王と価値
エルフの集落での一件の後、俺たちは無事に帰還することに成功した。しかし、あの戦いで多くのエルフ達と、彼らのリーダーであったはずのアルトが居なくなってしまった。一会社員でしかなかった俺なんかにできることは少ない。せいぜい彼らが魔物に襲われることのないよう見回るくらいだった。
エルフたちの支えになったのは俺でも、彼らの上司のような立場のシャディムでもない。結局は同族の一員であるテレーノが彼らの中心人物に納まった。元から自主的に自警団めいた活動をしていたこともあって、仲間の信頼を得ていたのだろう。
「指導者には困らないようで何よりですね。問題は人間たちの方でしょう」
人が物思いにふけっている時に横槍を入れてきたのはシャディムだ。俺と同じく、エルフ達とは少し距離感があり、こちらに話しかけてきたのだろうか。この男のことは嫌味なヤツだと思っていたが、いや、今もそう思ってはいるが、仕事に関しては信頼しても良いようだ。今回、シャディムが居なければ侵略してきた人間に勝利することは難しかっただろう。未だに四人衆との間には高い壁を感じてしまう。
「そうだな。やっぱりゴーレムは人間たちの作った兵器で、こんなところまで攻めて来てる。何かしら対策は必要だよな」
元々俺は、戦力としてシャディムに同行した訳ではなかった。魔王側の人間代表として仲立ちする程度の目的だったのだ。しかし、人間たちは魔王城からそう距離が離れてもいない、エルフたちの集落を侵略してきた。既に交渉の余地のないところまで事態が進んでしまっているのかもしれない。
「それに関しては魔王様と四人衆での会議が必要になるでしょう。エルフの皆さんが落ち着いたらすぐに報告にいきますよ」
魔王城に着くと見慣れた顔が出迎えてくれた。メイドたちと白蛇だ。白蛇がいるのは、おそらく怪我人がいることを想定してのことだろう。
「おかえりなさい!シャディム様、田所さん。ご無事で何よりです」
「出迎えご苦労様です。ここはお任せしても?」
「はい、お二人はすぐに魔王様の元へ。随分心配していましたよ」
魔王も俺たちがエルフ達を連れ帰っている時点で何かが起きたことは察しているのだろう。俺たちは挨拶もそこそこに報告に向かうことになった。テレーノも代表代理として同行したい様子だったが、一族が丸々移動してきた以上はやるべきことも多いのだろう。残って白蛇たちと会話に追われている。
「そうか。エルフたちの集落はそこまでの危機的状況にあったか。失ったものは多いが、お前たちが居なければもっと被害は大きかっただろう。よくやってくれたな」
魔王は重々しく頷きながらシャディムの報告を聞き終えた。ひとまず、エルフたちの受け入れは問題ないようで安心だ。前の世界でもこの魔王城でも、自分の判断が上司と食い違っていないか不安を覚えてしまう。これも社会人の悲しい性だろうか。
「しかし、問題はまだ残っていますね。人間たちがどうやって攻めてきたのか。ゴーレムへの対抗策も更新する必要がありますね」
「それもそうだが、最優先は内通者の存在だろう」
おそらく全員が危惧してはいたが、口に出して楽しい話題はではない。俺も魔王も苦い顔で会話に臨むが、シャディムは不思議と意外そうな顔をしている。
さすがに俺もシャディムのことがわかってきたようだ。コイツは俺が内通者の可能性を考慮して、後から魔王と二人で相談するつもりだったのだろう。魔王が俺も込みでこの話題を始めたことに多少驚いている。今回の一件でシャディムを見直した俺がバカみたいだ。
「それで、内通者についてどうやって調べるんだ?普通に聞いても意味がないし、嘘を判別できる魔法があるとか?」
「魔法もそこまで万能ではない。今のところはエルフに聞き込みをして再発防止に努めるくらいか。あとは、今回の件で思うことがある。これも誰かに調べておいてもらうとするか」
「課題は多いですが、今は四人衆も一部出払っています。明日にでも話しましょうか」
「そうだな。シャディムはこの後エルフの代表を呼んできてくれ。あちらが落ち着いてからでかまわん。田所には少し話がある。残ってくれ」
シャディムは恭しく頭を下げ、退出していく。若干睨まれたような気がするが、きっと見間違いではないだろう。
「ご苦労だったな。エルフたちの反応はどうだった?人間嫌いの者もいたんじゃないか?」
