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王と貴族

 私はアルティミシア王城で働く兵士長。今は経過報告のために王族と貴族たちの会議に参加している。昨日、公爵子息が撲殺されかける事件、ではなく事故が発生したがその件だけではない。私が案内した二人の勇者、その様子を報告をすることになっている。


「まずは昨日のグレイス・アルヴァール様の件です。事前報告の通り勇者、倉宮美結との戦闘訓練中に事故が発生しました。勇者様は二名とも自身の身体能力を把握していなかったようなので、殺意はなかったと思われます」


 気まずく感じながらも報告を終え、様子を窺う。陛下は問題ないのだ。勇者を召喚する判断をしたのは陛下自身であるし、なにより陛下は人が良い。時に甘すぎると対立する貴族たちに裏で指摘されるほどだ。それこそが陛下の長所でもあるのだが。


 問題なのはダリアス・アルヴァール公爵だ。彼からすれば息子が異邦人にいきなり殴り殺されかけている。この件が問題になるようであれば本題に入るどころではない。


「ふん、グレイスは生きているのだろう。兵士長のおかげで治療が間に合ったのなら問題はあるまい」


 不機嫌そうにしか見えないが、貴族の言うことだ。発言の通りかもしれないし、そうでないかもしれない。だが、グレイス殿は大事な一人息子のはずだ。まさか隠し子でもいて後継者には困っていないのだろうか。まあ貴族の事情を深く考えるのは私の仕事ではない。


「公爵が良いのであれば問題はない。本題に入ってくれ、兵士長」


「はい、陛下。結論から述べますと、田所祐一、倉宮美結、両名とも勇者で間違いないと思われます」


 ある程度報告が届いているであろう陛下は平然としているが、勇者が二人居ることを知ったばかりの貴族たちには焦りが見られる。だが、貴族の中でも耳聡い者も何名かはいるようだ。


「まずは田所祐一、彼は初めて使用した魔法で的を倒すことに成功しました。これは直撃した場合には人間を一撃で致命傷に至らしめる威力です。次に剣での戦闘能力です。先ほど名前が挙がりました、グレイス・アルヴァール様と互角の戦いをしたうえで勝利しました。さらに、戦闘訓練は殆ど積んでいない状態になります」


 ダリアス公爵の息子が高い実力を持っていることは貴族であれば知っていて当然だ。子煩悩なのか教育の成功をアピールしたいのかは不明だが、おかげで迅速に情報が伝えられた。


「うむ、つまりは十分な実力と将来性を持っているということだな」


「はい、問題はもう一人。倉宮美結の方です。彼女は規格外な威力の魔法を放ちました。同席していた魔法使いミリアス殿は天才と呼ばれる程の人物ですが、彼女をもってしても考えられない威力とのことです。具体的には一撃で訓練所の壁を抉る威力です。1、2発で大型の魔物も倒すことができるでしょう」


 周りの貴族たちの緊張が伝わってくる。この件もミリアスさんのおかげで伝わりやすいようでなによりだ。彼女自身が史上最高の魔法使いと名高いため、それ以上の逸材はかなりの衝撃だろう。さらにそれだけではない。


「重ねて報告いたします。彼女はグレイス様との模擬戦にて一撃でグレイス様の武器を破壊しただけに留まらず、そのままの勢いで彼を瀕死に至らしめる程の攻撃を繰り出しました。さらに彼女は現段階で、訓練は全く積んでいないと思われます。将来性も考慮すると田所殿を遥かに上回る戦力になると思われます」


 貴族たちはもはや混乱状態に陥っている。それもそのはずだ。魔王に対抗するための戦力を呼んだはずが、将来的には国をも亡ぼせてしまいそうな戦力が都市の中心に現れてしまったのだ。おそらく貴族の大部分は勇者に対して、魔王の戦力を削るための手段程度に思っていたのだろう。あまりにも予想と結果がかけ離れてしまっている。


「これらのことから一名は想定外の戦力を持っていますが、どちらも勇者としてふさわしい才能であると判断いたしました」


 貴族達のことは気にせず、私の仕事である勇者への判断を報告し終える。そもそもが陛下に与えられた仕事なのだ。貴族たちに気を遣いすぎるのは時間の無駄だろう。


「ご苦労だった、兵士長。・・・しかし、そうなると引き続き両名を勇者として扱いつつ、様子見をするしかあるまい。兵士長はもそれでよいな」


「はい、それが良いかと。二名とも十分に期待ができます」


 時間を与えると貴族たちが横槍を入れてきかねない。特にダリアス公爵の派閥には過激な者も居ると聞く。公爵子息が大怪我させられた件でいちゃもんを付けることもあり得る。貴族とはいえ感情で行動する愚か者が居ないわけではないはずだ。


