日常と対策
一仕事終わって、束の間の休息が訪れた。とはいっても、平時の訓練も重要な仕事の内だ。サボる気はない。何よりもあのマジックゴーレムのせいでやるべきことが増えた。
武器に関しては魔王が用意してくれるとのことだが、戦い方や魔法については自分で考える必要がある。せっかくなのであのセントール達とも話してみたいし、司書さんに相談するのは魔王にも頼まれている。きっと今は魔王がセントールの姉弟と話しているだろうから先に書庫に向かう。
書庫は相変わらず出入りが少なく、静かなものだった。ここには数回来ただけなのに妙に懐かしく感じる。無事に帰ってこられた安心感のせいかもしれない。
「おや~、田所さんですか。あれからどうですか?」
「ああ、さっき外から帰ったんだけど、司書さんに相談したいことがあって・・・」
司書さんに教えてもらった魔法は今回も役に立ってくれた。彼なら何かしらのアドバイスをくれるかもしれない。席に着いてから今回のマジックゴーレムのことを話した。
「う~ん、それは大変でしたね。話には聞いたことがあります。確か数百年前に人の作ったゴーレムが存在したとか、しなかったとか。少なくともそこまで出来の良いものではなかったんですがね~」
「それだと、誰かが昔にあったものを改良して作ったってことかな」
「多分そうなんでしょう。わざわざ手間をかけて兵器を作るとは、もの好きですね。・・・人間が古い資料でも持ち出したのか、生き残りの魔物が作ったのでしょうかね」
司書さんの話だと当時の人間はもう生きてはなさそうだが、長命な魔物の可能性もある、というところか。しかし比較的、戦力を持たない人間たちが作ったと考えた方が魔物よりも自然な気はする。
「それで良い対策とかってないかな?俺もそうだけど、魔王の部下が襲われないような」
「う~ん、難しいですね。本来であればそういった魔物は特定の魔法に弱いんです。彼らは魔力の集まりですから、魔力を減らすだけでも効果的でした。しかし、そのゴーレムは従来の方法は通じない可能性が高いですね」
「やっぱりそうかな。考えられる弱点は消しました、って感じだったからな」
実際に物理的な攻撃、魔力切れ、核狙い。その全てが対策されていた。司書さんの言う通り、魔法対策があっても不思議じゃない。
「ああ、そうそう。1つあるとすれば断絶の魔法でしょうか。これは対象の表面の魔力の動きをなくすんです。最悪ゴーレムに効かなくても、岩に掛ければ補給源はなくなるはずです」
「そうか。周りの岩の方なら確実に魔法が効くってことだな。それは後で魔王にも伝えておこう。ついでなんだけどさ、俺に使えそうでゴーレムに効きそうな攻撃魔法はないかな?」
この前はあまりにもセントール達に頼りきりになってしまっていた。あるのであれば覚えておきたい。
「う~ん、そうですね。先ほども言いましたが、ゴーレムの弱点。普通の人間はそれで戦うんです。それが最も効率的だからです。他の手段となると複雑な魔法になってしまうんで、魔法使いの方以外には扱いにくいと思いますよ」
「そういうもんなのか。じゃあ、せめて浮遊の魔法教えてくれないか。あれでゴーレムを浮かせて、時間は稼げてたからさ」
浮遊の魔法。偶然ラピールが持ってた魔法だ。あれがあったおかげでゴーレムを外に連れ出すことができた。もし俺が覚えていれば、時間稼ぎも楽だったはずだ。
「わかりました。あれは結構便利ですからね。ついでに一つ、おすすめの魔法をお教えします。それは、魔眼の魔法です」
「魔眼、もしかして目に魔力を宿して特殊な力を使えるとかか?」
俺も創作では聞いたことがある単語だ。今は中二病は卒業したつもりだが、少しテンションが上がってしまう。実在するのであれば習得してみたい。
「ああ、いえ、そういう魔法ではないんです。魔力を視認できるようになる魔法ですよ」
ちょっとがっかりしたが、気にはなる。マジックゴーレムや、今まで見た魔法の装備は魔力が含まれていることが外見で判断できた。つまり、魔力が集中している箇所は目視できるのだ。では、その魔眼の魔法の意義とは何なのか。
「田所さんの剣が通用しなかったのは凝縮された魔力のせいです。しかし、この魔法があれば魔力の少ない箇所がわかるようになるんですよ。場合によっては弱点を見破ることにもなります」
あのゴーレムの弱点は知っているし、魔法の武器も支給されるらしい。しかし、この魔眼の魔法は知らない敵と戦うのにも役に立ちそうだ。そのうえ、俺が習得している粘着や加重の魔法のように、罠として仕掛けられた魔法も見えるらしい。今後のことを考えるとなかなかに良い魔法かもしれない。
「そうなのか。聞いた感じだとかなり便利そうだな」
「そうですよ~。しかし、魔物はもともと似たようなことができますから。ここでこの魔法を教えるのは初めてなんですよ。田所さんは頭が柔らかいようなので、きっとお役に立つでしょう」
ここで、ということは他ではあるのだろうか。人間の魔法にも詳しいようだし、以前は人間として生きていたのだろう。少し興味がそそられるが、今は自分を鍛えるのが先だ。
「わかった。じゃあ、その二つの魔法。よろしく頼むよ」
司書さんは頷くと、以前と同じように魔導書を持ってきてくれた。本のタイトルは探索補助型下の巻。以前借りたものと著者が同じらしい。
