集落と人間
少し薄暗い森の中。その樹の中にエルフたちの住居はあった。てっきり鳥のように木の上にでも住んでいるのかと思っていたが、木の幹に穴が空いている。鳥は鳥でもキツツキ…いや、あれは住居ではなかったか。
どのように巨木をくり抜いているか疑問ではあるが、魔法や魔道具の存在する世界で過程について考えるのは時間の無駄だ。彼らはそういう文化なのだ、ということだけ覚えておこう。
想定外はもう一つあった。村、というよりは集落だろうか。全体の様子が思っていたよりも明るい。シャディムが共にいるとはいえ、人間である俺がいてもいきなり敵対されるようなことはなかった。そのせいで俺はエルフたちの現状を見誤っていた。
「ようこそ、シャディム様。そちらの方は?」
「お邪魔しますよ、アルトさん。こちらは田所さんです。私と同じ、魔王様の部下なのでご心配なく」
二人の挨拶はあっさりしたものだった。俺の紹介が苗字だけなのは魔族、あるいはエルフの文化に即したものなのだろうか?出迎えてくれた男、アルトは俺に対して警戒した様子も見せず、集落の中心部へと案内してくれている。
アルトは俺のイメージのエルフ、そのものだった。色白で金髪、そして容姿端麗だ。平均的日本人の俺としては少し、羨ましく思ってしまう。少し意外だったのはその体格だ。森で生活していると聞いていたので、野菜や果物が主食の細身な種族だと思っていた。しかし、アルトはそれなりに筋肉のある、鍛えられた身体をしている。もしかしたら狩猟などで動物性のタンパク質を摂取しているのかもしれない。あるいは人間とは栄養素の概念が異なるのだろうか。魔族は保有魔力によって体格に差が出るらしいので、可能性は十分ありそうだ。
案内された場所は、一際大きな木の中の家だった。調度品はほとんどなく、その内装のシンプルさはモデルルームを思わせる。無駄を好かない種族なのか、装飾品を作る余裕がないのかは判断がつかない。
テーブルの両側に配置された二対の椅子。俺とシャディムはアルトの向かいに座る。
「それで、状況は?」
「かなり悪いと言わざるを得ません。避難民がかなり増えています。方々の集落が襲われているようです」
二人の間ではすでに話が通っているようで途中参加の俺にはよくわからないが、複数の集落が襲われその避難民がここに集まっている様子だ。
もしかしたらエルフたちにとって、魔王城に近いこの集落は緊急避難先なのかもしれない。配下である彼らのことは魔王が守るだろうし、いざとなれば魔王城に直接逃げ込んでも良いだろう。だとすれば、ここにエルフたちが集まっているということは、かなり状況が切迫しているのかもしれない。戦闘は避けたかったが、それも難しいと考えておこう。
「人間たちの動向について、何か情報は?」
「西の村も襲われました。海を渡ってから北上してきている様子です。いずれ、ここも狙われるでしょう。それと人間だけでなくゴーレムの姿もあったとか…」
アルトは気が付かなかったようだが、シャディムの空気が少し変わった気がする。昨日、共有されたばかりのゴーレムの名がここで出るとは思っていなかったのだろう。もちろん、俺たちが遭遇したものとは関係がない可能性もある。だからといってシャディムは、当然俺もだが、楽観的ではいられない。マジックゴーレムの厄介さを十二分に知っているからだ。
「なるほど。人間たちは西の町が落とされる程の戦力で攻めてきているのですね。にも拘わらず、ここまでは追手が確認されていない、と?」
「はい。魔王城が近いからか、準備が必要だからかは不明ですが、この周辺では確認されていません」
話を聞いた感じだと、西の村はそれなりの規模がありそうだ。そして人間たちは海を越えてきたうえで、それを攻め落とせるだけの戦力を持っている。いつかの話では、魔王領に攻め込むのは陸路以外ではかなり厳しいという話だった。さらにエルフたちも、魔物などに対する自衛手段を持っているはずである。それだけ人間とエルフの戦闘能力には大きな差がある。あるいは・・・。
「そのゴーレムとやらの情報は?」
「え?ゴーレムですか。・・・特に情報はありませんが、数は多くないようですよ。失礼ですが、警戒するほどのものではないのでは?」
「・・・かもしれませんね。まあ、ただの確認ですよ」
二人の話がまとまってきた。俺は口を挟むどころか、自己紹介もしそびれてしまったが問題なさそうだ。おそらくだがシャディムの部下、その一程度にしか認識されていないのだろう。
いくつか確認した後、シャディムと俺は二人で部屋に残された。アルトは他に仕事があるらしい。
「・・・さて、田所さん。どう思いますか?」
「うーん、ゴーレムが例のヤツかはわかんないけど、結構不味そうだな。一回出直して、応援を頼んでも良いんじゃないか?」
「そうですね。私もそう思います。情報も少ないことですしね。ただ、少し違和感があるんですよね」
シャディムは顎に手を当て考え込んでいる。ドラマで見るようなわざとらしい仕草だが、外見が良いせいか妙に絵になっていて若干、癇に障る。
「違和感って、もしかして都合の良い情報だけは届いてることか?」
「まあ、そうですね」
避難してきたエルフたちの情報は二つのみ。人間の侵攻ルートと、ゴーレムがいたというものだ。複数の村が攻め落とされた、という情報は良いとして、ゴーレムの情報があったのは俺たちからすればあまりにタイミングが良い気はする。しかし、それは情報の優先度の差ではないだろうか。
