本音と見栄
仲間たちやシャディム様は、侵略者である人間たちとの戦いを継続しているのだろうか。こちらの最大戦力だったはずのシャディム様。彼に攻撃を仕掛け、逃走したアルトは我々の代表であった。同族であるというだけで、奴を信頼してしまっていた自分が恨めしい。
「待て!どこまで逃げる気だ!?」
この追いかけっこが始まってから、二十分以上は経ったのではないだろうか。私も戦いに参加するべきだったのだろうが、既に集落の中心からは離れすぎてしまっている。それに、私はアルトにどうしても確認しなくてはいけないことがある。
樹々の合間を縫って逃げていたアルトが速度を緩めた。取引でもする気になったのだろうか。あるいは待ち伏せの地点にでも到着したのかもしれない。奴の考えがどうあれ、私のやることは変わらない。息の根を止める前にアルトの真意を確かめなければならない。
「もう逃げないのか?裏切者!」
いつでも攻撃できるよう、弓を構えながら問いかける。対するアルトの方はいつも通り、我々の代表らしい堂々とした態度でいる。まるで後ろめたいことなどは何一つない、とでも言いたげだ。
「・・・テレーノ、私の話を聞きなさい。今、人間たちと魔物の力関係は変化しています。魔王様は絶対者ではありますが、いずれは人間たちの武力がそれを上回るのです」
アルトの言うことも理解はできる。戦闘が始まってから時間が経っていたにも関わらず、大きなダメージのなかったマジックゴーレム。そして、あのシャディム様の魔力を奪った魔道具。いずれも我々魔族に対して極めて強力な武器となるのだろう。だが、私が知りたいのはそんなことではない。
「それがどうした?人間の方が強くなるからと、仲間を売って人間に取り入ったのか?」
「そうとも言えますね。もっと言えば、私が約束させたのは将来のエルフ族の地位です」
「地位だと?魔力を得るための道具としての、か?」
人間どもが我々エルフを捕らえる理由。それは魔力を集めるためなのだそうだ。人間は魔力の生成が不得手な生物であるらしい。そのため、魔物の中では力の弱いエルフを狙うのだ。つまり人間にとって、我々は魔道具の素材程度の存在なのだろう。
「いえ、それは現在の、我々の地位です。人間は魔王様を倒し、世界の支配者となるでしょう。そこで、人間に協力した我々、エルフの地位を約束させたのですよ」
私にはアルトの考えがまるで理解できない。いや、正確には理解はできても賛同ができない。我々を道具としか思っていない相手と、なぜ交渉などできるのだろうか。反故にされるのが目に見えているではないか。そのうえ、そんなことのために仲間を売ったのだ。到底許されることではない。
「言い訳はそれで終わりか!」
「理解、してもらえなかったようですね。残念です」
アルトの纏う空気の変化を肌で感じる。奴が時間を稼いでいたことには気が付いてはいた。それでも、どうしても真意を知っておきたかった。それももう終わりだ。
「ああ、残念だったな。とっくに気付いているぞ。そこに隠れているヤツ」
アルトと二人で挟撃する気だったのだろう。私の左後方の樹に潜んでいる者がいる。人間が森で生活することは稀らしい。明らかに森に慣れていない者だ。それではエルフを欺くことはできない。
しかし、そこに潜んでいたのは人間ではなかった。頭から靴まで黒づくめの人間に見えるが、魔力量は並みの魔族とは比較にならない。おそらくはシャディム様と同格の悪魔だろう。よく見ると角は帽子の下に隠しているようだ。
「構いません。私にとって四人衆以外は物の数ではありませんから。ここは私が・・・」
黒い悪魔の話を遮るように、遠くから駆け寄ってくる音がある。今度は知っている人物だ。唯一、この状況を打開できる可能性をもったシャディム様、ではない。彼の連れの男だ。
「あれは、田所か・・・」
頼みの綱だったシャディムが大幅に弱体化してしまったが、なんとかゴーレムたちを停止させることに成功した。狙ったわけではないが、俺が止めたゴーレムは中の人間もおそらくは無事なはずだ。捕虜にすれば役立つ情報も手に入るかもしれない。
「田所さん。ここは私が仕切りますので、アルトさん達を追ってください」
「ああ。でも、アルトは今どこにいるんだ?」
「向こうに逃げていきました。ゴ-レムから逃げだした人間も同じ方向に逃げたようです。合流地点になっている可能性が高いので、捕獲が難しければアルトさんは逃がしても構いませんよ」