「前から思ってたんだけど、この本って魔法のページ以外は何が載ってるんだ?」
それなりの重さのある魔導書だが、魔法陣以外のページも多い。読めないのだから何が書いてあっても関係はないのだが、ちょっとした好奇心だ。
「ええっとですね~。この本だと魔法が効果的な状況や習得経緯ですかね」
「習得経緯か。それも気になってたんだ。魔法って作ろうと思って作れるのか?」
「いいえ、それは難しいです。どのような魔法陣でどのような魔法になるのか。多くの魔法使いが研究し、折れていきました。いつか可能になるかもしれませんが、今はとても・・・」
それが可能であればマジックゴーレムの件や、一部の魔物との意思疎通の件も解決できないかと思ったが難しいようだ。加速と減速の魔法陣を見るに規則性はありそうだし、時間があれば試しに調べてみても良いかもしれない。
「もしかして、試してみようとか思ってたりしますか?」
「まあ、時間ができればかな?」
「そうですか。問題はないのですが、一部の人間にとっては魔法は神の御恵みなんだそうです。そのことは人間には伝えない方が良いかもしれません」
平均的な日本人の俺からすれば、随分と信心深く思える。しかし、化学が発展する前であれば、前の世界でもそんなものだったのかもしれない。日本でも不可解なことは妖怪のせい、とか言われる時代もあったそうだ。この世界の人たちもわからないよりは良い力だと思った方が精神的に楽なのだろう。
「そうだったんだな。それが原因で研究が進んでないってこともありそうだな」
「はい、実際に教会では禁止されているところもあるとか、ないとか」
思えば前世でも科学と宗教は深い関係があったらしい。この世界の魔法があちらの世界の科学のようなものだとすれば、世界の構造は似たようなものなのかもしれない。そう考えると、この世界の魔法にもまだまだ可能性がありそうだ。
「はい、該当ページに紙を挟んでおきましたよ」
以前と同じように司書さんがしおりを挟んでくれた。今回教えてもらった浮遊と魔眼の魔法。ついでに断絶の魔法のページもしおりを挟んでくれたようだ。俺は一刻も早く魔法を試すために、礼を言って書庫を出た。
断絶の魔法はともかく、浮遊と魔眼は対象がいないと使いにくい。せっかくなのでセントール達に会いに行く。今なら丁度、魔王と話し終わったことろかもしれない。彼らは普段、魔王城入り口近くの牧舎のような場所にいるそうだ。魔王城に入っても問題はないだろうが、彼らの体格だと狭いのだろう。
「おーい!ギルバート、コーネリア。魔王とは話し終わったのか?」
「あっ、田所さん。丁度終わったところですよ」
良いタイミングだったようだ。二人とも揃っている。きっと俺と同様に、褒美の話なんかをしていたのだろう。
「二人は魔王に何を頼んだんだ?」
「我々は訓練設備の充実化を。田所さんは?」
「俺は武器の支給と、なんというか、いつかの宴かな?」
人間との和平祝いのパーティー。話の流れがないとちょっと伝わりにくそうだ。
「ああ、あれは田所さんの提案でしたか。魔王様も乗り気のようでしたよ」
「僕たちも聞きました。すごく良いと思いますよ」
既に話が伝わっていた。みんなのモチベーションがどうとか言っていたので、広めているのだろう。
「そのためにも、かどうかは怪しいんだけど、ちょっと魔法の試し打ちがしたくて、二人に会いに来たんだ」
「なるほど。それで怪我が少ないよう、屈強な私たちのところに・・・」
「いやいや、そんな物騒なことはしないって。試したいのは浮遊と魔眼の魔法だよ」
こいつらなら俺の魔法食らっても大丈夫だろう。なんて、俺が考えてると思われたのか。俺のイメージはどうなってるんだ。
「ごめん、姉さん妙に気合入ってて。気にしないで魔法使ってよ」
「ああ、うん。よろしく」
彼女はなんというか、良くも悪くも前のめりすぎるきらいがある気がする。意外とギルバートの方がしっかりしているのかもしれない。
さっそく浮遊の魔法を試させてもらう。この魔法は見たことがあり、そのイメージ通りの効果だった。ギルバートの筋肉質で重そうな体がふわりと宙に浮く。どうやらこの魔法に対象の重さは関係ないようだ。この浮遊状態を上手く使えば移動手段に使えるかもしれない。ラピールは魔法を二重で使えたため、対象を上昇させることも出来たようだが、俺にはできない。
この魔法の本質は反重力だ。ただ単に対象を軽くするのとは明確な違いがある。それが特に顕著なのはラピールの重ね掛けの効果だ。おそらくは一度目で重力を打ち消し、二度目で重力が逆に作用する効果になったのだろう。普通に使えば重さをなくす魔法で、もう一度掛ければマイナスにすると覚えておこう。
それと重力を打ち消すのは、魔法を掛けたタイミングだ。魔法の発動後に重量が変化した場合は、対象が上昇したり、落下したりする。細かい確認ではあるが、ヴァミリス戦のことを思い出すと、細かいことも知っておけば何かの役に立つかもしれない。
「この魔法って移動に使ったりはしないのか?」
「うーん、僕は知らないかな。飛べる魔物とセットで荷物運びに使う印象があるかな?」
この魔法を移動手段に応用できる。そんな気はするのだが、平凡な会社員だった俺に具体案は浮かばない。重量の変化ができれば気球みたいに使ったりはできるだろうか?
