騎兵と交渉人
ヴァミリスにかろうじて勝利した翌日。余程疲れていたのだろう、メイドのセレーヌに起こされるまでぐっすりだった。
朝食をとって、魔王城の正門から外に出る。思えばここに来てからずっと城の中にいたせいか、空気がおいしく感じる。そしてゲームのイメージとは違い、魔王城の外には健康的な緑の絨毯が広がっている。もちろん、白蛇の話で人間の領地と違いがないことを知ってはいたのだが。
周囲を見ると既に馬が二頭用意されている。あれが魔王の言っていた、任務のための足だろう。柵どころか手綱もないようだが、逃げたりはしないのだろうか。するとその馬たちが声を掛けてきた。
「あなたが人間の協力者の方ですね!今回はよろしくお願いします!」
「え、ああ。田所祐一だ。こちらこそよろしく」
馬と思っていた相手から若い男の声が掛けられる。急であったが、鳥メイドのセレーヌのおかげで俺も慣れたものだ。人の上半身に馬の下半身。人馬一体を体現する彼らは前世でも見たことがある。無論、創作の中でだが。
「コラ!先に名乗らんか!」
「痛っ!殴らなくてもいいだろ、全く・・・」
「申し遅れました。私はコーネリア、そして弟のギルバートです。ご覧の通りセントールです」
彼女らはセントール。確かケンタウロスと同じという認識で良かったような。違ったような。前世と共通する名前があるのも不思議ではあるが、それはおそらく俺たちのように召喚された者がいたからではないだろうか。あるいはその逆かもしれない。
目の前の美しい金髪の姉弟は、揃いの装備で準備万端のようだ。胸を覆う金属製のプレートに、円形の盾。そして騎兵にお似合いの立派なスピアを所持している。なんの変哲もない武装だが、馬と意思疎通の必要のない騎兵とはどれほどの強さなのだろうか。
俺は四人衆であるヴァミリスに勝利した。しかし、あれは事前準備とルールで何とか勝ち筋を作っただけのまぐれだ。まともにやり合えば、目の前のセントール達にも負け越すような気がする。魔王は認めてくれたが、俺にはまだまだ強さが足りないのだ。
すると、大きなセントール達の陰からひょっこりと顔を出す魔物がいた。大きな丸みを帯びた尻尾と、三角形の耳を生やしている。リスの獣人ともいうべきその姿は、小柄な体も相まって小動物のような可愛らしさだ。
「僕はラタトスクのラピールです。魔王様から交渉役にと、ご指名いただきました。魔王城の物資は私の管轄ですので、人間との取引はお任せください」
「ああ。俺は田所祐一だ。よろしく頼むよ」
ラタトスクという名前も前世で聞いたことがある。詳しくは知らないが、神話か何かで虚偽の伝言で喧嘩を煽った存在だった気がする。交渉役としては最も適してない存在に思えるが、きっと向こうと同じなのは名前だけなのだろう。なにより上司である魔王が選んだ人材なのだ。俺に文句はない。
「田所さんを含めた、僕たち四名で全員です。準備ができ次第、出発しましょう。」
こうして四名での仕事が始まった。ラピールは多少魔法が使えるが、戦闘はできないということだったので、道中は三人で戦った。だが俺の出番はほとんどなかった。知性を持たない魔物程度は、セントールの姉弟が俺とラピールを乗せたまま駆けるだけで蹴散らしてしまったのだ。
俺が戦ったのは敵が多すぎた、野犬のような魔物達と空中から追跡されて引き離せなかった、鳥の魔物たちだけであった。俺はいずれもラピールを守りながら反撃しただけなのだが、セントール達がやたらと強いおかげで事なきを得た。彼らの馬の脚力と、筋肉質な体の重量を乗せたランスに耐えられる魔物はついぞ現れなかった。
それを見て俺はようやく確信を得た。魔王は人間と争う気は本気でないのだろう。俺の見立てが正しければだが、人間に対して侵略をするのであれば、セントール達とヴァミリスだけでも充分すぎる戦闘能力だ。今は倉宮やミリアスがいるとはいえ、魔王が本気だったら彼女らが力を付ける前に、人間は支配されていただろう。
そんなセントール達も戦えば怪我をする。そこでラピールの出番だ。ラピールは戦闘能力こそ持たないそうだが、治療や物の輸送などに使える便利な魔法はお手の物だった。
その日の夜、全員で火を囲んで話をしていた。セントール達は早い上に強いのだが、硬い筋肉質の体に長時間乗っていると、とても腰にくる。さらに高速で揺れているため座っているだけでもそれなりに疲れる。前世の体であれば、夜を待たずに休憩させてもらっていただろう。