「確かに、図ったような情報だとは思うけど、それだけゴーレムが警戒されているってことじゃないのか?俺だって人間とゴーレムなら、より強いゴーレムの方を優先して情報共有すると思うけどな」
つまり、必要な情報だけが集まっているのにはそれなりの理由があるということだ。俺たちが前回の件で優先的にマジックゴーレムのことを共有したのと同じことだろう。
「普通のゴーレムを使役している人間たちが攻めてきた。確かに、それ自体は大した問題ではないですね・・・。あなたも魔法の武器を持っていますし、例のゴーレムが出てきても対処ができないことはない。ですよね?」
またしても若干の棘を感じる言い回しではあるが、おとなしく頷いておく。一応は向こうの方が立場が上であろうことは忘れてはいけない。
「それでも万が一、情報が操作されていたとすれば・・・」
俯いて考え込んでいたシャディムだが、考えはまとまったようだ。
「今日明日に魔王城に避難するのはやめておきましょう。何か嫌な予感がします」
シャディムは籠城でもする気なのだろうか?俺たちが帰らなければ魔王が充分な量の援軍を送ってくれる可能性は高い。だが、その前に多くのエルフたちが犠牲になることは想像に難くない。
「危険じゃないか?魔王の増援だって、いつ来るかわからないだろ?」
「はい。ですので、七日程度だけ待ちましょう。もし人間が何かを仕掛けているとすれば、時間がないのはあちらの方です」
つまり、コイツがやろうとしているのは籠城ではなく、兵糧攻めらしい。避難民が多いとはいえ、エルフたちにはそれなりの拠点がある。対する人間たちは、いかにゴーレムという戦力があっても補給は難しいはずだ。魔物を狩って食糧にするくらいはできるかもしれないが、戦闘の音や痕跡は非常に目立つ。そのうえ食糧になるほどの大きさの魔物を持ち帰れば、拠点も割り出されるかもしれない。
シャディムの見立てでは、人間たちは一週間もこの場所に滞在できないということだ。焦って仕掛けてくるのであればシャディム自身が返り討ちにし、撤退するのであればひとまずの危険は去る。人間たちが進行してくれば、この村が戦場になる可能性もある。しかし、その一点を除けば最善の策かもしれない。
「まあ、わかった。それで俺の仕事は?」
「滞在期間中にエルフたちの人間に対する警戒心を解いてください。魔王様の最終的な目標は人間との和平ですからね。要するに、この前のラピールやセントールたちと同じことをするのです。難しいことではないでしょう?」
俺はふと、シャディムの種族を知らないことを思い出した。だが、この嫌味な笑顔を見るに、この男は俺の最初の印象通り、悪魔で間違いない。コイツが悪魔でないなら一体何なのだろうか。
笑顔の真意はよくわかっているつもりだ。確かにやること自体は前回と同じではある。それでも状況があまりに違いすぎるのだ。町のためにゴーレムを退治した直後のアーデニアと、人間に襲われ避難してきた後のエルフたちの集落。どう考えても後者の方が厳しい状況だ。シャディムは俺が困難な状況にあるのが楽しいのだろう。人間と和解したい魔王の部下だとは思えない男だ。
「不安も理解できますが、問題ないと思いますよ。あなたも魔王様の部下なのですから、攻撃されるようなことはあまり、ないでしょう。それよりも・・・」
今までは考えながら会話していた様子のシャディムが、急にこちらに向き直ってきた。表情もいつになく真剣に見える。
「これだけの人数がいると、情報の価値はとても大きくなります。今の、ここでの会話はアルトさん以外には話さないように、お願いしますよ」
情報の価値。その重みは俺もこの世界に来てから痛感している。しかし、それはシャディムの言っていることの逆だ。いかにして情報を伝えるか。それが組織間で認識を共有するために必要だと思っている。
「それなら、なおさら伝えた方が良いんじゃないのか?」
「確かに、私たちにとって重要な事項ではありますが、それは人間たちにとっても同じ事です。どこで敵が聞いてるかわかりませんから、我々とエルフの代表だけで共有すべきです」
「人間が聞いてるかもしれないってことか。そんなこと可能なのか?」
「不可能です。私が知る限りでは、ですが。・・・例のゴーレムも勇者を召喚する魔法も、我々の情報にはありません。人間に対して、警戒しすぎということもないでしょう」
自分たちが知らないだけで存在するかもしれない。その考えは間違っていないだろう。ましてやシャディムは四人衆の一人という責任のある立場だ。それでも、その慎重さに意外性を感じてしまったのは、俺に対する余裕そうな態度のせいだろうか。てっきり、人間全てをみくびっていると思ってしまっていたが、そうでもないようだ。
「わかったよ。具体的な情報は話さないように、エルフと交流すれば良いんだな」
「はい、今はそれでお願いしますよ。万が一のことも考えられますから、武器は持ち歩いてください。私は滞在中、ここの防衛を見直しておきます」
エルフたちの集落に到着した日の打ち合わせはこれで終了した。人間たちの動向やゴーレムのことは気になるが、考えたところで仕方がない。最悪の場合、戦闘になったとしてもシャディムがいる以上はなんとかなる。少なくともシャディム本人や魔王はそう判断している。俺はエルフたちと交流しつつ、情報を集めよう。