「聞いた話だと、これでゴーレム相手の時間稼ぎにはなるのでしょう。荷物も軽くなるし我々も覚えても良いかもしれませんね」
最優先事項であるゴーレム対策。それには良いかもしれない。結果的にとどめを刺したのもこの魔法だった。
次に試すのは魔眼の魔法。思えばミリアスが似たような魔法を使っていた。司書さんに聞いたところ、あの魔法は目に映らなくても探知できるが、習得と発動が難しいらしい。今の俺にはこの魔法で充分だろう。
「この魔法は聞いたことがありませんね」
「ああ、魔物はやろうと思えば魔力が見えるんだろ?きっと覚える必要のない魔法なんだと思う」
コーネリアたちと話しながら魔法を発動する。どうにも魔物たちの体は便利そうで羨ましい。どうせこの世界に来て強い体をもらえるんだったら、いろいろ優遇してくれても良さそうなものだ。俺より優秀だった倉宮なら、実は魔眼の魔法と同じことができたりするんだろうか。
「田所さん、どうですか?」
「うーん、魔道具を見てる感じかな?ギル達の魔力が流れてるのが、不規則な光みたいに見える」
魔道具は独特な光沢を持っている。それと同じような光が血液のように体内を流れているのがわかるようになった。というよりも血液の流れそのもののようだ。思い返すと治療の魔法の際に、心臓の近くを触るのが効率的というのはこれが理由なのだろう。もしかしたら、この世界では血液に魔力が含まれているのかもしれない。
「どうやら魔物の視界と同じように見えるようですね」
「二人とも、普通にしててもこう見えるのか?見づらくない?」
「いえ、見ようと思ってしっかり注視した場合に見えてきます。きっと、普段は人間と同じなのでしょう」
魔物が注視するだけで見える景色も、人間には一手間掛けないと見ることができない。それどころか、この事実もほとんど知られていないかもしれない。俺の思った以上にこの世界の人間と魔族の壁は厚いのだろうか。それでも一つずつ知っていくことに意味があるはずだ。
「これで見ると、コーネリアの方が少し魔力が多いみたいだけど、これって魔物の強さに直結するのか?」
「基本的にはそうですね。しかし、魔力を活かす戦い方をしなかったり、逆に魔力が少なくとも効率的に扱う者もいます。なので、あくまで一つの目安程度に思ってください。」
「田所さんが分類した『魔物』はほとんどが魔法を使わないから、魔力が強さと思っても良いかも。魔力は長く生きて力を蓄えた証でもあるからね。ついでに魔力がちょっと少なくても、僕と姉さんはほとんど同じ強さだよ」
総合すると、魔力の保有量は一つのステータスに過ぎないようだ。ゲームみたいに、魔法の適性が高くても強力な魔法を覚えていなくては宝の持ち腐れ、みたいなこともあるのだろうか。
そして他の戦い方。例えばヴァミリスのように剣の技術で戦うようなものもいる、ということだろう。そうすると、目の前のセントール達が同じような強さというのは、体格と技量の関係だろうか。
「例えば、ヴァミリスは魔力を使わないで戦うから魔力量は当てにならないってことか?」
「そうですね。それにヴァミリス様の場合はそもそもの魔力がそこまで多くはないです。それでも四人衆足りえる強さなのが異常なんですよ」
「なるほどな。それで魔力だけが強さではないってことか」
魔力が小さかろうと、間違ってもヴァミリスを弱者とは呼べない。この魔法で見る魔力を意識しすぎるのは危険だが、参考にはなるといったところか。それにもう一つの使い方もある。司書さんにも習った魔法の探知。
仕掛けられた魔法の有無を事前に知ったり、マジックゴーレムなどの魔力の少ない箇所も知ることができる。敵の保有魔力の方はおまけと思っておこう。
「これで試したい魔法は全部ですか?」
「ああ、もう充分だ。二人ともありがとう」
姉弟のおかげで試し打ちだけでなく、ちょっとした知識も手に入った。違う観点を持った仲間の重要性を感じる。そうでなくてもゴーレムの一件で既に強い仲間意識を持っていた。そんな彼らに俺も何かしてあげられないだろうか。
「お礼じゃないけど、俺にも何かできることがあったら言ってくれ」
「あの、それじゃあ、早速なんですが一つ良いですか?」
ギルバートの頼みは俺の予想だにしない内容だった。




