勇者と悪魔
四人衆の一人、ヴァミリスさんに会ってから一週間ほどが経過した。彼女には旅をやめて、アルティミシアに引き返すようにと言われている。それでも私たちはこれまで通りに旅を続けていた。個人的には彼女は信頼できるような気がしている。だが、魔物たちに苦しめられている人がたくさんいる以上、勇者である私が歩みを止めるわけにはいかないからだ。それに私は、魔物たちの被害でいなくなってしまった人たちの分まで戦い抜かなけてはいけない。そのためにも私たちは必ず、魔王に会う必要があるのだ。
魔王城への旅はようやく半分を超えたところらしい。この世界の土地勘がないため実感はないが、仲間たちの反応を見るに、それなりの距離を旅してきたようだ。私が魔物の討伐を優先してしまったことも多く、時間がかかっているため、三人には頭が上がらない。
最近は強力な魔物や大規模な群れと戦うことが少なくなっていた。それでも周囲を警戒しながら徒歩で旅をしているため疲労は蓄積されている。だから町で寝泊まりできるときは、普段は無表情なミリアスも少しだけ嬉しそう見える。そんなわけで、町を上機嫌で歩いていた私たちの前に意外な相手が現れた。
その四人組は明らかに人間ではなかった。悪魔と呼ぶにふさわしい角や翼には見覚えがある。一週間前に襲い掛かってきた三人組だ。実力者であったヴァミリスさんが追いはらってくれなければ、どうなっていたかわからない。
「お待ちしていました。勇者様ご一行」
頭を下げて挨拶をする黒づくめの男。彼だけは見覚えがない。魔物と判断できる特徴はないが、ふしぎと彼も人ではないと確信できた。
「どういった用件ですか?また私たちを殺しに来たんですか?」
まだ相手から敵意を感じたわけでもないが、どうしても警戒が表に出てしまう。さらに、今話しかけてきた男は四人の中ではリーダー格のように窺える。魔物は基本的には強者こそが権力を持つらしい。ほぼ確実に、あの魔物は他の三人よりも強いのだろう。
「警戒の必要はありませんよ。今回は戦いにきた訳ではありませんから。少しお話でもしませんか?人と魔族の今後のためにね・・・」
目の前の黒づくめの男は嘘をついているわけではないらしい。町の住人を巻き込まないよう、念のために移動を提案したが素直に応じている。移動先もこちらが指定しているため、罠の可能性もなさそうだ。あるいは、私たち程度はどうにでもできるという自信があるのかもしれない。
道中、不思議なことに住人たちは四人の悪魔に何の反応もない。何かしらの魔法によるものなのか、今までよりも魔王城に近いために魔物に慣れているのかはわからない。
「単刀直入に言わせていただきます。魔族の今後のために、我々に協力していただきたいのです」
黒い男は私を真っすぐに見据え、不可思議な提案をしてきた。男の仲間の三人の悪魔たちは私たちだけでなく、魔王の手下であるヴァミリスさんにも攻撃をしてきた。彼らはいったいどのような立場にあるのだろうか。
「倉宮、話を聞くまでもないだろ。少なくともそっちの三人は俺たちの敵で、そいつもその仲間なんだ。ここなら巻き沿いも心配ないし戦うしかない」
予想通りグレイスには魔物と話し合うつもりはないらしい。残りの二人は私と同じで、目の前の魔物に疑いと興味を持っているように思える。
「ああ、確かにそうですね。・・・では、こうしましょうか」
黒い男は身を翻し、後についていた三人の悪魔に向き直る。そして、左腕を彼らに向けている。
「・・・あれは何を?」
「待って!その必要はない」
男を止めたのはミリアスだった。私たちにわからない何かを彼女が制止したのだ。おそらくは魔力によって何かをしようとしたのだろう。
「そうですか?ではどうやって信用していただいきましょうか」
「もう充分。・・・みんな、あの男は他の三人を消そうとしていた。今争う気がないのは多分、本当」
ミリアスは私たちよりも魔力に対する知識がある。彼女の言うことは間違いないだろう。問題はあの男の方だ。なんの躊躇いもなく仲間を消そうとした。ミリアスが気付かなければ止める者も居なかったというのに、だ。予想外の出来事に、敵視していたはずのグレイスも困惑している。
「あなたの気持ちは理解しました。話は聞きますから、物騒なことはしないでください」
私はヴァミリスさんと出会ってから、魔物たちと話す必要性を強く感じるようになっていた。話を聞くのは吝かではない。思えばミリアスとルーカスもあの一件があってから、少しだけ魔物への態度が変化したように思う。
「それはよかった。では、本題に入らせていただきましょう。私と共に魔王城に同行していただきたのです」
黒い男は私たちの知らない、魔物側の事情を話し始めた。彼が言うには、魔王が新しく魔族という呼称を使い出したことで、新たな争いが起きるということだ。
