迷いと覚悟
「そうか。任せて良いのだな?ナスターシャ」
子供のような身長の人形がこくりと頷く。その仕草は可愛らしくも見え、彼女のことをよく知らない者の不安を募らせた。この魔王城に来て日の浅い田所祐一、まさに俺がそうなのだ。
「その、なんというか。大丈夫なのか?同格くらいの敵が沢山いるんだろ?一回逃げて立て直すとか・・・」
「残念だが逃げ場はない。伏兵がないとも言い切れんしな。それにお前は知らないだろが、ナスターシャも四人衆足りえる実力者だ。私は、私たちは信じているさ」
「田所、俺もナスターシャも同じ四人衆だ。差や優劣は存在せん。裏切者はそれ以前の問題だがな」
「まあ、四人衆でも普通にやっては不利な状況です。ナスターシャ、必要なものは何でも使ってください。我々は城の守りを固めてから加勢します」
ナスターシャは再び頷いてからヴァミリスに目を合わせる。彼女に用があるようだ。戦闘のための準備があるのかもしれない。
「ナスターシャ。こんな状況だ。無理をするなとは言えんが、無事に帰ってきて、また私の話し相手になってくれ」
丁寧にお辞儀をしてナスターシャとヴァミリスは部屋を後にした。彼女はどうするつもりなのか疑問ではあるが、今は非常時だ。俺にできることを探すのが先だろう。
「あなたは魔王様と一緒に待機していてください。通用するとは思えませんが、人間のあなたであれば交渉の余地もあるかもしれません」
「それでいいのか?俺もちょっとは戦えるし、魔王自身も充分強いんだろ?」
「だからこそですよ。あれがゴーレムなら、小回りが利かない可能性もあります。狭い室内なら上手くいけば逃げられるかもしれません。それにあなたは他の魔族たちと訓練などはしていませんから。足を引っ張る可能性もあります」
こんな状況ですら軽い嫌味を言えるシャディムに若干の安心感すら覚えてしまう。それにコイツの言うことも一理ある。戦いが大規模になればなるほど、足並みが乱れた時のリスクも大きくなるからだ。俺が合図を知らないせいで一転攻勢のチャンスを潰すようなことがあっては目も当てられない。
「でもさっきの規模の攻撃が続いたら、城ごと倒壊しかねないんじゃないか?」
「否定はできませんが、多分大丈夫でしょう。あんな距離からわざわざ一度だけ攻撃してきたのです。あちらも総力戦がお望みなのでしょう。そして魔王様を引きずり出す。そういう算段なのでしょうね」
言われてみればあれだけの数で、なおかつ遠距離攻撃からできるのに大きな動きがないのは不自然だ。ご丁寧に待ってくれるような相手でもないようなのでシャディムの考えている通りなのだろう。雑に城ごと破壊するのではなく、確実に魔王を討ったという結果が欲しいのだ。
「それでは魔王様。私はこれで失礼します。どうかご無事で」
「お前もな。私だけが生き残っても意味がない。引き際を見誤るなよ」
魔王に頭を下げ、一瞬だけ俺と目を合わせてシャディムも出て行った。あの男のことだ。何かあれば魔王のために身体を張れ、とでも言いたかったのだろう。俺は魔王たちに恩がある。シャディムに心配されるまでもない。だからこそ、シャディムもあえて言葉にしなかったのかもしれない。
シャディムは魔王に挨拶をする前に魔法を使っていた。床か部屋自体に対して発動していたようなので、守りを固めるような魔法だと思われる。俺も何かしらの魔法を使っておくべきかと考えていると魔王から声が掛けられた。
「田所、前から考えていたことがある。いざとなったら、お前が……。私を斬れ」
急に想定外の発言を受けて頭が真っ白になる。減ってしまったばかりの四人衆たちは今まさに、魔王と城を守るために戦いの準備をしているはずなのだ。その魔王を俺が手にかける意味が全く理解できない。魔王との付き合いは長くはないが、こんな時に不謹慎な冗談を言うような性格なはずもない。
「魔王。どういうことだ?あの三人も、城の魔族たちもお前を守るために戦おうとしてるんだろ?」
「ああ。だからいざとなったら、と言っている。連中の目的が私の首であるのなら人間であり、それを達成したお前は受け入れられるかもしれん。お前は元はと言えば魔王を倒すために呼び出された存在でもある。一度はお前を捨てたアルティミシアにも大手を振って帰れるではないか。それに名実ともに勇者となったお前が魔族たちの指揮を取れば城の者達も救う手段があるかもしれん 」
「お前、本気で言ってるのか?向こうは問答無用で仕掛けてくるような連中なんだぞ。俺も、城のみんなもきっと殺される」
「それは魔王が、この私がいるからだ。確かに魔王の可能性がある魔族は全て標的になり得る。しかし、魔王が死んだことさえ確認できればわざわざ普通の魔族の命を奪う理由はないだろう」
「確かにその可能性もゼロじゃない。けど残された魔族たちはどうなるんだ?仲良くなれたアーデニアの人たちもきっと悲しむ。現状を何とかする方法を考えないと・・・」
「わかっている!あくまでいざという時の対処だと言っただろう!」
魔王が声を荒げる。自分を倒すために召喚された勇者である俺が、いきなり現れても冷静だったあの魔王が、だ。先程の言動でわかってはいたが、余程精神的に追い詰められているらしい。きっと先程の出来事が原因なのだろう。
