竜人と悪魔
アルティミシアの城下町を出て一週間ほど。たくさんの魔物を倒し、ようやく隣国の領地に足を踏み入れる。そんな時だった。
「ミリアス、あそこに誰か居ない?」
この世界では国の境界線の多くが、山や森などを目印としているらしい。前世の出身地、日本でも県境はそうやって決めることがあったそうだ。当然、山は避けて進みたいので、現在の行先は国境の山が低い部分だ。
国境とはいえ現在は人間同士の争いはないらしく、関所のようなものは建てられてはいなかった。比較的何もない場所なので、ポツンと立っている人がいると妙に目立つ。あれは人か魔物か。危険な相手かもしれない。こういう時には遠視の魔法を持つミリアスの出番だ。
「あれは・・・。人に見えるけど魔物。どうする?近づく前に仕掛ける?」
「うーん、話ができない相手には見えないし、このまま行こう。魔王の目的なんかもまだわかってないんだし・・・」
「どうせ、戦うだけだと思うがな」
グレイスだけは納得してない様子だが、異論はなかった。なので普通に歩いて近づく。普通の人間にしか見えなかった相手の姿が少しずつ見えてくる。
胸や肩のみを守る、比較的軽装な鎧に身を包んだ鱗を持った女性の魔物だ。尻尾もあるが、体の背後に隠れていたため、遠目には人間に見えたようだ。腰には剣を下げており、鋭い眼光は一直線にこちらに向けられている。正直、戦う気にしか見えない。だが一応は会話を試してみよう。
「あの、私たち、そこを通りたいんですが・・・」
「ああ、知っている。勇者、確か倉宮だったな?」
こちらのことを知っている。その上で仕掛けてくるでもなく、私たちを待ち構えていた。一瞬で背後の仲間三人の警戒が強まったのが伝わってくる。
「そうですが、私たちと戦う気、ですか?」
私も剣に手を掛ける。相手は一人。しかも、これまで戦ってきた魔物に比べてずいぶんと小柄だ。だが、とてつもない強さを秘めている。根拠はないが、なぜかそうとしか思えなかった。
「いや、戦いにきた訳ではない。俺はヴァミリス。魔王様の考えを伝えにきた」
ヴァミリスと名乗る魔物には、本当に争う気はないような気がする。警戒を解くわけにはいかないが、話は通じるようで安心した。
「魔王様は人間と対等かつ、平和的な関係を望んでいる。それについて、改めてこちらから使者を送る。今はアルティミシアに帰ってもらいたい」
「ふざけるなよ。魔王のせいで俺たちの領地は襲われてるんだ。それを止めるために俺たちは魔王に会いに行く!」
真っ先に答えたのはグレイスだった。父が大貴族らしいので、魔物たちの被害について
特に思うことがあるのだろう。
「待てよ、グレイス。気持ちはわかるが交渉で済むんなら、それに越したことはないはずだ」
「うん、これは貴重な機会」
私もルーカス、ミリアスと同じ考えだ。ようやく訪れた交渉の機会。無駄にしたくはない。私たちに何かしらの決定権があるわけではないが、無意味に関係を悪化させることもないだろう。
「でも、それならどうして、人間の土地で暴れる魔物が増えてるんですか?私たちの仲間もそのせいで・・・」
「ああ、それについてだが」
ヴァミリスが話を始める。その時、私たちの会話を邪魔するように爆発音が響いた。私たちを挟む左右の山、それの上部で何かが爆発したようだ。私たちに向かって大小さまざまな岩が猛スピードで襲い掛かってくる。
「なにっ!?」
「みんな!後ろに!」
驚いた様子のヴァミリスと、とっさに魔法を唱えるミリアス。こういった非常時の立ち回りは決めてある。ミリアスと私が障壁の魔法を両側に発動し、盾にするのだ。彼女がとっさに指示をくれたおかげで、私は反対側に魔法を発動すれば良い。
グレイスとルーカスも私たちの間に避難し、目立った被害は出なかった。異常なのはヴァミリスと名乗った魔物の動きだ。彼女は魔物の人間離れした筋力を活かすでもなく、反射神経と足捌きにものを言わせて全ての岩を回避して見せた。
「やっぱりアイツの罠だ!」
岩が途絶えるかどうかのタイミングでグレイスが怒鳴る。そう思うのも不思議ではないが、私はヴァミリスの驚いた様子と岩に対処する姿を見ている。おそらくだが第三者の仕業ではないだろうか。
