模擬戦と魔導書
「実は僕、田所さんに手合わせしてもらいたかったんです!」
新しい魔法を試した後、ギルバートと模擬戦をすることになってしまった。彼らは彼らで今回の一件に思う部分があったらしく、模擬戦を頼まれた。ルールはヴァミリスの時と同様なので、ギルバートのスキを突いて、剣を突き付ける必要がある。セントールの姉弟たちはヴァミリスの件で俺を過大評価しているような気がするのだが、弱音を吐いても仕方がない。今の自分の力を確かめるつもりで臨もう。
「では、試合開始!」
「田所さん、いきますよ!」
コーネリアの合図で、ギルバートが木の棒を構え突進してくる。彼の強さを知っているためか、かなり迫力がある。対する俺は木の剣を片手にタイミングを窺う。普通にやりあっても勝てる気がしないので、タイミングを見計らって何らかの魔法を使うしか勝ち目はないだろう。
ギリギリで攻撃を回避し、反撃を食らわせる。つもりだったのだが、そうもいかない。ギルバートは棒で槍のように突くのではなく、両腕で大きく薙ぎ払ったのだ。かろうじて防御は間に合ったが、俺とは力も早さも段違いだ。かろうじて攻撃を防いでも、体が後方に大きく吹き飛ばされる。
追撃を警戒する場面ではあるが、あちらは馬の脚力で走っている。すぐには方向転換できない。大きく円を描いて俺に向かってくる間に体勢を立て直せた。それでも何度も食らうわけにはいかない。すぐにでも魔法を決めなくては、発動させるための時間も稼げずに負けそうだ。
しかし、どの魔法を使えば勝てるだろうか。幸い足場は石畳なので粘着の魔法は効果的ではある。それでも彼の強靭な身体なら、すぐに足場を壊し再び向かってくるような気がした。何より、猛スピードで走る彼の足場に、ピンポイントで魔法を当てるのは難しい。
次に、加重は効果範囲が限られる魔法だ。今回のように動き回る相手には一瞬の時間稼ぎにしかならない。しかも、相手の木の棒の方がこちらの剣よりもリーチがある。その一瞬では勝負を決めさせてはくれないような気がするのだ。有効な魔法がなく、お手上げな気さえしている。
火球、加速、筋力の魔法。いずれも彼との身体能力の差の前では心もとない。では新しい魔法に頼るしかないだろう。さっき教えてもらった魔法はまだ習得できてはいないが、魔導書が手元にある。つまり、本を片手にして時間さえ稼げれば魔法を発動することはできる。問題は時間の稼ぎ方だ。
当然走っても一瞬で追い付かれる。今さらだが今回も事前に魔法を使わせてもらうべきだっただろうか。そう考えている間にもギルバートの強烈な突進を防ぎ、再び後方に吹き飛ばされる。両手で剣を持ち、防御に専念してこの調子ではのんびり本を構えていれば一撃で倒されるだろう。
仕方がないので、ひとまずは持っている魔法で時間を稼ぐしかない。習得済みの魔法であれば時間は掛かるが、剣を持ったまま発動はできる。ここで使うべきは加速の魔法だ。
攻撃に耐えながらかろうじて魔法を発動させる。習得済みの魔法であれば十秒ほどあれば発動可能だ。習得できていない魔導書の魔法は発動に三十秒は掛かると考えておく。魔族には魔力が見えるということなので、魔法の発動はギルバートにも知られているだろうが、対象は自分なので回避される心配はない。そうして加速の魔法の発動に成功する。
この魔法で対等に戦えれば苦労はないのだが、パワーが段違いなのはどうしようもない。魔法の強化があっても、ゴーレムを破壊しかねない相手と正面からやり合うのは分が悪すぎる。この加速状態はあくまで繋ぎと割り切るべきだ。
これまで通りギルバートが攻撃し、駆け抜けていく。ここで加速を活かすしかない。俺を吹き飛ばした勢いのまま走るギルバート。その背後を走って追いかける。戦闘機のドッグファイトのように背後に張り付く。当然、相手の方が早いので距離は広がっていく。ここで俺にとっての唯一の利点を発揮する。それは小回りだ。
