歓迎と協力
魔王城に帰還した時、その同行者は八人増えていた。町の開発、とりわけ建築には少なすぎるように感じるが、魔族たちも協力するので、力仕事は人材豊富ではあるそうだ。八人の内訳は交渉で来てくれることになった七人と、その子供だ。この世界では旅行なんてものはとてもじゃないができないらしい。行商なんかも護衛が必須で、それでも命の危険は付いて回る。そこに訪れた貴重な城を見るチャンス。アーデニアしか知らない普通の子供としてはどうしても譲れなかったらしい。遊びじゃないと止める親の説得では子供の好奇心を止められなかったようだ。
しかしこちらとしても悪い話ではない。魔王城に幼い子供が訪れ、無事に帰宅できた。そんな事実があるに越したことはないだろ。それに魔王城は荘厳で、意外なほどに快適だ。この世界の基準にはなるが、料理も悪くはないらしい。この八人の人間次第だが、魔族の文明レベルの高さを宣伝することにも繋がるかもしれない。少しだけ前世での仕事を思い出させるが、魔族たちに接待という概念はあるのだろうか。そう考えるとアーデニアに発つ前に、魔王に相談するべきだったのかもしれない。
俺の不安をよそに、一行は魔王の部屋の前に到着した。俺がここに来た時もそうだったが、トップに挨拶するのはこの世界でも常識だ。そう思うとアルティミシアでいきなり待たされたのは、わりかし失礼だったのかもしれない。
扉の先では当たり前に魔王が待ち構えていた。彼女はぱっと見、容姿端麗な普通の人間だ。偉そうに頬杖をついてなんかいるが絵になっている。しかし、俺が来た時と異なる点が一つあった。玉座に続く道、その両端にずらりと魔族たちが並んでいたのだ。しかも武装した者や屈強な肉体を持った者が多いような気がする。俺やアーデニアの人たちが困惑していると魔王から声が投げかけられた。
「よく来たな、人間たちよ。さあ、もっと近く寄るが良い」
こんな状況でお近づきになりたい人間などいるはずがない。しかしアーデニアの人たちは、身の危険を感じたことで従わないわけにはいかないと判断したようだ。不承不承ながら魔王の元へ歩を進めている。当然魔王に敵意はないはずなのだが、それを伝えたところであまり意味はないだろう。躾が行き届いていると知っていても猛獣には近寄りたくはないようなものだ。事実、すでに子供は完全に親の影に隠れてしまっていた。彼らに良い印象を持ち帰ってもらうという俺の目論見はもう失敗しているのかもしれない。
「わざわざ来てもらったのだ。今日は明日に備え休息するといい。魔王城一同、しっかりともてなさせてもらおう」
魔王が顎で指示した先にはやはり、厳つい魔族が待ち構えていた。筋肉隆々になった男版ヴァミリスのような魔族で、かなりの威圧感を放っている。彼に案内をさせる手筈だったようで、挨拶もほどほどに人間たちは退出させられていった。俺は魔王に話を聞きたかったために一人でその場で残った。
「どうだ、田所?なかなか様になっていたんじゃないか?」
魔王は誇らしげに胸を張っている。その態度はさっきまでとは打って変わって、褒められるのを待っている子供に近しいものがある。
「魔王。お前、あんなに部下を並べてどうしたいんだ?アーデニアの人たちを怖がらせる必要ないだろ」
相手がこちらに対して敵対感情を持っているなら示威行為の必要もあるだろう。だが、すでに交易のある相手に対して威圧する意味が理解できない。
「どうって、人間を歓迎するときはああするんじゃないのか?」
特に意味はなかったようだ。そういえば先代魔王の時は人間と敵対していたはずだ。そんな親を持っていた魔王と、人間である俺とでは歓迎という言葉の意味が食い違っていたらしい。魔族にとって人間は敵。そんな時代にあっては抑止力として力を見せつける外交が必要だったのかもしれない。だがそれは……。
「先代の時はそうだったんだな?でも、お前は人間と争いたいわけじゃないだろ。怖がらせるようなことはもうやめておけよ」
「ああ、うむ。そうだな。怖がらせてしまっていたのか・・・」
さっきまでの威厳はどこへやら、魔王は肩を落としてうなだれてしまっている。意外というべきか、結構わかりやすい上司でなによりだ。彼女の視点で考えれば、念願の人間の集団との初接触だ。俺なんかは初挑戦は失敗するのも当然だと思ってしまう。しかしながら魔王も仮にも王族なのだ。その矜持が失敗を許さないのかもしれない。