「ああ。まあ、一人なかなかの人間嫌いがいたけど、一応は和解できた、かな?今はエルフのまとめ役みたいになってるから、後で話を聞くと良い」
あのテレーノも今では普通に俺と接してくれている。魔族も人間もきっかけがあれば変われるものなのだろう。思い返すと、前の世界でも趣味や出身地などちょっとしたことがきっかけで話が弾んだりしたものだ。
人間との和平を目指している魔王のことだ。俺がエルフに敵対感情を抱かないか不安だったに違いない。だが、これだけの話であればシャディムがいても問題なかったはずだ。何か話しにくい話題もあるのかもしれない。
「魔王、何か悩みでもあるのか?」
「ああ、さっきまでは悩んでいたが、もう答えが出た。田所。お前、魔王になる気はないか?」
「・・・は?魔王?俺が!?」
魔王。この世界でどのような存在かはまだよくわからないが、前の世界と共通した点が確実に一つある。それは勇者とは対極の存在であるという点だ。元、とはいえ勇者である俺に、それも魔族と魔物のトップであるはずの魔王を任せるとはどういう考えだろうか。
「いや、無理だろ。どう考えても。俺は人間だし、元勇者だ。それに何より、魔物は強い者に従うんだろ?だったら俺よりも四人衆の方が適任じゃないか?」
魔物や魔族にとって強さというのはかなり重視される点だったはずだ。条件を付けてもらって辛うじてヴァミリスに勝てた俺には荷が重すぎる。
「強さが重視されるのはきっと、過去の話になるはずだ。弱かった人間が群れを成し、武器を作って人間領を支配した。そして今、人間を治めるのに必要なのは権力や地位なのだろう?魔族も変わらねばならない。私はずっと、そう思っていたのだ」
魔王の言うことも一理あるのかもしれない。強さというものは不変ではない。魔王の言うように権力は人間にとっては何よりの力ではある。そして、異なる価値観を持つ相手に対しては、武力を持って価値観を押し付けることになる。それこそが魔王の考える最悪の結末なのだろう。
「人間が強くなったから、魔族が合わせる必要があるってことか?だから人間の価値観を持った俺が上に立つべきだってことなのか?」
「それだけではない。お前の言葉を借りるのであれば、そうだな。お前には異なる価値観を擦り合わせる。その才能がある。戦闘能力に物を言わせてきた私たち魔族にはできないことだ」
「それでも!魔族たちの価値観はすぐには変わらないだろ?貧弱な人間である俺に従わない者も多いはずだ」
「ああ、だからこその四人衆だ。必ずしもお前自身が強くある必要はない。強者を従えるお前を見れば、逆らう者は少なくなる。その関係性は人間の価値観に慣れるきっかけにもなるはずだ」
人間である俺を魔王が気にかけていた理由。単純に人と仲良くしておきたいというだけではなかった。魔王は融和のために、俺以上に長い目で二つの種族のことを考えていたのだ。それなら、そんな魔王なら、俺よりも適任なのではないだろうか。
「魔王、お前は四人衆以上に強いんだろ?俺が話した限りだと人間のこともよく理解してる。お前が魔王のままで問題ないだろう」
「それだ。それはこちらの考えに過ぎないのだ。強大な力を持った魔物の王が、私が存在する限り人間にとっての戦う理由はなくならないのではないか?人間が魔族を治めれば、争う理由が一つは減るのではないか?」
「そうか。魔王は不安なんだな。人と価値観が異なることが。人が強くなっていることが。そして、魔王のせいで争いが続くことが・・・」
魔王の話を聞いていると、俺も少し不安になってくる。俺の常識は、この世界の常識とは違うかもしれない。魔王の考えが正しいのだとしたら、俺が新しい魔王になれば白蛇たちは平和な暮らしに近づけるのか?
「今すぐに答えを出せとは言わん。明日の夜には四人衆と会議をする必要がある。その時点でのお前の考えを聞かせてくれ。ああ、そうだ。一応、この話は他の者には伏せておいてくれ」
「わかった。最後に一つだけ聞かせてくれ。俺が魔王になったらお前はどうするんだ?もしかして隠居とか?」
「ふふっ。私はお前よりは大分年上だが、まだそんな年ではない。そうだな、四人衆にでも混ぜてもらうとするか。お前に丸投げするつもりはないさ。そこは安心してくれ」
そう言って微笑む魔王は、なぜか少し寂しそうに見えた。それは俺の思い込みなのかもしれない。俺は後ろ髪を引かれる思いで部屋から出て行った。