「魔王、アリシエルのことがそんなにショックだったのか?」
魔王は何も答えない。肯定と捉えていいだろう。内通者であることはすでに勘付いていたようなので、彼女の言動について思うことがあったに違いない。
「裏切った奴が言ったことなんて気にしてる場合じゃないだろ。それに、残った三人はお前を守るために必死で戦おうとしてる。アイツらはお前を主だと認めてるはずだ」
「アリシエルの件だけではない!エルフの長だった男もそうだ。私には先代のような強さがない。だからあの二人は人間についたのだ。私が弱いから、人間に勝てない。そして多くの仲間たちの命が失われてしまう。私の命で解決できる可能性があるならそれで良いではないか!」
魔族たちにとって先代の存在が大きすぎたようだ。確かにアリシエルも今の魔王に不満があったらしい。それを目の当たりにして精神の許容量を超えてしまったようだ。
外からは炸裂音が聞こえ始めていた。きっとこの戦いで多くの命が失われることになる。この状況も今の魔王にとっての重荷の一つになっているのだろう。
「魔王。俺はナスターシャのことは良く知らないんだ。だけど、あの子はお前のために命を懸けてる。俺なんかよりよっぽど強いヴァミリスはナスターシャを信頼してた。あの二人の主であるお前が信頼してやらないでどうするんだよ」
「あの二人は私が四人衆に任命した。それ自体が誤りだったら、私はいたずらに重責を背負わせてしまっただけなのではないか?」
まるでダメだ。新参の俺なんかが今の魔王に何を言っても効果はない。他に頼れそうなのは、消去法でシャディムあたりだろうか。ヤツは先代の時から四人衆であったらしいので、俺とは説得力が違う。 俺に対しては棘があるが、エルフの一件で見せた行動に嘘偽りはないと確信できる。
そうだ、行動だ。説得できないのなら行動で、結果で示すしかない。シャディムも今ここには居ないのだ。俺は魔王に拾ってもらった恩がある。こんな場所で待っているのが間違いだったのだ。
「わかった。どうしても納得できないんなら俺と魔族たちの行動で示す!お前の選んだナスターシャが、お前に助けられた俺が状況を打開する!お前の選択が正しかったって証明して見せる」
今の魔王に言葉は無意味だ。俺を止めようとする魔王の声を無視して扉に手を掛けた。魔王との会話で手いっぱいだった俺は、外の戦闘音が止んでいることにまだ気が付いていなかった。
扉の先で俺の目に飛び込んできたのは人間たちが従えていた白い兵器、ゴーレムだった。
四人衆の一人、ナスターシャ。彼女は人間の作った何の変哲もない人形だった。先代、そして現魔王の強大な魔力にあてられて魔族となり、意思を持った存在だ。元は魔王の宝物。そして今では親友であり優秀な部下でもあると魔王自身が語っている。
当然、普通の人形である彼女には発声器官などは存在しておらず、主である魔王とも一言も言葉を交わしたことはない。魔王が筆談などのコミュニケーションを覚えさせようとしたこともあったが、本人が拒否したためそれは叶わなかった。これまでと変わらず魔王の側におり、彼女の言葉を受け止める。そんな存在であり続けることをナスターシャ自身が選んだのだ。
表情も存在しない物言わぬ人形に宿った命であるナスターシャ。そんな彼女も死を目前にすると考えに変化が生じていた。唯一の親友である魔王。彼女と少しで良いから言葉を交わしておきたかった。筆談でもいいからたった一言。感謝を伝える術を持っておくべきだったと後悔の念が生まれていた。それでも主のために死地に向かうことに躊躇いは微塵もない。魔王に尽くすことこそが自身の存在意義であると信じていたからだ。
白いゴーレムたちは百メートルほどの距離がある魔王城に攻撃をしかけてきた。そんな攻撃ができる敵には近づくことすら容易ではない。さらに今使える戦力は全て魔王城の周辺にしかない。挟撃をしかけて意識をそらすことすらも不可能だ。
「ナスターシャ、本当にコイツ一体だけでいいのか?」
目の前の人形が首を縦に振っている。俺と同じ四人衆である以上、その実力を疑う気はない。だが実力の問題ではない。この状況を打破できる存在がいるとは思えなかった。そんな状況にナスターシャは、高速で飛行できるだけのワイバーンで挑もうというのだ。不安を感じても当然だろう。
「いや、手段はお前に一任するのだったな。魔王様のことは俺たちに任せてくれ。お前と、ついでにあの裏切者が欠けた分まで守り切ると誓おう」
覚悟のできた者に余計な口を出すのは無粋極まりない。被害を最小限に抑えるために最低限の戦力で挑むようだ。少なくとも彼女の中ではこれが最良なのだろう。彼女の戦い方は未知数ではあるが、俺と同じ四人衆であるので信頼に値する。
そしてナスターシャは一匹のワイバーンと共にゴーレムたちへと挑んでいった。戦力差は圧倒的で、十分足らずで全てが終わった。四人衆でも覆すことができない戦力差であることは理解していた。それでも白いゴーレムたちの強さを完全に見誤っていたようだ。ゴーレムたちの次の目的地は当然、この魔王城であった。




