勇者と四人
魔王に連れられ城内を歩く。さっきまで一緒だった白蛇はいない。今回はあくまで、四人衆に俺を紹介する名目のようだ。普段使うよりも上の階層、扉の左右に飾られた鎧の間を通り、部屋に入る。
部屋の中は俺の知識の中では、会議室と呼ばれる部屋とよく似ていた。凹の字に並んだ机と椅子。魔王がその中央に腰を掛ける。いわゆる会議の場の社長席、一般的にはお誕生席の方が馴染みがあるだろうか。俺はどこに座るべきだろう。確実に一番の新入りなので扉に近い下座だろうか。
「ん?ああ、その辺にでも座れ。・・・もしかして、人間はそうもいかないのか?」
「なんというか。人間がというか、俺の前世の習性というか・・・」
この世界でしばらく生活しているが、俺は未だに前世での習慣が抜け切れていないような気がする。今回は説明が面倒だし、魔王が言っているので横に座らせてもらおう。
「じゃあ、ここで。・・・確か四人衆との顔合わせだったよな。今さらなんだけど、四人衆ってどうやって決めてるんだ?」
「そういえば、ちゃんと説明していなかったか?四人衆は各世代の魔王に認められた実力者のことだ。決め方には特に決まりはないな」
俺はヴァミリスのことを知っているので、実力については疑ってはいないつもりだ。しかし、逆に言えば実力しか知らないとも言える。単純な好奇心ではあるが、決まりがないのであればどうやって任命しているのだろう。
「ヴァミリスと、もう一名は私が指名した。他の二名は先代の頃から残っているな」
「そうか。じゃあヴァミリスたちが後輩で、あとのニ人は古参なんだな」
「そうなるな。まあ、魔族はそういった年数で序列を決めるようなことはしない。そのへんも人間との価値観が異なる部分か?」
ただの雑談のつもりだったが、魔王は人間との価値観に敏感に反応している。意外というべきか、魔王はなかなかに真面目な性格のようだ。俺ももう少し魔族の価値観に慣れる必要があるのかもしれない。
そんな話をしていると、部屋の扉が開いた。しかし、誰も入っては来ない。
「ちょうど来たな。こいつが四人衆の一人、ナスターシャだ」
魔王の視線の先をよく見る。目の前の机に遮られ隠れていたが、確かにそこにいる。一メートル程度だろうか。子供ほどの身長の魔族、なのだろう。長いブラウンの髪は人のようではあるが、その関節は球体のようなつくりになっているようだ。前世の知識で例えるのであれば高級そうなフランス人形に見える。
「そちらの、彼女?が四人衆なのか?」
「そうだ。人形に宿っているだけなので性別はわからんがな」
人形は俺を一瞥した後、少し硬い動きで魔王に会釈している。感情の感じられないその姿は、まさに魔王の言う通り生物ではないことが伝わってくる。
「なるほど、魔族の幹部だけあっていろんなのがいるんだな」
「まあ、特に異例だなこいつは。私が指名した一人だしな」
ヴァミリスと、もう一人の魔王が指名した四人衆。それが彼女だそうだ。つまりはヴァミリスほどの実力者、という認識でいいのだろうか。
彼女は何も発言しない。そもそも発声器官がないのかもしれない。意思疎通はなんとなく魔法で何とかしそうなイメージだったが、違うのだろうか。また、普通に部屋に入ってきたが、あの身長で扉の開閉に支障はないのだろうか。
気になることはいくつかあるのだが、相手は人間ではない。魔族相手に言ってはいけないことがあるような気がして少し聞きにくい。もしかしたらあの身体が彼女のコンプレックスかもしれないので、下手なことは言わない方が良いだろう。
人間同士ですら意外なことで争いに発展したりもするのだ。魔族たちのコンプレックスについては、今度魔王か白蛇にでも聞いてみようか。
「残りの二人もすぐに来るだろう」
「え?三人じゃなくて?」
「ああ、ヴァミリスはまだ任務で外出中だ」
ヴァミリスは俺との試合の翌日、勇者対策に出かけていた。勇者対策とは、倉宮たち勇者パーティーとの交渉や足止めだろうか。倉宮は俺以上に強かったので心配ではあるが、戦いに行ったわけでもないし、他でもないヴァミリスであれば問題ないだろう。
続いて次の魔族が入ってきた。今度は一見すると普通の白いドレス姿の人間の女性に見える。しかし、当然そうではない。よく見ると丸みを帯びたスカートに見えた部分は、生き物特有のつやがある。軟体動物の触手のような異形の下半身を持っているようだ。上半身もよく見ると異様に白い。白蛇のように色白な人間といった風でもない。明らかに人間離れした白さだ。
「魔王様、お待たせしました。・・・そちらが例の人間ですね」
「ああ、そうだ。あとで改めて紹介はする」
「初めまして、田所祐一だ。これからよろしく」
「ええ、よろしく。田所さん。私はアリシエルです」
今さらではあるのだが、俺はこの中では一番新入りなのだから敬語を使うべきだった気がする。魔王に対しては敬語を使わないように言われていたため、失念していた。アリシエルは人間基準では外見が整っている。そのため、人ならざる相手だとわかってはいるが、ちょっとしたミスでも少し気恥ずかしい。
「うむ、ちょうど揃ったようだな」
彼女が入ってきてから扉は開いていない。しかし、魔王のそばに見知らぬ魔族がいた。
黒づくめな服装の長身の男性。山羊のような曲がった角は、俺の知識にある悪魔と呼ばれる存在の特徴と一致する。それ以外は普通の人間にしか見えないが、彼が四人衆最後の一人と思って間違いないだろう。
