人間と魔族
コーネリアが意識を取り戻した翌日には魔王城に帰ることになった。報告が必要なのはもちろんだが、あのマジックゴーレムのことを一刻も早く共有したい。ギルバートは子供を背に乗せたりして町に馴染んでいたので、かなり別れを惜しまれていたが、任務なので仕方がない。小柄なラピールもマスコットのような、孫娘のような好かれ方をしていたので今後、この町との交友についての心配は要らなそうだ。
夜には住人たちが採掘場の再開祝い、と称する宴に招かれていた。タイミング的に明らかにギルバート達の復帰祝いだが、もしかしたらそのために町の財源を使うのが難しいのかもしれない。俺はそこで、町民たちにあることを話そうと思っている。
出発前の魔王と、約二日間一緒だったラピールに、確認はしたので問題はないはずだ。それでも人間と魔物の今後を左右するかもしれない話なので緊張する。上手くいけば今後の戦争を回避することにも繋がる話だ。その緊張は会社の会議や報告会の比ではない。
だけど、ギルバート達と一緒に戦って、人間と同じように家族を想うコーネリアを見て、町に馴染む魔物たちを見て、俺は覚悟を決めた。人間と魔物の戦争を防いでみせる。そのための一歩は今夜、踏み出すべきだ。
宴の会場には町の住民たちが集められている。普段は仕事をしているのだろう。夜ということもあり、俺は見慣れない人もいるようだ。そんな彼らにも、魔物たちに対する不信感は見受けられない。それほど大きくない町だけあって、情報は伝わっているらしい。
俺から話があるということも既に知られている。もう引き下がれないが、そんなつもりもない。
「田所さん、大丈夫ですか?必要なら、魔王城から改めて誰か送りますよ?」
ギルバート達が寝込んでいる二日間、一緒にいたラピールには俺の考えを伝えていた。普段の俺の様子を知っている分、緊張も伝わったようだ。
「いや、大丈夫だ。それに今日、この場でやることに意味があると思う」
打算的ではあるがギルバート達がいるタイミングの方が良いはずだ。俺は出発前に魔王に話したことを思い出す。
俺を殺そうとしたバーゲストや、今回戦ったゴーレム。そして俺を助けてくれた白蛇や雇ってくれた魔王。人間の認識ではどちら同じ『魔物』だ。その認識を変え、人間と魔物の対立を減らす。それが今回の俺の狙いだ。
この世界は前世と比べて、情報伝達に遅れがある。技術的な意味でも時間的な意味でもだ。通信の魔法、なんてものがあるかはわからないが、少なくとも今回の同行者の中にはそのような魔法の使い手はいないそうだ。セントール達はともかくとして、便利な魔法を覚えているラピールが習得していないので、現時点では存在していないと思った方が良いのだろう。
通信手段がないのは仕方がないとして、問題は時間的な遅れの方かもしれない。電話がない世界の連絡手段は手紙と口頭で人づてに伝えるくらいしかないだろう。しかし、それには時間と危険が伴う。白蛇に聞いた話では、魔王が和平のための手紙を書いても、それが届くころには他の魔物からの襲撃にあっていた、なんてことがあったらしい。その場で人間に加勢しても、今回のようにマッチポンプが疑われたり、一緒くたにされて攻撃されることが多いそうだ。
仮に魔王からの手紙が上手く届いても、人間からはそうもいかない。この世界で人間が他の町に行くのは命がけなのだ。この町に来た時を思うに、普通の人間が襲われては無事で済まないような魔物も珍しくない。さらに最悪なことに、それを野生の魔物ではなく魔王の手の者の仕業だと言う人間がいる。それは魔王城では教会勢力だとされているが、真実は定かではない。
つまり、今必要なことは区分なのだと思う。意思疎通できない魔物と、魔王たち。それが一緒にされているから地道に活動しても実を結んでいないのだ。情報の遅れもある以上、魔王のせいだと誤解される可能性も減らしておきたい。
「田所さん、そろそろ良いですか?」