「明日の昼には到着しそうですね。交渉はお任せしていいということでしたが・・・」
「はい、僕と田所さんにお任せください。久しぶりの人間との交渉なので、頼りにしていますよ。田所さん」
「ああ、全力でやらせてもらうよ」
俺はこの世界の常識を知らない。しかし具体的な交渉はラピールが話を付けてくれる。俺は営業の初回の時みたいに、相手が話しやすいよう仲を取り持てば良さそうだ。正直、共通の話題なんかもないだろうし、俺がいても変わらないような気もする。それでも、魔王の話だと俺がいることに意味があるようだ。
「ところで田所さんがヴァミリス様に勝ったというのは本当なんですか!?」
「私も、気になっていました。あの方に、人間のあなたが勝利するのは容易ではなかったでしょう」
交渉のことには無関心そうだったギルバートを皮切りに、姉弟が話しかけてくる。正直あんまり誇れるような勝ち方でもないので、聞かれると少し心苦しい。だが勝ったのは確かだし、否定しては彼らを不安がらせるかもしれないので一応、肯定はしておこう。
「ああ、一応勝ったんだがまともにやれば勝ち目はなかったよ。事前に魔法を掛けて、ルールのおかげでかろうじて勝たせてもらったんだ」
「僕もそう伺いました。でも、条件があってもあのヴァミリスさんに勝ったのは誇って良いと思いますよ」
ラピールが褒めてくれるが疑問が沸く。あの戦いを見てたのって魔王だけだよな。なぜ条件があったことまで把握されているのだろうか。まさか、ヴァミリスが自分で言うことはないだろう。
「なあ三人とも、その話って誰から聞いたんだ?」
「僕は魔王様からですよ。田所さんが来てくれたのが嬉しかったみたいで、仕事の間によくお話をされています」
やはり魔王だった。しかもよく、話しているらしい。あまり誇れることはできていないので少し恥ずかしいのだが。
「私たちは白蛇から。彼女もきっと魔王様からでしょうね」
白蛇もだった。彼女も俺の勝利を喜んでくれているのかもしれないが、やはり恥ずかしい。それでも俺は嫌な気はしない。成果を出しても当たり前。そんな環境はいくらでもあるのだ。ここでの生活は前世と比べ、とても充実している。
「僕や姉さんも魔法を使えば四人衆に勝てるのかな?」
「二人とも確実に、俺より強い。戦い方次第じゃないかな?」
正直、俺がこのセントール達と本気で殺し合えば、一瞬でやられるだろう。体躯の良い馬だけでも勝てる気がしないのに、彼らは人間の器用さと武装も兼ね備えているのだ。
「先ほどの戦い。少しだけ見ましたが、田所さんは私たちと同じくらいの実力だと思いますよ。もちろん、筋力や体力では負ける気はしませんが」
「そうですよ。この辺の魔物は強いんです。僕を守りながらあれ程戦える人間は少ないと思いますよ。もっと自信を持って良いんじゃないですか?」
「そうか、ありがとう。二人とも」
俺のせいで空気が暗くなってきてしまった気がする。前世からこうだ。今後は気を付けなくては。
その後は就寝までヴァミリスとの戦いや、訓練の方法について質問攻めにされた。それほどまでに四人衆の称号は重いのだろう。そんな彼女に勝ったのだから、俺も彼女に恥じない仕事をしなくてはならない。
そして翌朝、何事もなくアーデニアという町に到着した。魔王城から最寄りの人間の町。距離的にはそれで間違いはないのだが、移動中に遭遇するであろう魔物達と、人間と魔物間の精神的な壁がそうは思わせてくれない。
町の規模としてはあまり大きくはない。外敵に対しても木造の壁があるだけなので、知性のある魔物が本気で攻め込めばひとたまりもないはずだ。セントール達の話では、彼らが巡回しているため人間を狙うような魔物はすぐに処理されているそうだ。
「それじゃあ僕たちの出番ですね。行きましょう、田所さん」
「ああ、よろしく頼むよ」
まずは前日の打ち合わせ通りに動く。セントール達は町の壁に近づかずに待機し、俺とラピールだけで接近する。二人でも警戒はされるだろうが、強靭なセントール達はいないに越したことはない。案の定、壁に到達する前に壁の中から声が掛けられた。
「待て!お前たち何者だ!片方は魔物だな?」
「はい、僕たちは魔王様の使いです。皆さんと交渉するためにここまで来ました」
「俺たちに争う気はありません。人間の俺が保証します」
「わかった!話を伝えるから少し待て!」