「わからない。けど、あの魔物も巻き込まれてた」
ミリアスにも様子が見えていたようで私の発言を代弁してくれた。ルーカスは複雑な表情で、判断しかねているようだ。次に言葉を発したのは私たちではなかった。
「勇者!今のはお前たちの攻撃ではない。それで良いんだな?」
彼女も第三者の攻撃と確信しているようだ。それに私が答える。
「はい!あなたでもないんですよね?」
「無論だ。・・・おい、いるのはわかっている。三匹だな?さっさと降りてこい」
ヴァミリスに応え、山の上から二人、そして私たちの背後から一人の魔物が姿を現した。ちょうど、私たちとヴァミリスを取り囲む形だ。
「チッ!魔物はともかく人間一匹も仕留めてないか」
「だから言ったんだ。先にどっちか潰せってよ!」
「・・・・・・」
最初に口を開いたのは小柄な少女。左右に縛ったボリュームのある髪は手入れが大変そうだが、その必要はないのかもしれない。尻尾と角が彼女が人間でないことを証明しているからだ。
二人目の男は言いながら地面を蹴りつけていた。金髪の若い男性のような魔物からは、口調も相まって強い怒りを感じる。
三人目は他の二人と比べると体躯が良い。前世でいうところの、ボディビルダーのような立派な筋肉だ。他の二人とは異なる雰囲気の大柄な男は、静かにこちらを観察し警戒している様子だ。
多少の違いはあれど、三人とも一対の角と羽、一本の尻尾が共通している。その姿は前世でも見たことがあるような気がする。まさに、悪魔と呼ぶにふさわしいものだ。
「あんたも納得したでしょうが!」
「してねえよ、多数決で仕方なく、だ!お前らのせいだからな!」
「・・・・・・」
二人の悪魔らしき魔物は本格的に言い争いを始めそうだ。三人目も口を出す気がないようで、我関せず。どうするべきか悩んでいると、ヴァミリスが口を出す。
「お前たち、いきなり仕掛けてきて何のつもりだ」
「はあ?あんたらが邪魔だったに決まってるでしょうが。四人衆だかなんだか知らないけど目障りなのよ!」
「そうか、わかった。俺が魔王様の配下と知っての攻撃だった。それで良いんだな」
四人衆。曖昧なうわさでしか聞いたことはないが、魔王の部下の実力者らしい。つまりは魔物同士の仲間割れということだろうか。
「もういいだろ。全員消す!バレた以上はどうせやるんだろ!?」
「俺もそれで良いぞ。まとめてかかってこい」
ヴァミリスもやる気らしい。私たちはどうするべきか。いきなり攻撃してきた三人よりは、取引できそうなヴァミリスに加勢したいところではあるが。
「ヴァミリス、さん。私たちもやります!分担しましょう」
「要らん。さがっていろ」
一蹴されてしまった。先ほど見た彼女の動きであれば実力は確かだと思うが、相手は実力の未知数な魔物たちだ。一対三ではあまりにも分が悪い。
「言ったはずだ。魔王様にはお前たちと争う気はない。ここで死なれても迷惑だ」
しばらく旅をしてわかったことだが、勇者とは人間たちにとって魔王に対抗するため、精神的にも戦力的にも貴重な存在だ。彼女の言う通り、私たちが死ねば争いの激化は避けられないだろう。
「どうでもいい!どうせどっちも死ぬんだ。先にトカゲからやってやるよ!」
男の悪魔がヴァミリスに襲い掛かった。ヴァミリスはすさまじい反応速度で抜刀し、応戦する。悪魔の方は素手に見えるが、互いに剣を使用しているような金属音が鳴っている。上位の魔物、とりわけ人間のような外見のものは、魔力の扱いに長けると聞いたことがある。きっとそれを応用して戦っているのだろう。
二人が打ち合っているところに、残った二人の悪魔も加わる。多勢に無勢だ。ヴァミリスさんはああ言っていたが、私たちも参加するべきだろう。
「やめとけ、倉宮。せっかく魔物同士でやり合ってるんだ。手出ししなくていいだろ」
「でも、あの三人よりはヴァミリスって人の方が話が通じるんじゃ・・・」
「私もそう思う。けど彼女の言う通り、倉宮は失えない。あの三人も厄介そうだし、ギリギリまで様子を見よう」