敵が二人して同じ方向に逃げたのであれば、きっとシャディムの考え通りなのだろう。今は無理してまでアルトを捕まえるのではなく、逃げた者たちの動向を調べよう。
「テレーノさんも既に追っています。まだ間に合うかもしれないので、よろしくお願いします」
「わかった。あの人間は任せた!」
未だに顔色の優れないシャディムを残して走り出す。一人で残して行くのは心配ではあるが、今のシャディムに足並みを合わせていてはアルトに逃げられてしまう。先ほどのように目先の危険があるわけでもない。ここは任せるしかないのだろう。
戦闘後で体が痛むが、それを堪えひたすらに走る。ないとは思うが、あの人間が予備のゴーレムなんかを取りに行った可能性もゼロではないのだ。増援を呼ぶ可能性もある。これ以上、時間を与えるわけにはいかない。テレーノの安否も気にはなるが、彼女はまだ負傷していなかったので無事だと信じたい。
この世界に来てから身体能力が大きく向上し、以前の自分では考えられない速度で走り続けていた。おかげでまだ十分も走っていないだろうが、追い付いたようだ。遠くに人影が三つ見える。エルフ二人は良いのだが、黒づくめの不審者のような人物が誰かわからない。だが、雰囲気的に敵だと思って間違いないだろう。
ゴーレムに乗っていたのがあの黒い奴だとすれば人数は合う。しかし、移動中に発動していた魔眼の魔法がそれを否定する。魔力量があまりにも多い。ゴーレムはきっと、魔物に比べ身体能力の劣る人間のための魔道具だ。あんな強力な魔族がそれを必要とするはずがない。
疑問は残るが一触即発の様子だ。テレーノを助けるためにも真っすぐ接近するしかない。それを止めたのは意外な人物だった。
「田所!来るな!シャディム様以外ではこいつを倒せん!」
それは最も危険な状況にあったテレーノだ。何より彼女は人間の俺のことをよく思っていなかったはずだ。それが俺を危険から遠ざけようとしてくれている。それだけ、あの黒い奴が危険なのだろう。
ここまで来ておいてなんではあるのだが、もう大分手遅れな気がする。四人衆に匹敵する相手を倒す手段など今はない。俺とテレーノの内、一人でも逃げることすら難しいのではないだろうか。完全に積んでいる。しかも、この状況はシャディムの言っていた、追撃の難しい状況そのものである。なぜ俺は考えなしに突っ走ってしまったのだろうか。
慌てて立ち止まり、黒づくめに目をやる。黒くて遠目には分かりにくかったが、腕をコートのポケットに入れて余裕そうに棒立ちしている。実際に俺を殺すことなどは余裕かもしれないが、あちらも俺のことを観察しているような視線を感じる。
「・・・アルトさん。あの人間は?あのエルフの仲間のようですが?」
「ああ、彼はシャディム様のオマケですよ。警戒することはありません」
初対面の時からうっすらと感じていたが、アルトは俺など眼中になかったらしい。黒づくめの方は知らない人間である俺に困惑しているようだ。これは、もしかしてチャンスなのではないだろうか。万に一つも勝てる気はしないが、なんとか引き分けにはできるかもしれない。
「俺は田所祐一だ。そこの黒い奴はゴーレムより大分強そうだが、俺が相手をしよう!」
少しオーバーに余裕アピールをしてみる。ゴーレムと戦ったことは何の負担でもなかったようにふるまうのだ。黒づくめの空気が少し変わったのを感じる。ここぞとばかりに剣を抜いて威嚇をしてみる。つまりはハッタリである。
「あなたがゴーレムを?・・・人間が、その程度の武器で?」
剣は魔道具を持っていてるとアピールするために抜いたのだが、想定外の効果をもたらしてくれているようだ。もう少し、あと一押し何かが欲しい。証明はできないが、あれを使わせてもらおう。
「シャディムだけを警戒していたのが失敗だったな。勇者である、この俺を見落とすとはな!」
「なにっ!お前が勇者だと!?何のために居るのかと思ったら、そういうことだったのか!」
真っ先に反応したのはテレーノだ。正直今は黙っていて欲しいが、サクラとしては役に立っているかもしれない。
「勇者は一人だけのハズです。あんなものはハッタリです!」
すっかり敵の取り巻きになったアルトも横槍を入れてくる。言われてみれば、本来勇者は一人だったはずだ。ブラフ作戦は失敗したかに思えたが、肝心の黒づくめは何かをブツブツと呟いている。もしかして成功か?
