内情と会議
魔王から選択を迫られた翌日。俺は魔王親子に思いを馳せながら、魔王城の人々への聞き取りを続けていた。司書さんとの会話で魔王の心中や、代替わりの際の悲劇については知ることができた。残りの知りたい情報は魔王以外のこと。魔族たちが魔王に、自分たちのトップに何を求めているかだ。
誰が魔王になったとしても周囲がどう思うかは無視はできない。企業の取締役が優秀だったとしても、部下が積極性を持ってくれなくては会社としては失敗でしかないだろう。ましてや俺なんかは中途採用されたばかりの新顔みたいなものだ。自分が思う最善よりも、先輩たちの方針が正しいことも多々あるだろう。それに俺は魔族のことを、彼らの考えをもっとよく知りたかったのだ。
朝一番に会ったメイドのセレーヌに始まり、セントール姉弟やラピールなどに魔王や人間についての話を聞いていった。結果はおおむね予想通りといったところだろうか。俺の知っている魔族たちは親魔王派ともいうべきか、人間たちとの和解には肯定的な様子だった。先代が人間の勇者に討たれたことを考慮すると、充分すぎるほど好意的だと言える。これは魔王の努力の賜物なのかもしれない。
人間と内通していたエルフのアルトの例があるので不安は残るが、これまでの魔族たちとの関係を信頼するしかないだろう。万が一、彼女たちの誰かが偽りを述べていた場合は自分の見る目の無さを恨むほかない。あとは四人衆とも話したかったのだが、急用があるそうで都合がつかなかった。すぐ会えるのは、口を利けるかも怪しい、人形のような体のナスターシャのみだそうなので話を聞くことは諦めた。そして……。
「えっ?先代の魔王様のことですか?」
最後に話を聞く相手は白蛇だった。俺がここに来てすぐと同じように、食堂のテーブルを挟んで向かい合っている。
白蛇とは時々話をしてはいたのだが、これまでは過去の話題は意図的に避けていた。彼女にとってデリケートな問題である可能性を感じていたからだ。力が重視される魔物に生まれ、体が弱いであろうアルビノであること。そして、人間に裏切られた俺への異常な入れ込みから、過去に何らかのトラウマがあると考えたためだ。
今となっては無駄な配慮であったと判断している。白蛇自身が体の弱さを気にしている様子はないし、誰に対しても入れ込むタイプであると知ったからだ。そんなマイペースかつ、人情的な彼女だからこそ人間に拒絶された俺が惹かれたのかもしれない。
「あまりご一緒したことがないので、お教えできることも少ないですが……。そういえば、魔王様は本当にお父上を敬っていましたね。お父上からもらった人形も随分大事にしてらっしゃったようですよ」
「人形?魔王が?」
魔王にも少女時代はあったはずなので、父親に人形を買ってもらってもおかしなことはないのだが、普段のイメージとの乖離が激しく、不思議な感覚だ。そのため、聞きたかった内容とは離れていくが好奇心が刺激されてしまった。
「あっ、でも田所さんはお会いしたことあるんでしたよね、ナスターシャ様。お話とかもしたんですか?」
「え?ナスターシャってあの、四人衆の?」
彼女?が人形の体に宿っているというのは聞いたような気がするが、まさか父から娘への贈り物だったとは……。魔王から次期魔王への贈り物だけに何か特別な素材でも使われていて、それが原因で四人衆にもなれた、みたいな背景でもあるのだろうか。
「魔族の作る人形って、もしかして魔道具なのか?」
「いえ、そんなことはないですよ?それにナスターシャ様は人間が作ったものを先代がどこかでもらってきたらしいです」
驚くべきことに魔族の中でも強者であろうナスターシャは、人間が作った人形だったらしい。それがあのヴァミリスやシャディムに匹敵するほどの力を持ったというのは何が原因なのだろうか。仮に、同じく人間に作られたゴーレムたちでも同じようなことが起こるのであれば、それは魔物たち以上の脅威にもなりかねない。
「それって、大丈夫なのか?人間の方でも同じことが起きたりとか……」
「多分ですけど、そんなことは起きないと思いますよ。膨大な魔力を持った魔王様たちとしばらく一緒にいなくてはああはならないんじゃないでしょうか。例のエルフたちの件も魔力を集めるためだったらしいですからね」
白蛇の言うことも一理あるのかもしれないが、どうにも不安がぬぐえない。人間たちが何をどこまでできるかが不明なためだ。現在の技術力なら魔族たちが知らないことも可能だと考えるべきだろう。これまで戦ってきたマジックゴーレムがいい例だ。
「そんなことよりも、田所さんは魔王様に興味がおありなんですね!?」
目を輝かせた白蛇が前のめりで問いかけてくる。一瞬、高いテンションの理由が理解できず困惑させられるが、これはもしかして、あれではないだろうか。女性は恋バナ、つまり恋愛の話が好きとかいう、あれだ。