「魔王は、魔族と魔物を都合よく使い分け、自分に都合の良い支配体制を敷こうとしています。魔物が本気で争いを始めてしまっては、人間との和解どころではありません。そこで、私たちと同行して魔王を説得していただきたいのです」
彼の話は一応、筋が通っているように思える。魔王の情報が少ないため真偽は不明だが、今疑っても仕方がない。それよりも気になるのは前回の一件だろう。
「あなたの事情は理解しました。しかし、数日前に私たちやヴァミリスさんに攻撃をしてきたのはなぜですか?」
七日ほど前に仲間の悪魔たちに攻撃を命じたのはこの男ではないのだろうか。元はといえばあの一件のせいで彼らを敵と認識していたのだ。
「ええ、その件に関しては完全に彼らの落ち度です。元々、彼らには勇者様ご一行を見守るように指示していました。しかし、勇者である倉宮様たちが魔王側に付くようなことがあれば最悪の状況となります。ヴァミリスという魔王の部下が皆さんに接触する。不測の事態が発生してしまったために強引に止めようとしてしまったわけです。大変申し訳ありませんでした」
黒い男が腰を曲げ綺麗に謝罪する。他の三人もそれに続く。命を奪われかねなかったため簡単に許せはしないが、私たちが不満を言えばあの三人は命を奪われかねない。この状況も男の想定通りなのだろうか。
「納得、はできないけど、そういう理由だったんですね。つまりあなたたちは、魔王やヴァミリスさんとは敵対しているんですね?」
「現状はそうなりますね。しかし和解の余地もまだあります。だからこそ、皆さんにご協力いただきたいのです。先程お話しした通り、魔王は魔族という呼称を利用し始めています。それは建前上、人間の皆さんに歩み寄るためです。ですので皆さんが魔王を倒すか、交渉をできれば魔族という区分が不要になるわけです」
要は魔王の企みを阻止するために協力しようということなのだろう。魔族がどうという話はまだ良くわからない。だが、話に付いていけないのは私だけではないらしい。
「わかりました。少し仲間と相談させてください」
「もちろん構いません。町の方におりますので、終わったら合図をお願いします」
男はそう言うと三人を連れて悠々と去っていった。あまり近いと、魔法などで会話を聞けるかもしれない。そんな心配をさせないために十分な距離を作ってくれたようだ。
仲間たちとの話し合いは一進一退で、体感では一時間近くもかかったように感じる。あの黒い男を同行させるのに賛成寄りなのが私とルーカス、反対するのがミリアスとグレイスだ。魔物を毛嫌いしているグレイスは言うまでもない。問題はミリアスとルーカスの意見だ。
「あの魔物は危険すぎる。同行させるのは危険」
「だからこそ居た方が良いんじゃないか?魔王と戦闘になる可能性がある以上、味方は多い方が良い。情報をくれた以上、魔王と敵対しているのも嘘ではないんじゃないか?」
結局は私の意見も受け入れられて動向を許可することになった。それは危険な相手だからこそ、目の届く場所に居てもらった方が良いというものだ。他にも私たち以外に対処できる者がいない、という後ろ向きな理由も存在している。
一応は話がまとまったので合図を出すことにする。ミリアスが上空に向けて火球の魔法を放った。この合図は旅をする者たちの間では常識らしい。大して待つこともなく四人が合流した。
「お待たせしました。あなたにも同行していただきます」
「それは良かった。お互いのためになる良い選択です」
男はそうなるのを知っていたかのように余裕の笑みを浮かべている。なんとなく不気味なものを感じるが、決まったことを変える気はない。
「それで、あなたのことは何と呼べばいいですか?」
「・・・ああ、名前ですか。決まったものはありませんので、ルミールとでもお呼びください」
決まった名前がない。私からすると不思議に感じるが、それは人間の価値観でしかないのだろう。それにもう一つ気になることが残っている。
「えっと、ルミール、さん。他の三人はどうするんですか?」
「彼らはもう役割を終えました。なのでまあ、魔王の部下である四人衆の情報でも集めておいてもらいましょう」
あの三人も大きな戦力になるはずだが、ルミールさんは特に意識してはいないらしい。彼らが危険な魔物である可能性がまだ残っているため、こちらにとっては都合が良い。同行することになったら、彼らの戦力が私たちよりも大きくなりすぎてしまうからだ。こちらに異存がないのを確認して、三人の悪魔たちは去っていった。前回とは打って変わって、別人にすら見える程のおとなしさだった。きっと彼らには強い上下関係が存在するのだろう。
「それでは勇者倉宮さん。魔王の悪逆を止めるためにも、これからよろしくお願いします」
まるで執事のようにお辞儀をするルミールの態度は、なぜだか私に強い不安を覚えさせた。
更新が遅くて申し訳ありません。
仕事やほかの趣味で時間が取れていません。
構想はあるのでゆっくりでも更新は続けるつもりです。




