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核と流れ

 ゴーレムに受けたダメージは回復しきらないが、なんとか視線を上げる。俺が倒れていた間に状況は逆転してしまっているようだ。シャディムの体を流れる魔力が大幅に減少している。戦闘で消耗したなどの単純な原因ではなさそうだ。その不規則な呼吸は、人間でいうところの喘息の発作のようにも見える。少しだけ見えたアルトたちとのやり取り。あの時に何かが起きたのだろう。


 肝心のアルトは逃げるように去っていった。会話相手のテレーノも、彼を追って行ってしまった。元より無事なエルフも多くはない。俺も戦線に戻り、ゴーレムを何とかしなくては。


 状況の把握が間に合わないが、横になってはいられない。まだ痛む体を無理やり起こし、ゴーレムに向かって駆け出す。こちらの最高戦力であり、おそらく最も状況を理解しているであろう、シャディムに指示を仰ぎたい。そのためには彼が命を落とすようなことはあってはならない。残ったゴーレム二体の内、片方だけでも良いからこちらに注意を引きたい。


「はぁっ!」


 後ろからゴーレムに切りかかるが、案の定、効果は薄い。シャディムからダメージが少しでも残っていることに期待したが、動く相手の弱点を正確に攻撃するのは簡単ではなかった。それでも、俺の狙いは成功している。ゴーレムの内、一体は標的を俺に変えてゆっくりと振り返ってくる。


 余裕がなくなる前に少しでも情報を共有したい。俺はシャディムに声を投げかけた。


「シャディム、大丈夫か!?アルトたちはどうなってる!?」


「してやられました。私たちの負けのようです。あなたは無事なエルフを集めて魔王城に撤退してください。私が殿を務めます」


 敗因は聞くまでもない。勝ち筋がなくなったからだ。シャディムが戦えなくては、二体のゴーレムを倒せない。俺や手負いのエルフたちだけでも、一体程度であればならなんとかなったかもしれないが、連携を取ってくるゴーレムたちには勝てない。せめて、先ほどのシャディムが作ってくれたスキに俺がゴーレムを一体倒せていれば。そんなことを考えても、もう遅い。


 消耗して犠牲が増えてからでは撤退も難しくなってしまう。シャディムの言う通り、今は逃げることが最善なのかもしれない。そんな俺の思考を遮る異音が耳に入る。シャディムがもう一体のゴーレムと対峙している方向からだ。


「危ない、後ろだ!」


 シャディムのおかげで唯一、倒せたはずのゴーレム。それが今にも立ち上がろうとしている。倒しきれていなかったのか。シャディムが弱ってしまった最悪のタイミングで敵が復活した。


 ふと先ほどの自分を思い出す。不意を突かれてゴーレムの攻撃をまともに受けてしまった時だ。それと、シャディムの攻撃で倒されたと思っていたゴーレム。無機物のはずのゴーレムが、人間の俺と同じような動きをしているように感じられた。


 思い返してみると他にも違和感があった。目視できる限りでは、耳なんて付いてないゴーレムが、エルフの声に反応してシャディムを発見していたのだ。ゴーレムたちの立ち回りが前回から急に向上した理由がそこにあるのではないか?何よりも、俺が新しく習得した魔眼の魔法。あれで魔力を見た時にも、魔物たちとも違う魔力の流れを感じたのだ。


 あと少しで何かが掴める。そんな予感を覚えつつも、のんびりと考えている余裕はない。二体のゴーレムからの攻撃に間一髪で対処していたシャディムがこちらに吹き飛ばされてきた。致命傷ではないようだが、元から弱らされていたこともあって、今まで見たこともないほど余裕がない。


 そうだ。シャディムを、四人衆の一人をここまで弱らせた魔道具があったはずなのだ。あれが魔力を吸収する道具なのだとすれば、もしかして奪われた魔力がそこにあるのではないか?ゴーレムに攻撃され、俺のすぐ近くまで追い詰められてきたシャディムに小声で声を掛ける。


「おい、さっき奪われた分の魔力があれば何とかなるか?」


「あの魔道具を探すつもりですか?・・・正直、わかりません。あのようなものは、聞いたこともありませんから。それよりも、あなただけでも逃げて、このことを魔王様に伝えてください」