その男性は俺を一瞥し、すぐに視線を魔王の方に戻す。魔王城で生活してしばらく経つが、今までで一番冷たい視線だったように感じる。彼が本当に悪魔であれば、やはり人間のことは対等な存在とは思っていないのかもしれない。
「・・・魔王様。揃ったのであれば始めましょう」
「ああ、そうだな」
男は俺について、特に言及はしなかった。そのまま会議を始めるようだ。俺は四人衆に会わせる、としか聞かされていないので、話に置いて行かれている感じがしている。
「今日の話は大きく分けるとニ点だ。まずはこの人間、田所の紹介。それに伴う人間との関係変化。そして、二つ目は外敵についての報告だ」
こうして会議が始まった。俺と、マジックゴーレムの一件を共有するのが主目的のようだ。
「田所、改めて自己紹介を・・・」
「ああ、俺は田所祐一。アルティミシアで勇者として召喚されたけど、今は魔王たちの味方だ。これからよろしく」
結局、敬語を使いそびれてしまったが、誰も気にしている様子はない。魔物ゆえの実力主義の結果だろうか。俺は仮にも魔王の紹介だから誰も口出しする気がないのかもしれない。あるいは俺に関心がないだけだろうか。
「彼のことは、まあいいでしょう。人間との関係の変化とは?」
少なくとも悪魔のような男は後者だったようだ。新入りなどどうでもいいから話を進めたい、というのが態度に現れている。
「ああ、田所を含む四名の活躍でアーデニアとの交友関係を結ぶことに成功した。その際に、今後は我々は魔族という呼称を名乗ることになった。簡単にいうと意思疎通できない魔物との区別のためだな」
四人衆の反応はまちまちだった。無反応から不満そうなものもいる。眉を顰めているのは当然、あの悪魔だ。
「ひとまず、細かい説明は後にさせてもらう。もう一つの報告も関係した話なのでな」
続いてマジックゴーレムの件の説明中だ。こちらについては多かれ少なかれ動揺が見られる。最も反応が大きかったのは、人間の仕業である可能性が高いという部分だろうか。
「なるほど。そのゴーレムの危険性の共有が必要だったのですね」
「うむ。強者であっても厄介な相手だ。情報の共有は最優先だと思ってな。それに、仮に組織的な行動であるのなら、あのゴーレムが一体だけとも限らん」
アリシエルがマジックゴーレムについて魔王と話す。彼女には特に思う部分があったらしい。
「再生能力があろうと一撃で完全に破壊できれば問題はないようですね。それが難しい部下たちには、逃走も視野に入れるように伝達しましょう」
マジックゴーレムの話はまとまってきたようだ。ナスターシャ以外のニ人は魔王と細かい確認をしている。俺が司書さんから聞いてきた、断絶の魔法のことも共有されてゆく。
そうしている間も悪魔のような外見の男は不機嫌そうだ。初対面の俺には、それが通常の状態なのか判断しかねる。俺の被害妄想でなければ、俺に対しては敵対心すら向けているような気がする。
ゴーレム対策の会話が終わり、一段落といった雰囲気だが、まだ説明されていないことを当事者の俺はしっかりと覚えている。
「あとは、先ほども話した人間たちとの件か」
この場のトップである魔王が話を切り替える。俺としては相手が上司、あるいは先輩三人に相当するであろう、四人衆たちなので正直なところ少し居心地が悪い。付き合いのあるヴァミリスがいれば少しは違っただろうか。
「そのことなのですが、魔王様。その田所という人間は信用して問題ないのですか?」
俺が感じていた敵意は妄想ではなかったらしい。彼はやはり、俺のことを警戒している。勇者であることを伝えた以上、仕方のないことか。
「田所が人間の・・・アルティミシアの回し者だと?」
「彼は人間の勇者なのでしょう?可能性は考慮するべきかと」
「まあ、そうかもな。しかし、こいつは白蛇に保護された時には死にかけていたらしい。その可能性は低いだろう。まさかそれも人間の偽装だと?」
「・・・いえ、魔王様が考慮した上での判断なら、問題ありません。ただ可能性は考えておくべきかと思っただけですよ」
一応は納得してくれたらしい。しかし、あの様子は前世で見たことがある。納得はしてないが、上司の判断なので従ってはおきますよ。そういう態度な気がする。
「それに彼は、すでに結果を出しているのでしょう?今さら考えなくても良いでしょう」
男とは対照的に、アリシエルが擁護してくれている。しかし彼女も俺の味方ではない気がする。その冷静な口調は、中立というよりも結果主義なのかもしれない。
「ええ、わかっています。ただ、自分で試してみても良いでしょう?ちょうど頼みたい仕事がありますからね。人間である彼に相応しい内容かと」
「そうか、例の件か。悪くはないが、人間がいると話がこじれかねないのでは?」
「ええ。ですから責任を持って、私が同行しますよ」
何の話か分からない内に仕事が増えようとしている。そういう認識で正しいのだろうか。しかも、それなりに重要な案件の雰囲気だ。
「なあ、その例の件ってのは?」
「ええ、ちょっとした諍いですよ。人間とエルフのね」
俺がたまらず話に割って入ると、男が心底楽しそうに答えた。これまでで最も邪悪な笑顔で・・・。
更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。
大筋はできているのですが、固有名詞を考えるのが苦手過ぎて時間がかかってしまっています。