「今回は俺たちでフォローしておくからさ。今度は人間のことはちゃんと俺に聞いてくれよ」
「うむ、よろしく頼むぞ」
魔王と別れた俺はアーデニアの人たちと合流した。白蛇たちが城の案内をしていたのだが、俺の方から探すのは難しいので合流場所の食堂で落ち合った。
「そうなんですね!あの町の集会所も皆さんが作ってらっしゃったんですね」
「おたくの町には最近は取引でお世話になっていまして、はい!あの一件以来ですね。いえ、僕は直接戦ったわけではなくてですね……」
どのようにして魔族たちとの距離を縮めてもらおうかと思っていたが、完全に取り越し苦労だったようだ。白蛇とラピールは完全に打ち解けている様子だ。コミュニケーション能力と外見の良さは種族の壁をも超えるということだろう。どちらかというと魔王の部屋ではおびえていたのに、魔族である二人に篭絡されている人間たちが不用心すぎるのだろうか。
「あっ、田所さん。魔王様はどうでしたか?」
「ああ、皆さんにはご馳走を振舞ってあげろってさ」
魔王の歓迎について注意したことは、わざわざ客人の前で言う必要はない。それに白蛇たちが上手いことやっているのであれば、魔王は少しくらい恐れられていても良いのかもしれない。魔族全てを身近に感じてもらうのも悪くはないが、飴と鞭を別の者が担当するのもありだろう。
その翌日、俺たちは魔王領開発計画を進めていた。昨日や道中は落ち着いて会話できなかったため、ようやくまともに話ができるというものだ。今は建設の優先順位についての会議中だ。
「最優先はやっぱり、町を守る防壁とかになるか?」
「こちらから見えないのも困りものですから、物見台も欲しいところですね」
勇者パーティと上手く和解できたとしても敵は多い。知性の低い野生の魔物たちや、ゴーレムを使って攻めてきた人間たちがいるからだ。それに魔族たちは強靭な者が多いが、人間たちは誰でも戦えるわけではない。最終的には人間たちも安全に滞在できる場所にしたいということもあり、防衛設備は必須といえる。
「あとは魔族たちが宿泊する場所も必要だよな。防衛にも建築にも人手は必要だろうしな」
「では作業班を二つに分けて門と宿舎を作りましょう。魔族の皆さんには門の建造を中心にお願いします」
町を作るのに人間七名だけではあまりにも時間がかかり過ぎる。そのため、急ぎの用のない魔族たちも協力することになっている。これは魔族たちだけでも建築をできるようにするという打算も含まれている。さらに実のところ魔族は今現在、住居が不足していた。
今の魔王が争いを好まないために魔族の人口が増加し、そこに森から追われたエルフたちが合流したためだ。彼らは森の民らしく、樹の中に住居を構えていた。それゆえに平地である魔王城周辺は生活に適していない。人間たちの建造技術を習得さえすれば人数も相まって、優れた働き手になってくれることだろう。居場所がない者達に仕事を押し付けているようで忍びないが、魔王の庇護があるので相互利益の関係になってはいるので安心してほしい。
こうして始まった魔王領開発計画だが、初日は問題だらけであった。最初の問題は例のエルフ達だった。協力する相手が人間だったためだ。同族を捕え、故郷を奪った種族と協力することに拒否反応を持つ者は少なくなかった。それを治めてくれたのはテレーノだ。彼女は共に戦った俺を引き合いに出し、共生も可能であると説得してくれたそうだ。最初は俺を散々警戒していたくせに、なんてことも少し思ったが、考えを改めてくれたのなら良いだろう。
他には道具の規格が合わないことが問題となった。力仕事である建築に駆り出される魔族は人間よりも大柄な者が多かった。人間用の大きさの玄翁や釘を扱えない者たち。彼らには専用の道具を作るべきか、道具を扱う方法を模索するべきかで人間たちの意見も割れてしまった。結局は種族ごとに役割を分担することで落ち着いた。この判断は一長一短だったのだが、今すぐに解決できない以上は致し方ない。こうして不安だらけの共同作業が幕を開けたのだった。




