剣と技
四人衆、それは魔王に次ぐ程の強者にのみ許された称号。しかし、俺は竜種の強靭な肉体を持ち得ぬ存在。優れた親と、兄たちとは違うのだ。ずっと、そう思って生きてきた。強者である兄たちは俺を守ってくれたが、俺は、本当は対等に接したかった。
「素晴らしい実力だな。名前は何という?」
俺の考えを変えたのは現魔王。ヤツは俺と同じく人間と大差ない体格だが、驚くほどの力を秘めていた。それも、生まれ持ったものではないという。にわかには信じられなかったが、俺はヤツに対抗心を燃やした。きっと魔王に自分と同じ、何かを感じていたのだろう。
貧弱な俺にできることは、ひたすらに技を磨くことだけだった。繰り返し剣を振るい、戦い、時には死にかけ、腕を磨き続けた。そしてついに、魔王から四人衆の名を授かった。栄誉あるこの称号を。
それをこの悪魔たちも、勇者も随分と舐めてくれているようだ。たかが三倍程度の頭数で、少し魔力を取ったくらいで、俺を倒せるなどと思っている。俺の技を、そしてこの剣を見くびったことを後悔させてやる。
「格下ども!これで俺との差が減ったつもりか?もしそうならまとめてかかってこい。絶対的な力の差を教えてやる」
「コイツ!大した魔力もないくせに!」
「どっちが格下か教えてやるよ、クソトカゲェ!」
こんなわかりやすい挑発に乗るとは思っていなかったが、動き自体は予想した通りだ。腕を失った女の悪魔が中距離から魔法を放ち、残りの二人が接近戦を仕掛けてくる。少し気に食わないが、確実な勝利のために、俺もあの人間を見習おう。敗北から学ぶのも、強くなるためには重要だ。たとえ、この程度の相手に弱者と思われようとも、一度下がる必要がある。
そう、大事なのは緩急だ。悪魔を一匹だけ倒しても意味はない。下手に追い詰めて、残った二匹が勇者を狙いにいっては面倒だ。奴らが負けを確信する前に、詰みにさせてみせよう。悪魔たちは仲は悪いように見えるが、決して同士討ちはない。だからこそ、ここまでは立ち位置を調整し、同時に戦うのを二匹までに抑えられた。つまり、壁さえ残しておけばに十二分に立ち回れる。
後ろに飛びのいて距離を取る。挑発に乗った男の悪魔だけが上手く釣れる。慎重派な無口も、近接攻撃ができなくなった女も各個撃破を警戒し、急いで近づいてくる。これだ、ここがチャンスだ。少ない魔力で長期戦はできない。俺が引き、相手が追ってくる。この瞬間に全てを出し切る。
「死ねぇ!」
まずは男の悪魔。今は俺も、身体能力の優位性はない。肉を切らせる必要がある。魔力を宿した悪魔の右腕。それをすれ違うようにギリギリで回避する。掠った左肩に痛みが走るが、動きに支障はない。至近距離のまま剣を振り下ろし、胸を大きく切り裂く。今は命までは奪わない。
次に接近してきていた無口な悪魔に、瀕死の悪魔を突き飛ばす。案の定、スキを作ってまで回避をしている。もたついていれば女に挟撃される。ここで決めるしかない。
横に一閃。しかし、手応えが鈍い。こいつは他の二人よりは頭が回るらしい。右腕全体に魔力を纏わせ防御している。さっきの男の悪魔のように、攻撃のための槍のような一点集中の魔力ではない。防御のため、盾を持った腕に全身の筋力を集中するような守りの構え。
今の俺では純粋な魔力では勝負にならない。これで時間を稼ぎ、女の悪魔を待っているのだろう。これで防げた気になるとは、本当に俺を見くびっている。魔力が足りないのであれば、魔力の少ない場所を狙うまでだ。
無口な悪魔に対し上下左右から連続で切り込む。悪魔はかろうじて右腕で受けきっている。やはり魔道具である俺の剣を受け切れるのは、魔力を集中した右腕だけのようだ。俺にも余裕はない。攻撃パターンを掴みかけて余裕を見せ始めた、目の前の悪魔を驚かせてやろう。
これまでと同じように剣を切り上げ、防がせる。今までであればすぐに剣を振り下ろすか、横に払って攻撃をしていた。だからこそ、ここで俺は奴の足を蹴り払う。振り上げだ後の剣を警戒する余り、足元に注意が向いていないのがバレバレだ。転倒しながらも首や喉の急所に腕を添えて守っているようだ。しかし、問題ない。相手が倒れる最中であろうと正確に胸を貫くことは俺には容易い。
「うぐっ!」
仕留めた。いや、相手が悪魔なら魔力さえあれば回復はできる。もちろん、そんな余裕を与える気はない。しかし、その前に女の悪魔に視線を向ける。これまではもう一体を壁にして、攻撃をためらわせていた。向かってくる分には捌いて見せるが、先ほどの謎の魔道具のこともあり、何をしてくるかがわからない。
しかし、悪魔はさらに想定外の挙動を見せた。消えたのだ。霧散したかのように塵となって、見えなくなった。残った悪魔たちも同様だった。失敗した。最初に消えた悪魔に気を引かれていなければ、無口な悪魔にだけはとどめを刺せていたというのに。
「逃げられた、か」