車が急に止まれないように、背後を取られたギルバートはすぐには向きを変えられない。再び俺と向かい合うためには大きく旋回してくる必要がある。その瞬間だけは小回りが利く俺の方が素早く動けるのだ。そのスキに再び背後に回り込む。何度も通用はしないだろうが、三十秒程度稼ぐには問題ない。
「くっ、こうなったら!」
痺れを切らしたギルバートが四つ足で急ブレーキをかける。重心も前方向に掛かっているようだ。この姿勢はテレビだかネットだかで見たことがある。俺は背後を取るのをやめ、彼の横に飛び出す。直後に、俺が走るはずだった位置に強烈な後ろ蹴りが放たれた。
ギルバートは急停止しつつ、俺の動きに合わせ器用に攻撃をしたのだ。かろうじて回避できたとはいえ、直撃すれば最悪死ぬ。空を蹴る音が、俺にそれを確信させた。
「危ねぇ!だが、俺の勝ちだ!」
「させません!」
かろうじて魔法の発動に成功した俺に、ギルバートが全力で迫る。俺が魔導書で何か企んでいることはバレている。それを阻止する魂胆だろう。だが、そのギルバートの勢いこそが俺の狙いだ。
「よしっ!ここだ!」
浮遊の魔法。効果はその名前とは少し違い、実質的には反重力の魔法だ。いきなりその場で宙に浮くわけではなく、勢いを残したまま重さがなくなる。それをすさまじい勢いで走るギルバートに掛けたらどうなるか。
彼の体はすでに魔法で重さを失っている。そのため、走るために地面を蹴った体は反作用で地面から離れていく。すでに走っていた分のスピードが維持されたままで、だ。
「うわぁあああ!」
全速力の人間を遥かに超える速度で、空中に投げ出されたギルバートは体の制御を失っている。結果として彼は頭から城壁に叩きつけられた。あの速度で壁に叩きつけるのはやり過ぎなような気もするが、俺も蹴られていれば確実に重症だったのでお互いさまと思おう。
空中で制御を失ったギルバートは頭を強打し、悶えている。俺はそのスキに彼の首元に木剣を突き付けた。
「田所さんの勝利!」
コーネリアが宣言をし、試合が終わった。多分だが、ギルバートは痛みでそれどころじゃないだろう。
「はぁ、やっぱりギルバートは強いな。コーネリアも同じくらい戦えるんだろ?」
「はい。長年、同じように鍛えてきましたので。せっかくなので試してみましょう!」
「い、いや。今はいいかな。ゴーレム対策にやりたいこともあるし・・・」
とてもじゃないが連戦は無理だ。怪我はなくとも、度重なる防御のせいで、体中にダメージが蓄積されている。それに加え、ギルバートとの戦いと同じことをするのも一苦労だし、コーネリアには手の内がバレている。正直どうやっても勝てる気がしない。
結局、やる気に満ちたコーネリアをなんとか宥め、逃げるように訓練所を後にした。彼女は俺たちの戦いを見て課題を見つけたようで、しぶしぶ諦めてくれた。あの姉弟は大事な仲間ではあるが、人間から見るとあの身体能力は反則だと思う。魔法でも訓練でもいいので、あのセントール達のような身体能力を手にできないだろうか。今後いつ、マジックゴーレムのような強敵が現れるかもわからないのだ。そんなことを考えながら俺はいつも使っている、室内の訓練所に向かった。
訓練所には俺以外、誰もいなかった。それも慣れたものだ。しかし、俺以外の利用者がいないわけではない。四人衆の一人、ヴァミリスだ。残念だが今日は彼女の姿は見られなかった。彼女にも仕事があるので仕方がないが、できることならゴーレムの件で彼女にも相談をしたかった。今となっては彼女は俺の剣の師匠ともいえる。他に人間の国、アルティミシアで世話になった、兵士長とグレイスもいるが、訓練の密度が濃いせいで剣の訓練といえばヴァミリスが頭に浮かぶ。
少しがっかりしながら素振りの準備をしていると訓練所の扉が開く。そこにいたのは意外な人物だった。
「田所さん!戻っていたんですね。少しお話しても良いですか?」
