしまったんだ」


「えーっと、手伝えることですか。うーん」


 顎に手を当て考え込んでいる。急すぎただろうか。彼女からすれば、意識が戻っていきなり何言ってるんだ、状態だろう。勇者とか裏切られたこと以外は話してしまおうか。


「実は、帰る場所とか目的がなくなっちゃって、少しここで仕事を手伝わせてもらえないかな」


「そうなんですね。私は良いんですが一度魔王様に相談してみますね!」


 先程から普通に名前が出ているが、魔王とはどんな人物だろうか。国王の話では一方的に攻撃を仕掛けてくる侵略者のようだが、白蛇に助けられた今では想像ができない。ゲームなどの知識から強そうな気がするので割と怖いが、実質的に二度も死んだ身だ。どうせ行く場所もないのだし、会わせてもらったりはできないだろうか。


「それじゃあ、俺と魔王を直接会わせてもらうことってできるかな?」


「あっ、そうですよね。直接お話しした方がいいですよね!じゃあ、準備ができたらお連れします」


 会えるらしい。人間の国王と会うために、散々待たされたことを思うと不思議な気分だ。まあ、文化が違うのは当然かもしれない。俺は白蛇から荷物を返してもらってすぐに魔王に会いに行くことにした。


 そういえば返してもらった荷物の中に、普通に武器があるのだが問題ないのだろうか?あの戦いのときに使っていた剣はないが、予備の剣がある。俺としては当然、自衛のために持っておきたいのでこのことは今は黙っておく。


  薄暗い城を白蛇の案内で進んでいく。途中で見かける魔物たちは人間大の大きさの者しかいない。大きい魔物は魔王城では勤務できないのかもしれない。それ以上に驚きだったのは、人間にしか見えないような魔物が多いことだ。彼らは人間である俺から見て、普通に勤務する人間と相違ない。


 人と魔物、両者の違いはそう多くないように思えてしまう。もちろん、ここに来る前に戦ったバーゲストのように話の通じない相手もいる。だが、他の知性ある魔物たちとは争う必要なないのではないか。実際に私は白蛇に助けられ彼女を憎からず思っている。


 そんなことを考えている間にいくつもの部屋を通る。防衛のためだろうか、部屋が多く複雑な構造になっているようだ。


「あの、何かあったんですか?」


「こうして普通に生活してるのを見ると、人間と魔物の違いって何なのかなって。話が通じて生活も大差ないのに何で争うのかな」


「そうですよね。私もなんで戦いなんて起きてるのか不思議ですよ。しかも、ほら私なんて半分人間ですからね。人とか魔物とかあんまり気にしないんですよね」


「ああ、うん、そうだな」


 身体的特徴を、冗談みたいに言われても反応しにくい。この手のジョークは笑っていいものなんだろうか。


 それはともかく、白蛇自身は人間を嫌ってはいないらしい。敵であるはずの俺を助けてくれたのはそれ故か。


「魔王もあんまり人間を嫌ってはいないのか?」


「魔王様はなんというか、私と違って複雑なんですよね。嫌ってはいないと思うんですけど。まあ詳しいことは本人に聞いてください」


 さすがに他者のことは詳しく教えてはくれないようだ。魔王も人間と魔物に思うことがあるのだろう。俺も人間に裏切られた直後に魔物に助けられたのだ。複雑らしい魔王の気持ちも少しはわかるかもしれない。


 そんな話をしていると大きな両開き扉の前に到着する。見るからに大物の部屋という雰囲気だ。ゲームで見たRPGのラスボスの部屋を思い出す。ここが魔王の部屋で間違いないだろう。


「着きましたよ。魔王様のお部屋です」


「今さらなんだけど、俺がいきなり会って大丈夫か?」


「魔王様は気軽にお会いしてくれますから、多分大丈夫ですよ。それともまさか、魔王様を倒しに来たんですか!?」


 白蛇が手を口に当て、何かに気づいたようにハッとする。これまでの感じからして、冗談を言って和ませてくれているようだ。


「はははっ、もちろんそんなことはしない。俺は今は知りたいことがあるだけだよ」


 俺の今後のことについて。そのためにも、魔王と人間の戦いのことについて。あとは魔王個人の考えについても少し興味がわいた。魔王も俺と同じく、立場に悩んでいるのではないだろうか。そうだとして俺がどうしたいのか、何ができるのかは皆目見当もつかないが。


「では行きますよ。魔王さまー、白蛇です!入っていいですかー?」


 白蛇が巨大な扉をノックして呼びかける。硬く分厚そうな扉はノックの音を通さなそうに見えるが、外見だけなのだろうか。


「いいぞ、入れ」


 少なくとも声の方は届いたようだ。しかし、本当にいきなり会えるものなんだな、魔王って。不安と好奇心が入り混じる。だがここまで来てしまった以上は会うしかないだろう。

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