 息も絶え絶えといった様子のシャディムは、とても四人衆の一人には見えなかった。まだ少し消耗しただけのエルフの方が、よっぽど強そうに見えてしまう。そんなありさまだ。ゴーレムはこれまで二体掛かりでシャディムを狙っていた。こんな状態でも変わらずに強者であった彼を執拗に狙うことだろう。


 やはりおかしい。ゴーレムたちはなぜ、シャディムを狙った?前回は俺よりも優先してコーネリアを狙いたがっているように見えていた。推測ではあるが、攻撃の優先順位を魔力量で決めていたためだろう。そして、ゴーレムたちは今、シャディムを優先して攻撃していたのだ。


 この場で最も魔力を保有しているのはシャディムなのか。答えは否だ。俺がシャディムが弱っていると判断した根拠、それこそが魔力量だからだ。すでに彼とエルフ達の力関係は逆転している。そもそもの話、人間たちの狙いはエルフと、彼らの生み出す魔力だったはずなのだ。そんなゴーレムたちがあまりにも合理的に、攻撃対象を変更している。


 もしかしたら、このゴーレムたちの前回との違いは・・・。まだ確信はないが、大声でシャディムに声を掛ける。


「あの魔道具だ!あれがあれば補給できるはずだ!!」


「田所さん、いったい何を?」


 話の流れを完全に無視して、大声で意思表明する俺。さすがのシャディムも驚きを隠せないようだ。俺は一歩だけゴーレムに歩み寄る。そして振り返り、人差し指を口に当てる。喋るなというジェスチャーだ。この位置関係であればゴーレムたちから見えることはない。


 俺はゴーレムたちに向かって駆け出す。攻撃するわけではない。間を通り、走り去るだけだ。予想通り、シャディムと戦っていた二体のゴーレムたちは追ってこない。必要なものはあと二つ。それまではなんとかこらえてくれよ、シャディム。


 追ってくる一体のゴーレムから距離を取り、ひたすら逃げて時間を稼ぐ・あとの二体は変わらずシャディムを狙っている。この状況を打開するためには決定的なスキが必要だ。それに加えて断絶の魔法。仮にこの二つが上手くいっても、俺の予想が間違っていれば勝機はないに等しい。今もシャディムがゴーレムたちの注意を引いている。


 ゴーレムの行動が前回のものからアップデートされ、連携を取ったり弱ったシャディムを正確に狙っている。その原理が俺の考えている通りであれば、これまでの違和感全てに説明がつく、かもしれない。元より負けたようなものなのだ。一縷の望みに縋るのも悪くないだろう。


 俺が犠牲になる程度のリスクで、貴重な四人衆の命が救われるかもしれない。悪くない賭けだ。前世の俺であれば、命がけのギャンブルなど絶対にしなかった。何度も命の危険に直面して感覚がおかしくなってしまったのかもしれない。


 ゴーレム一体の攻撃を避けるだけであれば、なんとかならないこともない。問題は体力の消耗と、先ほど受けたダメージくらいのものだ。それでも木の立ち並ぶこの場所では小回りの利く人間を正確に捉えるのは容易ではない。今のうちに俺は目当ての物を探す。それは例の魔道具ではない。


 俺みたいな弱い人間に時間を割きたくはないのだろう。僅かではあるがゴーレムの動きに動揺が見られる。きっと苛立ちの感情だ。どんな奥の手を隠しているかわからない以上、シャディムの方へ加勢しに行きたいに違いない。


 感情。これこそが前回のゴーレムとの違い。より正確にいえば思考能力であろうか。ゴーレムたちの連携さえされなければ、とっくに一、二体は倒せていたと思うのでかなり有効なバージョンアップだと思われる。しかし、だからこそ弱点を知ることも出来た。


 そして、ようやく探し物が見つかった。それはシャディムがつくったゴーレムの傷。その内部にある。先ほどは俺も思い違いしていて気が付かなかった。あの個体の胴体には確かに破損個所が残っているのだ。では、なぜ一度は動かなくなったゴーレムが再起できたのか。それはゴーレムではなく、内部のものが回復したからに他ならない。まさしく、ゴーレムに殴られた後の俺と同じなのだ。


 逃げ続ける俺をイラつきながら追っているゴーレムでは、俺の急な反撃には対処できない。当然、シャディムのように強固なゴーレムを一撃で破壊することはできないが、足にダメージを与えるだけでいい。すでに準備はできているし、これ以上シャディムを待たせるのも悪い。