長が声を掛けてきた。彼には、俺から住人たちに話があるとだけ伝えてある。取引では世話になったし、今になると相談してみても良かったような気もする。そう考えながら住民たちの前に歩み出た。
「アーデニアの皆さん!宴の前にお時間をいただき、ありがとうございます。私は魔王様の部下の田所祐一です。私たち、魔王様の配下を町に受け入れていただいて、本当にありがとうございます」
人間ではあるが、俺も魔王の部下なのだ。それを早い内に印象付ける。俺たちのことを知らない人も居るだろうから、無駄ではないはずだ。
「皆さんに知っておいて欲しいことがあり、お時間をいただきました。それは魔王の、そして部下の魔物たちの望みです。ご存じの方もいるかと思いますが、この二日間、魔王の部下であるセントールの姉弟とラタトスクの三名はこの町で皆さんと暮らしてきました。その姿に嘘、偽りはありません。魔王も部下たちも、人間の皆さんと共存したいのです」
俺の言うことを疑っているわけではないが、いまいち何が伝えたいのかわからない。そんな反応だ。だがそれでいい。人は疑問を感じた時に、最も意識を向けてくる。
「しかし、今回のゴーレムのように人間に被害をもたらす魔物も存在しています。私もバーゲストという魔物に命を奪われかけました。そんなとき、助けてくれたのが魔王の配下の魔物だったのです。あのような危険な魔物たちは、高い知能を持つ魔物とは意思疎通も出来ません。実際にこの町に来るまでに、私たちは何度も魔物に襲われました。そうなんです。人間にも善悪があるように、魔物にも和解できる相手も居ればそうでない者も居ます」
魔物に襲われたこと。人間にも悪が存在すること。ちょっとしたことで良いから共感を集める。万が一にも、魔王に懐柔された人間と思われてはいけない。
「しかしながら現在、私の命を助けてくれた魔物も、今回一緒に戦った魔物達も、会話もできない危険な魔物たちとひとまとめにされてしまっています。そこで、私は考えました。人間のように文明と言語を持つ魔物たちは区別して考えるべきではないでしょうか?そうしなければ今回、ゴーレムと戦った勇敢なセントールの姉弟も、一部の人間に討伐対象として扱われてしまいかねません」
オーバーな演技は必要ない。俺の思ったこと、住人たちの思考を擦り合わせたうえで認識をすり合わせる。数日とはいえ、一緒に生活した仲だ。時間をかけてでも理解してもらおう。
「俺は恩人である魔物や、仲間になった魔物に人間と争ってほしくない。だからこそ人間たちの、魔物の認識を改めたいと思っていました。これからは知性ある魔物は、魔力を持った種族として『魔族』を名乗ります」
魔王の部下の魔物たち、それと人間を襲う者。それを区別するためにはわかりやすく呼び方を改める。世界に向けて情報を発信できた前世とは違う。言葉で、あるいは文章だけで区別できないと、彼らの違いは伝わらないだろう。
住民の動揺が伝わってくる。かつての俺のように便利な情報社会に生きてでもいないと、区分することの意味が分かりにくいのだろう。しかし、幸いなことにわかってくれた人もいた。
「ふむ、つまり意思疎通ができない魔物、それと魔王と部下の魔物たちでは別物である。そういうことで良いんだな?」
理解を示してくれたのは長だった。彼は比較的、魔物に理解があったようなのですんなりと受け入れてくれた。頷く俺に対して長は話を続ける。
「まあ、それはいいだろう。しかし、お前が言うのは魔族は人間のように扱ってもいいということだな?本当にそれでいいのか?魔族たちは充分に信頼に足る存在だと思うんだな」
「はい、長の不安はわかります。人間同士で争うこともあるのに、魔族も同じように扱って問題がないのか。確かに、きっと問題は起こると思います」
前世では魔物がいないのに、争いが絶えない国もあった。治安の良い平和な国でも凶悪犯罪が発生していた。そこに生態の異なる魔族が加われば混乱は避けれないだろう。だからこそ、人間である俺がやる必要がある。