「ヴァミリスさん!大丈夫ですか?」
勇者が俺に駆け寄ってくる。悪魔が出てくる前の警戒心はないように思える。一人の男だけは鋭い目つきのままだ。邪魔は入ったが、まだ俺の仕事は終わっていない。
「心配はない。だからさっきの話の続きをしたい」
魔王には敵対心はない。だから引き返せ。素直に聞いてくれるとは思えないが、必要なやり取りだ。
「えっと、そう言われましても・・・」
「おい、もし俺たちが魔王の元に向かうなら、お前はどうするんだ」
俺を睨んでいた男が敵対心を隠さずに口を出してくる。先ほどの態度を見るに、魔物への敵対心が特に強いようだ。このような男が、人間たちの代表であるはずの勇者の仲間にいる。こちらが考える以上に、人間たちとの間にある壁は厚いのかもしれない。
「そうだな。・・・うむ、何もしない。今は、だがな」
今回の任務は勇者たちの足止めと帰還の勧告のみだ。ましてや勇者たちを殺してまで止めても、得るものはない。
「いずれは力づくで止めに来ると、そういうことか?」
「さあな。俺は魔王様に任務を任されただけだ」
男はそれ以上言わない。だが、俺が弱っているのを知っている。今、ここで俺を殺したいのだろう。普段であれば四対一でも負ける気はしない。しかし魔物である以上、魔力の減少は無視できない。おそらくだが、種族によってはさっきの球体だけでも命を落としかねないだろう。人間にとっては大量の血液を失うようなものだろうか。
「まって、グレイス!ヴァミリスさんがいなかったら、私たちも危険だったんだし・・・」
「それに、さっきの悪魔たちは私たちと魔王が和解するのを邪魔しに来てたように思う」
魔法使いの女が言うように、悪魔たちは俺と勇者たちが会話をしているときに仕掛けてきた。理由は知らんが、その考えは間違っていないだろう。
「だからって、魔王が信用できるわけではないだろ!」
押し問答だ。魔物であれば弱者を従わせれば済む話だが、人間の、それも勇者一行はそうもいかないのだろう。要件は伝えたのだ。それに俺にも余裕がない。さっきの一件は早く魔王に伝えたい。ここは撤退することにしよう。
「あとは勝手にしろ。お前たちの話し合いに興味はない」
「待て、魔物!」
腕を上げ、合図を出す。上空に待機させておいた部下への撤退のサインだ。急降下しつつ正確に俺の腕を掴む魔物、ワイバーン。こいつは俺の親戚でもあるが、今は一応部下である。戦闘能力も高いのだが、今回は戦いにきたわけでもないので待機させていた。
勇者一行はしばらくは放っておいても問題はない。敵対感情はあるだろうが、話が通じない相手でもなさそうだ。直接アルティミシアに交渉役を送る手もあるだろう。問題はあの悪魔たちの方だ。
勇者たちだけでなく、魔王の部下である俺にも明確な殺意があった。目的は人と魔の争いの激化というのが最もありそうだが、それだけであれば勇者たちと俺、どちらかのみを狙った方が確実だったはず。このタイミングで仕掛けてきたのはなぜなのか。
そして、もう一つの懸念点。あの悪魔たちの使った魔道具だ。あんなものは聞いたこともない。剣技を使う俺だから影響は少なかったが、四人衆であっても大幅な弱体化は避けられないだろう。それに、悪魔たちの言動を思い返すと、女の悪魔も同じ物を持っていた可能性もある。あんなものが大量にあれば人間と魔物の力関係が変わりかねない。
いずれにせよ魔王への報告は急ぐべきだ。第三勢力と思われる悪魔と謎の魔道具。人と魔物が争っている場合ではなくなり始めているのかもしれない。
「なるほど。つまりは勇者の取り巻きにも、魔王の手の者にも被害を出せず。奥の手も見せたうえで、まんまと撃退されたと。そういうことですね?」
とある人間の領地。薄暗い地下室の一つに四人の悪魔がいた。その内三人は修復されたばかりの体で跪いている。残りの一人は憤りを隠そうともせず、不機嫌そうに言葉を投げかけている。
「はい、おっしゃる通りです。申し訳ありませんでした」
十数分前とは別人のような態度をとっているのは、金髪の若い男の悪魔だ。他の二人も反論せずに黙って話を聞いている。
「最悪でもどちらかは潰してほしかったが、まあ仕方がないですね。私の指示が悪かった。あなた達には、もっと単純な仕事を任せるべきでした」
悪魔はかつての自身の指示に対して、悪びれた様子もなく独りで言葉を続ける。
「しかし、よりにもよってヴァミリスか。魔王め、私たちに感づいている?他の連中であれば魔吸石で何とかなったハズ・・・」
その悪魔の独り言を止める者はいない。魔物の階級は単純に戦闘能力、あるいは魔力量で決まっている。他者に口出しをさせない程の大きな差がそこにあった。
「まあ、いいでしょう。今度は私も動きます。元より勇者には、役に立ってもらう予定でしたしね」
思い出したように周囲に語り掛ける悪魔の表情には、確かな余裕が戻っていた。