「先代はご存命だったとしても口出しするような方ではないようですし、ナスターシャ様も魔王様の決定には従うはずです!」
やはり完全に勘違いしている。俺が魔王のことを狙っていて、周りの人物の情報を集めていると考えたようだ。さらにたちの悪いことに、白蛇は口が軽い可能性が高い。セントール達やガリムから聞いた感じだと、食堂などの人の多い場所で俺の話をしているらしい。この誤解を解いておかなければ、魔王本人の耳まで届いてしまう可能性すら考えられる。
上司に気があると思われては仕事に支障が出る可能性がある。実際は俺も魔王も問題ない気がするが、シャディムあたりが面倒くさいことになりそうだ。まさか異世界に来てまで職場の人間関係に悩まされるとは、当初は考えもしなかった。
「いや、魔王に気があるわけじゃなくって、俺は……」
勢いで白蛇への想いを口にしようとして一瞬、我に返る。ここは食堂だ。昼食後なのでそこまで混んではいないが、俺たちと同じように雑談している者も居るし、作業中の給仕の者も少し残っている。今ここで公開プロポーズをするには心の準備が出来ていない。
「ほら、俺はまだここに来たばっかりだからさ、魔王の関係者のことをもっと知らなきゃいけないと思ってさ……」
「あっ、そうだったんですね。それなら四人衆の皆さんのことも、もっと知っておいても良いかもしれませんね!」
白蛇は俺に花のような笑顔を向けてくれている。俺に説明をしたくてたまらない様子だ。以前から思っていたことだが、彼女はなかなかの世話焼きのようだ。だからこそあの時、バーゲストに殺されかけていた俺のことを助けてくれたのだろう。
結局話題は大きく逸れてしまったが、魔族のことはもっと知りたいと思っていたので好都合だったと思うことにする。こうして白蛇と会話しているうちに魔王との約束の時間が迫っていった。
夕焼けが黒く染まり始めたころ、魔王の部屋へと向かっていく。この世界にも時計は存在しているが、魔王城ではほとんど見かけない。貴重品のようなので食堂や中央ロビーなどにしか置いてないようだ。そのため、ここでの時間の指定は不明瞭なことが多い。時間厳守が当然であった元会社員の身からすると、どうにも落ち着かない。
「入るぞ、魔王!」
相変わらずの重厚な扉だ。それだけ重要な部屋にもかかわらず見張りの一人もいない。これも強者が上に立つ、魔族たち特有の人材配置なのだろうか。
「それで、答えは決まったか?」
「ああ、悪いけど断らせてもらうよ」
「そうか、それは残念だ」
一晩悩んだ割にはあっさりと会話が終わってしまった。魔王からも感情の変化は感じられない。勘だが、俺が断ることを想定していたように思える。
「本当は昨日の段階で俺なんかよりもお前の方が適任だって気付いてはいたんだ。念のため今日一日みんなに話を聞いたんだけど、俺が魔王になる必要はない」
「お前が適任だと思っていたが、無理にやらせる気もない。これからも今まで通り、よろしく頼むぞ」
「ああ、こちらこそよろしく」
前の世界で嫌という程体験したが、人間には指示に逆らった部下に嫌がらせのようなことをする嫌味な上司も存在する。あまり心配してはいなかったが、魔王はそのような性格じゃなくて安心した。
「では早速で悪いが、この後四人衆との会議がある。そこに参加してもらいたい」
「まあ、それはいいけど、俺必要か?それ」
前回は顔見せのために参加させられたと思っていたが、今回はまるで見当がつかない。まさか魔王がダメなら四人衆改め五人衆になれ、なんてことはないだろう。
「今日の会議は荒れる可能性が高いからな。貴重な人間の意見が欲しいのだ。それに私の目標は人間との和解だからな。今後もそのつもりでいてくれ」
「ああ、うん。わかったよ……」
魔王は居場所のない俺を拾ってくれた恩人なので頼りにされていること自体は嬉しいのだが、なんとも複雑な気分ではある。例えるなら、役職手当が出ないのに専用の仕事を増やされたような感じであろうか。まあ、どちらにしろ魔王の下で生きていく覚悟はできている。人間の文化を理解しようとする姿勢はあるようなので気長に付き合っていくべきだろう。
こうして会議に参加するととこなってしまったので、待ち時間は魔王と雑談をして過ごした。雑談と言っても、魔王が一方的に人間社会のことを問い詰めるだけの時間だったが。俺はこちらの世界の人間のことは詳しくないので、ほとんどは元の世界の話だったが魔王は満足してくれたようだ。
魔王と話している間にナスターシャ 、ヴァミリス、シャディム、アリシエルの順で入室してきた。シャディムがジロジロとこちらを見ていたので、きっと魔王交代の一件をなんとなく察していたのだろう。
そして、魔王城の歴史でも異例の事態が発生する会議の幕が開けてしまった。




