追及と来訪者
四人衆が集まり会議が始まるかと思われたが、その前に魔王から話があるようだ。なぜかヴァミリスが魔王の側に控えているのが気になるが、魔王に促されるままに報告をしていく。数日前のエルフの集落の一件だ。魔王はすでに俺やシャディム、エルフ達からも話を聞いているはずだが、人間である俺の視点で四人衆に話を聞かせたい、とかだろうか。
「ふむ、二人ともご苦労だったな。ではシャディム、例の件はどうだった?何か掴めたか?」
「はい、魔王様の危惧していた通りでした。人間たちは海から来た可能性が高いようです」
魔王城周辺の地形。前の世界のような衛星写真はおろか、詳細な地図が存在しないため詳しくは理解できていないが、人間が簡単には来られないという話だったはずだ。確か東にあるアーデニアの町を通ってくる以外だと、山か海を越える必要があるらしい。ここまで思い返してみれば、人間たちが船で攻めてきたのも納得できる。
空路が確立されていた前世でも、車などの重い積み荷は海運を利用することが多かったはずだ。かなり重そうなゴーレムや、捕えたエルフたちの分の食料も必要だったことからも船が適しているように思える。
「そうか。・・・田所はどうだ?人間がゴーレムを複数体所持したうえで海から来ることが可能だと思うか?」
「こっちの人間のことは何とも言えないけど、橋を繋げたとか空から来たってよりは、船を使うのが現実的だとは思う」
「そうか、そうだな。・・・アリシエル!」
一瞬落ち込んだようにも見えた魔王が急に語気を強め、一人の名を叫んだ。今まで見たことのない魔王の様子に困惑しているのは俺だけだったようで、当のアリシエルを含めた四人衆たちはいやに落ち着いている。
「海はお前の領域のはずだ。なぜ何の報告もなく、エルフたちが犠牲になった?貴様と部下たちは何をしていた?」
「お言葉ですが、魔王様。報告すべきことは何もございませんでした。他の海域を通ってから陸路で来たのではないでしょうか?」
彼女は何の感情も込めずに言葉を発する。状況をあまり理解できていない俺からしても、不自然なほどの虚無を感じさせられた。普通は組織のトップにこのように言われれば焦ったり、あるいは誤解であると憤慨したりするものではないだろうか。
「確かにその可能性も否定はできん。だが、シャディムやエルフの報告を聞いてからお前は何をしていた?後ろめたいことはないのだろう?答えてみろ」
「聞き取りですよ、捕虜になった人間たちへ。確かに人間たちが海から来た可能性も否定はできませんから」
「その場合、お前は部下に聞き取りをするべきなのではないか。不審な船や人間を見なかったか、とな。何より、お前は聞き取りをしていない。ヴァミリスが見張りにいると勘付いて断念したのだろう?人間たちの口封じを」
ここに来て初めて四人衆に見られた雰囲気の変化に気が付く。それは警戒と敵意に他ならない。互いに感じているのだ。すでに引き下がれないところまで来ていることを。
「私が人間に鞍替えを?そんな必要ありますか?・・・このあたりの海は私のもの。そして比類なき強者である魔王様に仕える。他に何を望みましょうか」
微笑みを携えたアリシエルが不思議そうに問いかける。妖艶な笑みが却って彼女を疑わしく感じさせる。
「理由などはいくらでもある。エルフの長は将来の同族の地位に釣られたらしい。貴様も似たようなものなのではないか?何より貴様は、私のことが嫌いだろう?」
自嘲気味に笑う魔王。対するアリシエルには動揺が見られる。それが魔王の言葉が事実であると物語っていた。
「そんなことくらい、わかっていたさ。お前が忠誠を誓っていたのは父上、先代だけだとな。だが、何がきっかけで人間に付いた?なぜ先代の功績に泥を塗るようなことを…」
「なぜ?なぜと言ったのですか?それはこちらの台詞ですよ。なぜ貴方は先代の意思を継ごうとせず、日和っているのです?なぜ貴方は人間と戦わないのですか?先代の築こうとした魔物たちの平穏を捨てるつもりなのですか!?」
白熱していく二人に対して、事情を把握しかねている俺が口を挟めるはずもない。他の四人衆たちも口を出す様子がない以上、当事者だけでけりを付けるべき問題なのだろう。ましてや俺は先代魔王のことすら昨日まではろくに知りもしなかったのだ。
「争うだけでは平和には手が届きはしない。だからこそ父上は力を示していたのだ。決して人間たちを滅ぼそうとしていた訳ではない!」
「その考えが人間に絆されていると言っているんです。挙句の果てに、魔王城のすぐ側まで人間たちに攻められて。・・・やはり、あなたは魔王になるべきではなかった」
「では、私を殺してお前が魔王になるとでも言うのか?」
「まさか。私は、変えたかったんですよ。あなたなんかに釣られて弱くなっていく魔族を。そう、先代の頃のようにね。あなたが生きてても死んでも関係ない。魔族の本質が強さだと思い出させたかったんですよ!」
両者には決定的な溝があるようだ。先代のことを直接知らなくてもある程度は理解できた。人間に合わせるために変化を受け入れようとする魔王と、それを是としないアリシエル。俺からするとアリシエルの頭が固すぎるようにも思えるが、人間である俺の価値観などはあてにはならない。
「愚かだな。まだ、エルフの長だった男の方が先を見ていたぞ。もう我々は絶対強者ではないのだ。争っても互いに傷つくだけだとわからんのか?」