「勇者がもう一人?死んだはずでは?しかし、ゴーレムから逃げだした者の話とも一致している。何か奥の手がある?そもそも勇者を殺してしまっては・・・」
黒づくめが急に静かになった。かなり気味の悪い挙動だが、奴の決定に俺たちの命が懸かっている。頼むから引いてくれ。
「まあ、今はリスクを冒す必要はありません。行きますよ、アルトさん」
「えっ?あっはい、わかりました」
アルトが黒づくめの肩に手を置くと、二人は一瞬で消えてしまった。原理はわからないが、引いたと思っていいのだろう。
「・・・・・・はぁ、かなり危なかったな。テレーノ、まだ動けるか?」
「ああ、問題ない。しかし、本当にお前がゴーレムを?」
「いや、あれは半分ブラフで・・・。そうだ!シャディムが心配だ。急いで戻ろう!」
敵の大将っぽいのが退いたので問題ないとは思うが、人間の残党がいるかもしれない。そういえばゴーレムに乗っていた最後の一人はどうなったのだろうか。
「待て、確認しておきたいことがある。そこにずっと何かがいる。一応、まだ間に合うかもしれんからな・・・」
テレーノは暗い表情で歩んでいく。そこは黒づくめの近くにあった樹の影だ。その何かが敵か味方かわからないので俺も急いで後を追う。テレーノの言う、間に合うという言葉の意味を、俺はそれを目にする直前でようやく理解できた。
血の匂いだ。俺には草木の匂いに紛れていて気付けなかった。そこに横たわっていたのは、ごく普通の人間の男だった。しかし、その首が体から切り離されている。どう見ても手遅れだ。
「・・・ダメみたいだな。口封じみたいだが、一緒に連れて帰ってもよさそうなもんだけどな。いや、元から人間のことも使い捨てるつもりだったのか?」
「さあな。私には同族のことすら、もうわからん」
アルトが人間に付いたことが余程ショックだったようだ。俺も人間に裏切られたことがあるとはいえ、今回の一件とはあまりにも規模が違う。今は下手に声を掛けるより、必要なことに集中してもらうべきだろう。
俺たちがゴーレムとの戦闘地点に帰ると、既に人間たちは投降していた。頼みの綱のゴーレムが全て停止し、勝てる見込みのないシャディムが健在に見えるので致し方ないだろう。実際はシャディムもかなり弱っているのだが、空気を読んで平静を装っていたようだ。奇しくも黒づくめ相手にハッタリかましていた俺と似たような状況だったのかもしれない。
何とか戦闘の後処理が終わった頃には、夜が始まりを告げていた。物資も人手も余裕がないので、明日には魔王城に避難することになっている。それを決定したのはシャディムと、自然とエルフたちのまとめ役になったテレーノだった。そして俺は・・・。
「なぜ、ゴーレムたちから逃げずに賭けに出たんですか?わざわざ全滅する可能性を作って、一体どういうつもりです?」
「それは、ホラ・・・。いろいろと違和感あったし、いけるかなぁと思って・・・」
「あの黒い奴に、普通に接近してどうするつもりだったんだ?お前は。魔力を見れば一目で勝てないとわかっただろ」
「それは、魔力少なくても強い奴を知ってるから、つい。まあ、うっかりかな?」
現時点のトップ二人に詰められていた。結果的に上手くいったんだから良いじゃないかと、思わなくもない。しかし、俺の選択次第で危険な状況になっていたことは否定できない。俺も会社で後輩が危険な橋を渡っていたら、結果に関わらず注意程度はしていただろう。
「けど、テレーノはそんなに怒らなくても良いんじゃないか?どうせ俺に何かあっても、人間一人の命だろ?」
俺の知るテレーノは一言で言うと、人間嫌いだった。俺は危害を加えられた事こそないが、あの態度は嘘偽りではないはずだ。
「そうかもな。だが、命の価値に大した差などないのだろう。仲間から切り捨てられた人間もいれば、お前のように魔族に付く者もいる。そして、人間に仲間を売るエルフもいたのだ」
エルフたちの代表であったアルトは人間たちと通じていたらしい。まだその時ではないと思い、詳しくは聞いていないが、彼女には思うことがあったようだ。
「田所。お前の言う通りだったのかもな。悪事を働く人間もいれば、そうでない者もいる。それは私たちエルフも例外ではないのだろうな」
テレーノの変化は人間の俺にとっては好ましいものであるはずだ。それでも、寂しく遠くを見るような目の彼女がいたたまれない。少しでも長く休んで欲しい気持ちもあり、会話を終わらせ各々休みを取ることにした。こうしてようやく、長かった一日が終わりを告げた。
「アルトさん、なぜあの人間のことを報告しなかったんですか?勇者とわからなくても共有すべきだったのでは?」
「失礼しました。シャディムの取り巻きとしか認識しておらず、必要性を感じておりませんでした」
「あなたの失敗だと認めるわけですね?」
「はい、この失敗は必ず・・・」
黒い人物は手のひらを突き出し、アルトの話を中断させる。その眼には失望はおろか、怒りの感情すら微塵もない。替えの効く道具の一つ壊れた程度にしか感じてはいない。
「あなたにはこれからも期待していますよ。用途が他のエルフ達と同じにはなりますがね。まさか嫌とは言いませんよね?」
「もちろんです。エルフ将来のためなら、この身など少しも惜しくはありません」
彼らにとってのエルフたちの用途はアルトも良く知っている。一度でも人間に捕らわれ、魔力を補給するための家畜となれば、二度と自由な生活は送れなくなる。そのうえで仲間たちの情報を差し出し続けてきたのだ。そして、それを拒む気もない。こうしてエルフの元代表は、仲間たちと同じく人間の道具として一生を終えることとなった。