そこにいたのは険しい顔をしたヴァミリスとは対照的な、緩い雰囲気の白蛇だった。任務の直前までは普通に会っていたのだが、体感的には少し久しぶりな気がする。
「白蛇か。もちろん大丈夫。けど、ここで合うのは珍しいな。」
「そうですよね。さっきコーネリアさん達から、ここにいるかもって聞いたんです」
そういえばコーネリアとは友人らしい。任務のことを聞いて、心配して来てくれたんだろうか。
「お体は大丈夫ですか?今回も大変だったそうですが・・・」
「俺は大丈夫。でも、コーネリアとギルバートに無理をさせてちゃったよ。ここに来てからは強くなったつもりだったけど、まだダメだな俺は」
セントール達、特にコーネリアに大怪我をさせてしまったこと、戦闘要員でないラピールを戦いに参加させてしまったこと。俺の中で渦巻いていた後悔が不意に流れ出してしまった。恩人である彼女にこんな愚痴を言うつもりはなかったのに。
「大変でしたね。私も、何かできことがないかなってここに来たんです。でも、田所さんや四人衆の方みたいに強くもないし、例のゴーレム対策にもできることもないし・・・」
俺のせいで暗い流れになってしまった。そもそも話に聞く限り、彼女はそれなりの魔法の使い手のような気がする。それでも今回の騒動の原因である、ゴーレムに有効打がないことを気にしているのかもしれない。
「なあ、白蛇。今回は俺、何もできなかったしコーネリアたちだけでも勝てなかったんだ。だからもっと、協力しよう。人間とか魔物とかじゃなくて仲間としてさ。それが人と魔物、いや魔族たちの関係の改善にも繋がるはずだ」
ゴーレムの出所は不明だが、少なくとも俺は何者かの意思を感じている。元よりそのつもりだったとはいえ、魔王城内での連携はより重要になると思う。今回ギルバート達に頼り切りだった俺が言うのもなんではあるが。
「・・・協力。私にできることなんて、何があるのかわからないんです」
「少なくとも俺は白蛇に命を救われた。それに白蛇に出会えたから魔物の印象が変わったんだよ。そう!俺の成果は白蛇があってのことだ」
仮に単身、バーゲストから逃げ延びたとしてもあの怪我では助からなかったし、魔物は敵だと考えたままだったのだろう。だから別に大袈裟なことを言っているわけでもない。
「だから白蛇、今の俺はお前のおかげでここにいて、もし良ければなんだけど、これからも俺のこと・・・」
純粋に、お互い助け合っていこうと言いたかったのだが、気が付けばなにか、告白でもしそうな流れになってしまった。いや、でも悪くないのでは?今後も仕事で危険があるかもしれない。今ここで、俺の白蛇への気持ちを言葉にしてしまっても良いんじゃないか。そう考えていると、再び訓練所の扉が開いた。
「田所、いるか?・・・ああ、白蛇もここだったか。珍しいな」
魔王だ。こんな肝心なタイミングで来てしまうとは。
「は、はい。ちょっと田所さんと話でもしようかと」
「うむ、そうだったか。私は後で良い。少し待とう」
「ああ、うん。俺からはもう大丈夫だけど・・・」
冷静に考え直すと俺が一人で盛り上がっていただけな気もする。彼女からすれば、俺は偶然助けた人間でしかないのだ。もっと地道に距離を詰めるべきなのかもしれない。そう思うと妙に気恥ずかしい。
「私も大丈夫ですよ。田所さん、お話聞いてくださってありがとうございました」
白蛇は気にしていないようで安心した。いつも通りの明るい表情を見せてくれている。つまり、俺のことを意識していないのでは、とも思うが今気にすることではないだろう。
「そうか、良いタイミングだったようだな。実は田所、お前には今後のことを考えて四人衆に会ってもらいたいのだ」
魔王城の強者たち、四人衆。実はヴァミリス以外にはまだ会っていない。しかし、魔王の言う今後のこととは一体何だろうか。
設定をいろいろ増やさないといけないので、しばらく更新が遅くなるかと思います。