「俺が証明します。魔王の部下として、ギルバート、コーネリア、ラピールの仲間として。人間が魔族と共存できることを証明して見せます」
「そうか、なら頑張るといい。私たちも既に彼らとは友人だ。できることがあれば頼ってくれ」
長はあっさりと受け入れてくれた。きっと俺が甘い考えで言っていないか。それを確かめてくれていたのだろう。長のおかげで住人達も納得してくれたようだ。そもそもギルバートたちを受け入れてくれていた町だ。否定的な意見も少なかった。
そこから先は平和な宴だった。残業代も出ない飲み会なんてものには否定的だった俺でも、仲間や顔馴染みの住人たちのおかげか、良い思い出になった。そんな関係になれたからこそ、みんなも俺の提案を受け入れてくれたのだろう。
そして翌日。仲間の魔物、改め魔族たちは町で人気だったようで別れを惜しまれていた。お互いに初めてできた異種族の友人だったのだろう。俺は彼らを見て、若干の疎外感を感じながらも魔王城での初任務の成功を喜んだ。
「そうだったか。お前たち、ご苦労だったな」
町を出発した翌日。無事に帰還した魔王城で魔王に報告を終えた。姉弟たちは体が大きいうえに、階段が苦手なようで、俺とラピール、二人での報告だ。
「俺たちはともかくコーネリアたちは死にかけたんだ。労ってやってくれ」
「ああ、もちろんだ。お前たちも、交渉以外に友好関係まで結んだのは良くやってくれたな。そうだ、欲しいものがあれば聞いておこう。予算の許す限りで、だが」
仕事でやったことなのだから、いちいち聞き込みしなくても良いのでは?とも思ったが、俺のイメージするゲームの国王もこんな感じだったかもしれない。目の前のは魔王だが。
「じゃあ僕は、少し連休が欲しいです。今回の件でお役に立てなかったので、役に立ちそうな魔法だけでも学んでおきたいです。でも、すぐでなくても大丈夫ですよ」
ラピールは随分と謙虚なことを頼んでいる。それで言えば俺なんかは作戦考えた以外はほとんど何も出来ていなかった。
「うむ、本来であればお前は戦う必要はないのだが、希望するのであればそうしよう。ついでに良い魔導書がないか探しておこう」
要望はあっさりと受け入れられた。まさかこんな簡単に連休が約束されるとは。俺の価値観では相当なホワイト企業だ。いや、ホワイト企業では死にかねないような業務は頼まれないのか?
「田所、お前はどうだ?初仕事だ。少しは奮発してやろう」
「じゃあ、俺はゴーレムに通用する武器、とか?めちゃくちゃ貴重とか、高価なら他のことで良いんだけど」
俺が今使っている剣はアルティミシアで支給された物。しかも、腕と共に失った剣の予備だ。これが魔法の武器であればゴーレムにも効果があった。しかし、魔法の剣を誇っていたグレイスを思い出す。とんでもなく高価な物かもしれない。予防線を張るに越したこともないだろう。
「ああ、それなら私も考えていたところだ。思えばお前は以前の武器のままなんだったな。お前の主としてそれなりの剣を用意しておこう。他にはないのか?」
「じゃあ、俺も連休かな。ヴァミリスにも相談して剣の腕を上げたり、魔法ももっと選択肢が欲しい」
今回、ラピールが丁度良い魔法を持っていなければマジックゴーレムを倒せなかった。できることは多いに越したことはないだろう。逆にゴーレムがやったように、対象を破裂させるような魔法があれば、俺だけで討伐することも視野に入ったかもしれない。
「なんだ、面白くないな。お前たちは。もうちょっと無茶を言うかと思っていたのに。あのセントール達も無欲だった記憶があるしなぁ」
「そんなに金と物が余ってるのか?貰えるもんなら貰うぞ、俺は」
「余裕があるわけでもないが、私にも魔王の立場があるからな。働きに報いる義務があるだろう。ゴーレムの討伐も住人たちとの交友も想定以上の成果だ。ちょっと位は贅沢言っても良かったのだぞ」