「それは人間たちに猶予を与えすぎたからでしょう?あなたが魔王になってすぐなら、勇者も居なかった。私たちが勝利していたんですよ!」
「やはりお前は何もわかっていない。人間のことも父上のこともだ」
話が進まず、苛立ちを募らせていく魔王とアリシエル。二人の会話を阻むように魔王の間にノックが響いた。
「魔王様、緊急事態です!人間たちが接近しています!」
「なんだと!もう勇者が!?」
全員の視線が一斉に窓に集まる。外は既に暗くなり始めており、距離もあるので人間である俺にはよく見えない。精々何人かが近づいてきているように見える程度だ。目を細める俺を放置して、魔王の疑問に答えるようにヴァミリスが続く。
「あの人間たちは勇者ではありません。それに、あれはなんだ?武装した人間?それとも、まさか小型のゴーレムか?」
俺以外だと唯一、直接倉宮たちと面識があり、魔族でもあるヴァミリスが判断できない何かがいる。それに対する疑問が一瞬だけ、四人衆のスキを生んでしまった。
「魔王様!アリシエルが!」
シャディムが気付くも一歩遅かった。アリシエルが居たはずの場所には黒い円が落ちているのみだった。よく見るとそれは地面に空いた穴だ。人間の頭程度の大きさしかない穴だが、彼女がここに居ない以上はそこから逃げたと考えるしかないだろう。
「くそっ、シャディム追えるか!?」
「今なら可能です!しかし・・・」
「戦力を分散させるべきではないでしょう。人間との繋がりが確定した以上、あの魔道具を持っている可能性もあります」
「だが!・・・いや、そうだな。今は守りと人間たちへの対処を優先する!」
内通者の発覚と逃亡、そして人間たちの強襲。突然の展開にとても着いていけないが、ヴァミリスの提案が通ったようだ。アリシエルを追跡したくても、相手も四人衆の一人である以上は数的優位が必要となる。相手をしている余裕はないということだろう。
こうして急な来訪者への対応を余儀なくされた魔王と四人衆、いや今後は三人衆だろうか。それと彼女たちに巻き込まれた俺で、緊急会議が開かれることとなってしまった。
「それで、連中の中にいるあの、白いヤツはなんだ?」
人間たちは暗がりの中から、徒歩で接近してきている。人間である俺の視力ではまだ詳細を確認できない。魔王の言う白いヤツとは一体何なのか。先程のヴァミリスの話では武装をした人間か、人間程の大きさのゴーレムにも見えるそうだったが。
「まだわかりません。しかし、旗も使者もないことから友好的な相手ではないことだけは確かですね」
この世界でも行進の際の旗には所属を示す枠割があるようだ。それがないということは後ろめたい目的で動いているか、まともな集団ではないということだろう。使者がないことから、取引をしたいわけでもないようだ。
「確認したところ、あの白い者は膨大な魔力を持っています。とても人間とは思えません。外見はまるで異なっていますが、あれもゴーレムなのではないでしょうか」
「またゴーレムか。しかし、あの小ささでそれだけの魔力を持てるものなのか?それにエルフの里の一件では内部に人間が必要だったのだろう?そのような大きさではなくなっているが、ゴーレムでそれが可能なのか?」
「魔力については充分に可能かと思われます。以前悪魔たちに使われた魔道具は手のひらに収まる大きさでしたが、普通の魔族には耐えられない程の魔力を奪われました」
「そもそもが魔力を溜めこむための魔道具だった、可能性も考えられますね。それを奪うことに転用したのかも」
「小型化についても、多分不可能じゃないと思う。俺が前居た世界でも、人間くらいの大きさの機械、まあゴーレムみたいなものは存在してた。魔力は使ってなかったけど・・・」
以前から俺と倉宮以外にもこちらに来ている者がいる可能性は感じていた。俺が知っている程度の技術はこちらに来ていると考えるべきだろう。それどころか魔法や魔道具の存在によって、より上の技術が誕生している可能性すらもあるはずなのだ。人間大のサイズ感の戦闘兵器くらいは存在してもおかしくはないだろう。
「そうか。では、あの白いのは小型ゴーレムということにしておこう。問題はあの数と魔力の強大さ、だな。どうする?あれ」
「えっと、俺にはよくわかんないんだけど、そんなに数と魔力すごいのか?」
「そうですね。我々四人衆と同じような実力者が二十人ほど、といったところでしょうか」
「魔力量だけは、な。普通にやり合えば俺は格上にも負ける気はない」
ゴーレムたちは四人衆に匹敵するほどの魔力量であるらしい。それが複数体。かなり不味いのではないだろうか。
「場合によっては勇者の来訪を待たずして敗走することになるかもな」
魔王の言葉に対しての異論は出ない。まさかエルフの里の一件が終わった直後にこんなことになるとは・・・。いや、偶然にしてはあまりに出来すぎている。エルフの里から魔王城に逃げだした者たち諸共、一掃しようという計画でもあったのかもしれない。
暗雲立ち込める魔王城に唐突に光が差した。すっかり暗くなった空に走る一筋の光。残念ながら魔王たちにとっては破滅の始まりを告げるものだった。その光は例の白いゴーレムからの攻撃のようだ。続いて爆発音と瓦礫が崩れるような音が聞こえてくる。
魔族でも屈指の強者である四人衆たちが決戦に向け決意を固める中、これまで沈黙を貫いていた小柄な魔族がゆっくりと手を挙げた。




