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獲物と狩人

 俺たちがこの世界に来て3日が経った。この3日間は五人での連携、そして俺と倉宮の基礎訓練に充てられた。グレイス指揮の剣の訓練とミリアス直伝の魔力操作の訓練が主だ。おかげで俺たちは並みの兵士以上の戦闘能力と、最低限の魔法攻撃の習得に成功した。パーティ内での連携も形になってきてはいる。


 俺としては昨日の段階で実戦に参加してもいいと思ったのだが、苦戦したのは意外なことに倉宮の方だった。理由は体に不釣り合いなほどの潜在能力だ。特に訓練を初めてすぐは力加減ができず、練習用の武器を破壊していた。訓練用ではない、金属製の物でもお構いなしである。倉宮は結果として、素振りや回避行動など1人でできる訓練ばかりとなっていった。加減は今後の実戦の中で覚えてくれることを願おう。


 魔法はミリアスのおかげで俺と同じように普通に扱えるようだ。以前の訓練で見た、魔法の適性だけでなく、魔力量自体も俺より多いようで訓練時の持久力は俺よりも上だ。最も、基本の火球のしか満足に扱えないが。


 そして4日目。城下町の近くで目撃された魔物の討伐に参加することになった。前日に遠くから目撃された群れがいたのだ。今回はまだ俺たちだけでなく、城の兵たちも同行している。ただし、基本的に参加するのは俺たち5人だ。国王も俺たちの力量を測りたいのだろう。


「皆さん、私が実戦に出ても大丈夫でしょうか?」


 倉宮が不安そうに四人に聞いてきた。同じ立場である俺には判断ができない。しかし決定したのは陛下だそうだ。せっかく召喚した俺たちを使い捨てにしたくはないだろうし、きっと問題ないんだろう。


「多分、大丈夫だから俺たちに頼むんじゃないか?倉宮は俺よりも強いんだし平気だろ」


 悲しいことに倉宮は俺よりも強い。以前は剣道の経験のおかげで、近接戦闘ではかろうじて対等といえないこともなかった。今では倉宮も訓練を積んでいるため確実に俺より強い。


「相手はバーゲストだったな。俺一人でも一匹なら問題なく倒せる。お前たちなら問題ない」


「魔法も飛び道具もないから大丈夫」


 グレイスとミリアス、2人の先生も心配してないようだ。


 討伐対象はバーゲストと呼ばれる魔物だ。鎖の巻き付いた黒い犬の魔物らしい。稀に他の動物の姿で現れることもあるそうだ。犬の魔物の攻撃は基本的に嚙みつくかひっかくか。バーゲストの場合は鎖を操ることもある。動物の身体能力で武器も持った危険な相手のように思える。


 強敵のように感じるが問題はないだろう。俺と倉宮以外は皆、勝利したことのある相手だからだ。さらにいざという時に備えて兵士たちに後方を守ってもらう。これで非常時の退路と補給も心配ない。


 


 目的であるバーゲストの群れを見つけるのは簡単だった。バーゲストは犬の姿だけあって耳も鼻も利く。目撃例があった場所から近くの森に入ると、すぐに三匹のバーゲストが襲い掛かってきた。


 自然と、俺と倉宮、グレイスで1匹ずつ請け負う形になった。残ったミリアスとルーカスは増援や想定外の事態に備えている。兵士たちが森の入り口で待機しているので挟撃の心配もないだろう。


 バーゲストたちは唸りながら距離を詰めてくる。鎖の巻き付いた大型犬が迫ってくるのはなかなかに怖い。だが、今後のことを考えるとそのようなことは言ってられない。


「バウッ!」


 俺に最も近いバーゲストが吠えながら飛びかかってきた。剣道でいう『胴』の動きですれ違いざまに攻撃をする。体に巻き付いた鎖に当たり、金属音がなる。この分では致命傷には遠いだろう。


 案の定、背後から牙を剥いて攻撃を再開してくる。今度は上から剣を振りおろしバーゲストを迎え撃つ。頭部にまっすぐ刃が通り、声にならない断末魔をあげたバーゲストの動きが止まる。無事に仕留められたようだ。


 初めての勝利の余韻を感じる暇はない。他の二匹はどうなった?見回すとグレイスは涼しい顔でこちらを見ていた。そして、倉宮もちょうどバーゲストの胴体を両断し勝利した。


 初めての実戦は大方の予想通り無事に終わった。この時まではそう思っていた。


「二人とも怪我は?」


「ないに決まってんだろ。俺が最初に方付けたんだ」


「だ、大丈夫です」


 当然ながら後方にいたミリアスとルーカスも無傷のようだ。そもそも怪我人が居ればミリアスが治療していたであろうことを思い出す。少し恥ずかしいが初めての実戦だ。このことは忘れよう。