俺とラピールはお互いを見て首を捻る。しかし、これといって浮かばない。俺は武器を用意してもらえれば満足だし、町の人たちと友好関係を結べたのは個人的にも大きな成果だった。ラピールも同じなのだろう。
「じゃあ魔王。俺たちが勇者を説得して、アルティミシアとも取引出来るようになったら、その時に盛大なパーティーをさせてくれよ」
「いいですね!魔王様、それでいきましょう」
「お前たちが良いのなら、そうしよう。皆のやる気にもなるだろうしな」
こんな流れで魔王城全体の目標が一つ増えた。そのためにも今後、人間からの魔族の印象は最重要事項だろう。
「それにしても魔族、か。まさか本当に魔物の定義を変えてくるとはな」
魔王は当初、俺の案に乗り気ではなかった。それでも許可を出してくれたのだ。後悔はさせられない。
「やっぱり良くなかったか?」
「わからん。だが人間たちの魔物に対する悪印象は本物だ。これが何かのきっかけになるやもしれん。まあ、後悔はしてないさ」
魔王は俺を安心させるような笑顔を向けてくる。整った外見の彼女に微笑まれると少し緊張してしまう。しかし彼女の言う通り、すべては今後次第。町で長に言ったこともある。まだまだ浮かれている場合ではない。
「そういえば魔王様。例の勇者はどうなったんですか?」
「ああ、そうだったな。今はまだアルティミシア周辺にいるようだ。大型の魔物を率先して討伐しているらしい。ペースは遅いが、実力はかなりのもののようだな」
大型の魔物。俺は見ていないが熊のようなバーゲストがいたらしい。通常のバーゲストでもそれなりに脅威に感じたものだが、倉宮たちは今、どれほどの強さなのだろうか。
「まあ、遅いんなら好都合だな。こっちはこっちで新しくやらないといけないことができたしな」
「あの、マジックゴーレムでしたっけ?新種のゴーレム」
「うむ。報告を聞いただけでは断言できないが、田所の考え通り誰かが仕組んだ可能性もある。厄介なことに人間の仕業かもしれない」
魔王の考えではそれほどの物を作れる以上、魔物の可能性は低いということだ。物の加工は人間の得意分野で、魔導書などの魔道具も元は人間が考えたと言われているらしい。
俺もあのゴーレムを作ったのは人間であるように思う。自己修復可能な自動兵器。前世でも簡単には再現できないであろうそれを、個では魔物に劣る人間が作ったというのも頷ける。それに俺が時間を稼いだ時には、俺よりもコーネリアを狙っていた節がある。誰かが放置した試作品の兵器という可能性もあるだろうか。
他に考えられるのは人間と魔物を対立させたい存在。実際に住人たちが仕事を妨害された以上、魔物のせいにして争いの火種にしようとしたとも考えられる。そう仮定すると、あれが現れた時期もあまりに都合が良いのだ。
どちらにしろ今は判断できない。魔物の仕業であるということもないわけではない。魔王に考えを伝えて、あとは記憶の片隅に留めておく。
「ひとまずは情報を共有するしかできないな。良い対策の魔法がありそうなら、今後は必ず一人は使い手を連れていく必要があるかもな」
「なあ魔王。参考までに聞きたいんだが、あのマジックゴーレムにまともに勝てそうな魔物、いや魔族はいるのか?いるなら対策を聞いたり訓練してもらえると助かるんだが」
「勝利となると、難しいな。私と、相性次第だが四人衆は問題あるまい。不意打ちされたとはいえ、あのセントールたちでも厳しいのなら逃げるのが一番だな」
「そうか。じゃあ仮に、人の作ったものなら早い内に対策が欲しいな。魔法を覚えたかったところだし、司書さんにも聞いておくよ」
「ああ、頼んだ。・・・三人で話すのはこんなところか。私はセントール達にも話を聞きたい。ここで解散しよう」
これで今回の仕事は完全に終わった。しかし、今回も危ない場面が多すぎた。次の仕事までは改めて自分を鍛えることにしよう。