 そんな考えは他所に、会議は滞りなく進行した。さすがに大型の魔物を一人で倒せるような者には、裏からでも手出しをしたくないのかもしれない。


「陛下、よろしいでしょうか」


「どうした、ダリアス公爵」


 ほぼ全員が、怖いから陛下に任せておこうと、言いたげな中で公爵が発言したいようだ。


「はい、勇者が二名召喚された件についてです」


「それについてか。何か気が付いたのか?」


「はい、想像の域を出ないのですが、あれはもしかして戦いの激化に備えてのことなのではないでしょうか?」


「激化に備えて?まさかアルテミエス様が我らのために戦力を増やしてくださったということか?」


 アルテミエス様。この国で最も偉大であるとされている神の名だ。今回の召喚の儀式を執り行ったのもアルテミエス様を信じる司教たちだ。勇者が二人召喚されたのはアルテミエス様自身の意思だと言いたいのか?


「はい、私は勇者の伝承はあまりに非現実的すぎて夢物語だと思っていました。しかし、近年魔物たちは徒党を組み、人間のように技を伝え強くなっています。もしかしたら過去の勇者が強すぎたのではなく、現代の魔物たちの方が強くなっているのではないでしょうか?」


「なるほど、確かに魔物からの被害が以前よりも大規模になることが増えている。だからこそアルテミエス様が召喚される勇者を増やしたということか。しかし、それならなぜ二人の能力に差があるのだ。倉宮殿が田所殿より強い理由がわからん」


「はい、それなのですが儀式の際には複数人の魔力が必要なのですよね?」


「ああ、そうだ。司教と九人の魔法使いで儀式を行った」


「そう、十人で儀式を行う。これが伝承にある儀式です。しかし先ほどの私の考えでは、伝承の時よりも強い勇者が複数人も必要とされている。つまりは儀式の際に使用する魔力が不足していたのではないでしょうか。」


 魔力が不足していても魔法は出せる。威力が落ちるだけなのだ。つまり公爵の考えでは、召喚の儀式に用いるための魔力量が不足していたということか。確かに今回の儀式では、伝承よりも勇者を多く召喚したにも関わらず、使う魔力量は変わっていないことになる。


「なるほど、魔力不足。確かに今、理由を考えるのならそれが妥当か。しかしダリアス公爵、貴公はそこまで信心深かったか?疑う気はないのだが、目に見えぬものはあまりあてにしない性格だったようにも思えるのだが・・・」


「はい、ここだけの話、私はあまり神の存在は信じておりませんでした。しかし、今回の勇者の力を見てはそうもいきません。それに人は未知を恐れます。私はアルテミエス様を信じることで今回のことに理屈をつけたいのかもしれません」


「なるほどな。だが、問題は勇者たちをどのように扱うかだ。彼らが魔王を倒したとて、我らに出せる報酬は限られる。今は土地も財も足りていないのだ」


「ええ、ですから先ほどの考え方です。儀式によって召喚された勇者、倉宮美結。そして戦いの激化を予期したアルテミエス様のご慈悲によって、予備戦力として召喚された田所祐一として区別するのです」


「しかし、それはいかがなものか。こちらの都合で読んでおいて、田所殿に予備のような扱いを強いることになってしまう」


「それも仕方がないでしょう。実際に倉宮殿の方が高い実力を持っています。成果を出せる者に報酬を約束する。当然のことではありませんか」


 物は言いようだ。やはりダリアス公爵にとっては信仰も手段の一つということか。国の資源が不足した場合に、貴族達からも集める可能性がある。あくまで自分の懐から財を出さなくても済むよう、田所さんに対して報酬を渋るための言い訳だと思われる。


 自身と領地のためであれば陛下にも刃を向けうると言われている、ダリアス公爵としてはよそ者に貴重な国の資源を渡されたくないのではないだろうか。


「成果主義か。それも必要な考え方かもしれん。しかし、勇者一行は現在修練の真っ最中だ。公爵の言うことも頭には入れておくが、やはり今は様子を見るべきであろうな。少し時間が経てばグレイス達からも考えが聞けよう」


「確かに。出過ぎたことを言ってしまいました」


「いや、確かにアルテミエス様のお考えは我ら自身で汲み取るしかないのだ。戦いの激化も確実だろうしな。」


 熱心な信徒ではない私としては、陛下も考えすぎなように思える。実際に田所さんにも十分な素質があるのだ。できる限りの譲歩をして手を借りる以外に、今できることはないはずだ。勇者が一人でも二人でも、他に道がないから召喚することを選んだはずだったのに、陛下も会議も何かに誘導されているという気さえしてくる。

 

 この国はどこに向かっているのだろう。兵を指揮するだけの立場の私にできることはない。陛下の指示を仰ぎ、民を守る。今の私にできるのはそれだけだ。

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