グレイスとルーカス。二人から言われると反論できない。悩んでいるとミリアスと目が合う。彼女とはヴァミリスさんに対する見解が一致しているし、非常時には動いてくれるだろう。それでも不安は大きい。
ヴァミリスさんは三人に囲まれないように上手く立ち回りつつ、三人の悪魔を同時に相手にしている。ここまでの実力を持った魔物はこれまで見たことがない。ヴァミリスさんはもちろん、悪魔たち一人一人が今まで戦ってきた大型の魔物よりも厄介なように見える。今まで人間より身体能力の高い魔物相手に勝てたのは、知能が低く的が大きかったからだ。人間ほどの身長で、ここまで知能の高い魔物とは戦ったことがない。
一人と三人は対等に戦っているように見えるが、無傷のヴァミリスさんに対し悪魔たちは少しずつ切られ、ダメージを受けている。彼女の言う通り、私たちが手を出さない方が被害が出なくて良かったのかもしれない。始めは勢いのあった悪魔たちにも少しずつ焦りが見えてきた。
「クソッ!仕方ねぇ、あれを使え!」
少女のような悪魔に言葉が掛けられる。ヴァミリスさんだけでなく、私たちにも緊張が走る。大規模な攻撃魔法という可能性もあるからだ。しかし、魔力に真っ先に反応するミリアスが動じていないので、その可能性は否定される。
次の瞬間、ヴァミリスさんが振り向きざまに少女の悪魔を切りつけた。振り向きざまの勢いを乗せた華麗な攻撃だ。死角から襲い掛かったはずの少女の両腕が宙を舞う。
「ぎゃっ!」
さすがの悪魔も動揺を隠せないようだ。だが直後に、無口な悪魔がヴァミリスさんに背後から何かを投げつけた。野球ボールほどの大きさの球体。一瞬だったが、金属を思わせる光沢があったような気がする。
「危ない!」
危険を伝えたかったが、あまりに急だった。それでも彼女は驚くべき速度で正確に対処した。先ほどのように、背後の物体を正確に両断して見せた。だが、その物体は機能を停止してはいない。
「なにっ!?」
ヴァミリスさんも驚いている。あれは魔物たちに共通する道具ではないらしい。半分に割れた球体は空中に留まっている。そして、ヴァミリスさんから何かを吸い出しているように見える。それが何かはわからないが、あれが悪魔たちの奥の手と思って間違いないだろう。憶測だが状況的に、一人一つ持っているのかもしれない。
「ミリアス!あれは?」
「わからない。だけど不味い。彼女の魔力が吸い取られてる」
魔物は名前の通り、魔力を持った生き物だ。それが不足すれば大幅に弱体化し、最悪の場合は死に至る。ミリアスからそう聞いていた。いくらヴァミリスさんが悪魔たちより強くても、彼女が魔物である以上、魔力はなくてはならない。弱体化は避けられないだろう。
「みんな、いこう!いくら強くても、このままじゃ・・・」
「来るな!勇者!」
私の声に答えたのは他ではない、魔力を奪われたヴァミリスだった。しかし、人間の私から見ても彼女の顔色が悪くなったように思う。動きにも先ほどまでのキレがない。
「でも!」
「要らん、何度も言わせるな」
判断に迷い、ミリアスと顔を見合わせる。彼女は私と同じく、この戦いに参加する意思があったはずだ。しかし、今は首を横に振っている。
「未知の道具を使う悪魔。危険すぎる」
相手は普通の悪魔ではないようだ。今はミリアスも警戒心を持ってしまっている。確かにこれまでの敵はいずれも、単純な鈍器程度しか持っていなかった。しかし、あの悪魔たちは人間も知らない道具を扱っている。それほどの相手に一人でも立向かうべきか。勇者は人々の希望だ。それはこれまでの旅で私にも理解できている。今は危険を承知で戦うタイミングではないのか。
どんなに考えてもわからない。魔物とはいえヴァミリスさんを助けるべきではないのか。勇者として、魔物を切り捨ててでも、人間のために立ち回るべきなのか。悩んでいると不意にヴァミリスさんと目が合った。
彼女の眼は、とても追い詰められた者のそれではない。そもそも私がヴァミリスさんを助けたいと思ったのは、彼女を信じたいと思ったからだ。まともに会話のできる彼女であれば、人と魔物の懸け橋になると信じたかったからなんだ。だから、私は再び彼女を信じることを決意した。