「目撃されたのは三匹だよな?一応他のも探しておくか」


 全員でグレイスの提案に賛同する。全員が無傷なので当然ではあるが。


「少し待って、魔力反応を調べる」


 いきなり襲われたのでさっきは使わなかったが、ミリアスは魔物を探知できる。正確には周囲の『一定以上の魔力を持つ生き物』の動きを知ることができる。

 

 魔物は名前の通り、多くの魔力を体に保有している。この魔法であれば簡単に正確な数を調べることができる。人間に対しては魔力量にブレがあるため確実性が落ちるそうだ。


「全員集まって!正面から大量の魔物が近づいてくる」


「うそだろ!?バーゲストは来たばっかのハズだろ!」


 驚いたのはグレイスだけではない。事前の情報では今回のバーゲストたちは生息域を追われたはぐれ者のハズだった。多くても十匹未満という見込みが大きく外れていたことになる。


「数は!?」


「約二十!壁を作るから森から逃げて!」


 ミリアスが急いで魔法を唱えている。彼女は透明な壁を展開する魔法が使えると聞いている。それで逃走するための時間を稼ごうとしているのだ。魔法の効果は確かなようで、先頭のバーゲストたちが衝突しダメージを受けている。


 俺たちもルーカスたちのやり取りを聞いて一斉に駆け出す。足場と視界の悪い森では、バーゲストが有利だ。何より森の外には十人の兵士が待機している。そこまで逃げれば何とかなる。だが、焦りすぎた倉宮の足がもつれ、転倒する。


「キャッ!」


 ミリアスが魔法の壁で防御しているが、それは一方向にしか出せないと聞いていた。バーゲストの群れはすぐに回り込んでくるだろう。仕方がない。


 俺は最後尾の倉宮の手を掴み、力づくで立ち上がらせる。そして近くにいたミリアスに向けて押し付けた。


「ミリアス、兵を呼んできてくれ!」


 どうせ誰かが逃げ切れないなら年長の俺が残るしかない。ミリアスの魔法の壁が残っているおかげですぐに囲まれることはない。背を向けて逃げるよりは、今のうちに数を減らした方が少しでも望みがあるはずだ。


 意図を理解したのかミリアスは倉宮を連れて走り去っていく。多分、もう会えないんだろうな。考える余裕はなかったとはいえ、年下でかつ、俺よりも強くなるであろう倉宮を助けることができて良かった。あとは一匹でも多く減らせればそれでいい。


 二度目の死を覚悟した俺に背後から向かってくる足音がある。全員視界に収まっているため、バーゲストではない。そして足音の主から声が掛けられる。


「じゃあな、『予備』の勇者様」


 直後に脇腹に鋭い痛みが走る。刺されたのか。傷を抑えながら振り向く。そこに居たのはグレイスだった。


「お前はいなくても良いんだとさ。せいぜい時間を稼いでくれよ」


 そう言い残すとグレイスは走り去っていった。


 なぜ?勇者は必要なのではないのか?三日間、それなりには友好的に接してもいたハズだ。考える余裕はない。壁を回避して数匹のバーゲストが回り込んでくる。そのまま一匹のバーゲストが飛びかかってきた。ギリギリで屈んで回避する。


 初めて体験する鈍い痛みをこらえながら剣を構えるが、痛みで正しい構えがとれない。そうしてる間にもミリアスの残した壁が消えてしまった。見えない壁を警戒していたバーゲストが自由になり、一斉に襲い掛かってくる。


 腰の入っていない構えでかろうじて迎え撃つ。だが、硬い鎖を纏ったバーゲストに対して致命傷にはならない。対してバーゲストたちは集中的に足に噛みついてくる。魔物の驚異的な顎の力で左足からゴキッと嫌な音がする。立て続けに腕にも噛みつかれる。


 あまりの痛みに剣を落とす。いや、手は確かに剣を握ったままだ。落ちていったのは剣を持った手の方であった。


 終わった。激しい痛みで何も考えることもできない。折れた足では立つことができず、欠損した腕では受け身が取れない。重力に引かれるまま正面に倒れこむ。最後に見たのはバーゲストか森の地面かもわからない。黒い何かを見ている、あるいは視界が黒く染まったまま意識が途絶えた。

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