壁の中からの監視は続いているようだが、人が移動したような音は聞こえる。今はこの場で待機するしかなさそうだ。かなり急いでくれたようで、俺たちは十分も待たなかったと思う。
壁が少しだけ開き年配の男性一人と、武装した男二人が現れた。壁はすぐに閉ざされてしまう。当然だが、かなり警戒されているようだ。
「お待たせしました。私がここの長です。交渉ということでしたが、具体的にはどういった内容でしょうか?」
「話を聞いてくださりありがとうございます。私はラピールと申します。魔王城より参りました。魔王様は皆さんと対等な取引を望んでおります」
「あの魔王がか?・・・まあいい、それで何が欲しいのですか?」
「はい、こちらの町の炭鉱でとれる鉱石を所望しております。こちらからは食料や鉱石の加工品をお出しできます」
ここまでのやり取りに問題はなかった。だがラピールの口から鉱石と聞いた瞬間の、男たちの一瞬の動揺。俺はそれを見逃さなかった。
「しかし、鉱石は今は取れません。魔王軍の方であればご存じなのでは?」
「それは、どういう意味でしょうか?こちらの町の名産品である鉱石が尽きてしまったのでしょうか?」
また男たちの顔が険しくなる。今度は隠す気もないようだ。
「白々しいこと言いやがって!お前たちの仲間だろ、あの魔物は!」
「待ってくれ。俺たちは本当に交渉に来ただけで、何もしてません」
まさに今、魔物と問題が起きています。と言わんばかりの態度。交渉どころではなさそうだ。
「落ち着け!お前たち。先に相手のことを聞くと言っただろうが」
「話すだけ無駄ですよ!どうせ脅しに来ただけだ。代わりに無償で鉱石を渡せとでもいうつもりですよ」
あまりにも要領を得ない。余程のことがあったようだが、俺たちは関与してない以上、どうやって口を挟んだものか。
「あの、すみません。僕たちは本当に何も知らないんです。できることがあるかもしれません。説明してはいただけないでしょうか」
小柄なラピールの落ち着いた態度は、男たちに少しだが冷静さを取り戻させた。子供のような外見の相手が冷静なのに、自分たちが取り乱しているのを恥じたようだ。
「町の若い者たちが失礼しました。私からお話いたします。実は例の採掘場にゴーレムが居座っているのです」
長がぽつりと語り始めた。一週間ほど前のことだ。炭鉱に巨大な魔物、ゴーレムが現れた。それは俺のイメージ通り、石や土の体に魔力が宿ったものらしい。採掘場には道を作るための爆破の魔道具があるそうで、普段なら魔物の一体なんかはそれで対処できていたらしい。
しかし、今回のゴーレムには効果がなく、平然と人間を襲ってくるらしい。町にとって、最も重要な採掘場に現れた未知のゴーレム。さらには今回、都合よく現れた俺たち。それが元々、採掘場で働いていた男たちの感情を逆なでしたようだ。思うことは色々あるが、確かにあちらから見たら俺たちが強請りに来たようにも思えるだろう。
しかし、どうしたものだろうか。魔王であればゴーレムの討伐を考えると思う。そのうえで元々予定していた取引をするべきなのだろう。だが、どうにも引っかかる。今まで確認されなかった未知のゴーレム。それがこんなタイミングで採掘場を占拠しているらしい。どうにも作為的なものを感じてしまう。
「そのようなことが・・・。わかりました。この件は僕たち、魔王様の配下にお任せください」
「そんなことを言って、お前たちがあのゴーレムを送り込んだんだろ!?報酬をたかるつもりなんだろうが!」
「お約束します。この件を僕たちにお任せいただけるなら報酬は望みません。採掘場の鉱石を対等に、取引していただければそれでいいんです」
ラピールは半分だけ嘘を言っている。実は鉱石はそこまで欲しいわけではないのだ。魔王としては人間と対等に交渉ができたという実績が何よりも欲しい。報酬が要らないわけでも、鉱石が欲しいわけでもなく、交渉できること自体が報酬になりえる。
「そこまでおっしゃるのなら、よいでしょう。あのゴーレムの件はお任せいたします」
男たちはまだ納得いかないようだが、長から許可をもらった。仮に俺たちが謀ったことだとしても、どうしようもないのだろう。唯一、落ち着いた様子の長はそれに気が付いたように思える。
俺たちは長から採掘所の場所を聞いた後、町を覆う木の壁から離れ、セントール達の元に向かう。彼らに事情の説明と、今後の打ち合わせが必要だ。