 脚にダメージを受けたゴーレムは守りを固めている。俺の目の前のゴーレムを無視して、シャディムと戦っているゴーレムに駆け寄る。待たせた甲斐あって場所もタイミングもばっちりだ。剣を振り下ろしはしない。これがヴァミリスならともかく、俺が敵の内部までダメージを与えるには突きしか選択肢がない。使う魔法が決まっているため、強化魔法を使う余裕もないが、やるしかない。


「っだあぁぁ!!」


 声を出せば避けられかねない。直前で掛け声を出したせいでなんとなく間抜けな感じだが、狙い通りに攻撃ができた。ここですかさず断絶の魔法を発動させる。物質の表面に限り、魔力の流れを阻害する魔法だ。まさかこんな使い方をするとは、おそらくは司書さんも想定していなかっただろう。


「これでどうだ!?」


 背に剣が突き立てられたマジックゴーレム。攻撃の直前に掛け声を出したため、こちらに振り返ってくる。しかし、ゴーレムが完全にこちらを向くことはなかった。半端な姿勢で完全に硬直している。それはまるで、石像に与えられた命が急に失われたようにも見えるが、実際はそうではない。単純に操縦を受け付けられなくなっただけだ。


「よしっ、やった!」


 思っていた通り、今回のゴーレムは中に操縦者がいる。そして、魔眼で見た際の魔力の動き方。それは中心から手足に送られる魔力の流れだったのだ。


 通常、生き物の体内の魔力は血の流れのように循環をしている。だが、このゴーレムの魔力は搭乗者のいる中心部分から、動作の指令と共に一方的に送られていたようだ。魔眼で弱点が見えなかったのも、中心に隠されているからだろう。だからこそ、その中心部に断絶の魔法が届いたおかげで、機能停止させることができたのだ。


 問題はここからどうするべきかだ。一体だけ停止させたところで状況は如何ともしがたい。手応えで理解できたのだが、俺一人では無傷のゴーレムは止められない。シャディムの付けてくれた傷を狙ったから何とか届いただけなのだ。


 それでも、ここでもたついていては有効打がないとバレてしまう。何度目かわからないが、危ない橋を渡るしかない。


「シャディム、俺なら倒せる!ここは任せてくれ!」


 完全にブラフである。無傷のゴーレムが相手では一対一でも勝てないだろうが、それを悟らせてはいけない。俺一人でも余裕だとアピールしなくては。これも搭乗者が居て、初めてできる手段だ。


 思考していたせいか、一体とはいえ対処に成功した安心感のせいか。俺は完全に油断していた。背後から迫るゴーレムに不意を突かれてしまったのである。それも、元はと言えば俺が戦っていた個体だ。


「なっ、がぁぁぁぁぁ!!」


 ゴーレムは両手で俺を握っている。このまま圧死することは確実だろう。下手にブラフを仕掛けたせいで、敵を焦らせてしまったのかもしれない。それでもやるべきことはやったと思う。あとはシャディムかエルフたちが、俺の発見したゴーレムの弱点を魔王に伝えてくれることを願おう。


「・・・そういう、ことでしたか。あとはお任せを」


 おぼろげながらシャディムの声が耳に届く。俺の意図を理解してくれたようだ。少し気に食わない男だが、魔王に対する信頼は確かだと思う。強さについても間違いなく俺より上なので、これで良かったんだろう。


 考えていると少し違和感を感じた。苦しいのは変わらないが、強まっていた圧力が止まった気がする。まだ残っていた魔眼の力でゴーレムを見ると、魔力の動きが止まっているようだ。さっきのシャディムの台詞、あれはもしかして・・・。


「あと一体、これで・・・」


 何がどうなっているのかはわからないが、シャディムが一体のゴーレムを止めた様子だ。これで無事なゴーレムはあと一体。シャディムと戦っていた個体だが、すでに魔力の動きを感じられない。よく見ると、背後に遠ざかってゆく人影のようなものがある。考えることは相手も同じだった。動けない俺はもちろんだが、シャディムにも追いかける余裕はないようだ。今回は痛み分けといったところだろう。俺の意識はここで途絶えてしまった・・・。

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