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剣と強者

 魔王城一階にある戦闘訓練場。強くなるために意気揚々とここに来たのだが、今思うと魔王の話をもっと租借するべきだった。さっきの魔王の発言、訓練相手は自分で見つけるんだな。確かに言われたけど、一人たりとも使用者がいないとは思わないだろ。


 考えてみれば魔物は元々身体能力が高いし、魔法の源である魔力も多く持っている。おそらくは人と比べて武器を持つ必要がないのだろう。


 仕方がないので剣を抜いて一人で素振りでもしよう。当然、訓練用の木剣も置いてあるのだが、訓練用の武器は重いに越したことはない。予備の剣としてアルティミシアで支給された剣。それに鞘を固定して使ことにした。


 昔に剣道をしていたこともあり、素振りは慣れたものだ。前後に移動しながら上段で剣を振る。百回終われば中断、下段。そして移動を左右にし、同じことを繰り返す。単純な訓練ではあるがそれゆえに効果は確実だ。しかし、これで良いのだろうか。


 間違いなく強敵であろう四人衆。それを一か月で超える。そのためにはより、実践的な訓練が必要だろう。今は相手がいないので仕方がないとわかっていても焦りが出てしまう。あとで誰かしらに剣の訓練が居ないか聞くしかないのだろうか。


 今後のことを考えながらひたすらに剣をふるう。どれほど時間が経っただろう。長らく俺の発する以外の音がなかった訓練場に扉が開く音が鳴る。部屋に入ってきたのは、剣を手にした魔物だった。


 やっと訓練相手が来た!と内心浮れていたが、すぐに誘うことはできない。万が一相手が忘れ物を取りに来ただけで、訓練をしなかったりしたら恥ずかしすぎる。平静を装いながら今まで通り剣をふるう。


 向こうがどう動くのか、様子を探りたいところだったが、なぜか背後に立たれてしまった。多分客観的に見ると、監督に扱かれている、出来の悪い剣道部員のようだろう。そんな状況でこちらからは声を掛けるタイミングを見失い、素振りを続けている。そして振り方を切り替えるタイミングで背後から声が投げかけられた。


「おい、お前。素振りだけで満足なのか?人間の訓練はそうなのか?」


 挨拶もなく急に高圧的に問われ、なんと答えるか一瞬だけ迷う。しかしせっかくの手合わせ相手を逃したくはない。


「ああ、手合わせ相手がいなくてな。仕方がないから素振りをしていた。もしよければ相手をしてくれないか」


 言いながら振り返る。扉の方があまり視界に入らなかったので、ようやく相手の姿を見ることができる。


 相手は身軽そうな鎧にマントを身に着けた人間の女性、に見えたのだが、尻尾と赤茶色の鱗が生えている。前世のゲーム知識に当てはめるとリザードマンといったところだろうか。赤みがかった鱗が種族の特徴なのか、白蛇が言っていたエリートな生まれの証なのかは俺にはわからない。しかし、なんとなくだが彼女は俺なんかよりもかなり強者な気がする。


「もちろんだ。しかし俺の相手が人間に務まるかな?」


「随分自信があるんだな。俺は早く、強くなりたいんだ。腕に覚えがあるならありがたい」


 ハッタリではないようだ。アルティミシアでグレイスの構えを見た時のような威圧感を感じる。時間もあまりないことだし早速始めたい。俺は使っていた剣を端に置いて木剣を手に取る。ついでに相手の分を差し出す。彼女は何か迷っていたのか、一瞬空いてからそれを手に取る。


「そうか。なら稽古をつけてやる。かかってこい」


「よろしく頼む。じゃあいくぞ!」


 始める前からの上から目線だが、せっかくの訓練相手に会話をする時間も惜しい。グレイスの時と同じように上から打ち込む。だが、あの時と違い今の相手は構えもしていない。同格以下の相手であればこれで一本とれるはずだった。


 次の瞬間、相手の剣が横から打ち込まれる。俺の剣が相手に当たる前の一瞬で木剣同士がぶつかり、軌道が逸らされてしまった。だが簡単に負ける気はない。横に逸らされた剣の軌道を、即座に『胴』狙いに切り替える。


 相手はやはり剣を構えもしない。剣を手放すことで180度回転させる。それによって下を向いた剣を逆手で持って、俺の攻撃を受け止める。あちらは明らかに本気ではない。わざわざ最低限の動きで対処できることをアピールしている様子だ。


 やはり相手の方が強い。だがせっかくやりたいことが見つかったんだ。簡単に負けを認めたくはない。意地でも一発食らわせてみせる。


「ハッ!ハッ!ハァッ!」


 体も温まってきて、本気で連撃を繰り出す。おそらく十分くらいは打ち込んでいるが、未だに一度も攻撃が通らない。だがそれでいい。相手は俺のワンパターンな攻撃に慣れている。ワンパターンといっても勿論、上下左右にフェイントを織り交ぜてはいる。それでも格上の相手からしてはワンパターンでしかないだろう。しかし、次で仕掛ける。


 これまで同様に俺の剣が弾かれる。ここで少し大げさに体制を崩す。ついうっかり疲れが出た、と思わせるのだ。ここだ。ここでやるしかない。


 ここで初めて『突き』を繰り出す。今までは意図的に使っていなかったのだ。狙いは鎧の隙間のある腹部だ。これだけの魔物であれば大したダメージにはならない、はずだ。


「なっ!」


 今度こそ!と思ったが何と、俺の剣は空いていた左手で受け止められた。しかもただ止めるだけではない。指先で刃を挟んで止められている。早さにも力にも余裕がなくてはできない芸当だ。負けた。これで通じないのなら今は勝ち目がない。降参しよう。


「まいっ」


「・・・フッハハハ!」


 俺が降参するより先に相手が高らかに笑い出す。俺が完膚なきまでに負けたのがそんなに可笑しかったのだろうか?


「お前やるな。思いの外楽しかったぞ。剣の訓練だというのについ手が出てしまった。今回は引き分けにしておいてやろう!」


 クールかと思ったらなかなか豪胆な相手だったようだ。そもそも俺の認識だと、剣の訓練でもスキさえあれば手が出ても足が出ても悪くはない。その方がより実戦に近く良い訓練になるだろう。まあ、あちらがそれでいいのならそうしておこう。


「はぁはぁ、じゃあ、お言葉に甘えて」

 この相手は強く、その強さに自負がある。上からの態度が、余裕を見せつける戦い方がそれを証明している。そんな彼女が初対面の俺に、引き分けてやると言ったのだ。俺を買ってくれたとみて良いだろう。


 キリの良い所を見計らったように魔王城の鐘がなる。時計が個人にまで普及しきっていないこの世界では、鐘こそが時間を知る貴重な手段だ。魔王城では昼と夜の飯の時間の合図に鐘が鳴ることになっていた。目の前の魔物も剣を片付けている。


「ちょうど良かったな。俺は行く」


「なあ、せっかくだし一緒に晩飯でもどうだ?あんたのことも聞いてみたい」


「なっ!そ、そうか。まあ付き合ってやっても良いぞ」


 彼女ほどの実力者であれば俺のためになる話も聞けるだろう。何より訓練場がロクに使われない様子の魔王城で、ここまでの技術を身に着けた彼女のことに興味がある。俺も木剣を片付け、夕食に向かった。




「俺はヴァミリスだ」


「俺は田所祐一だ。訓練に付き合ってくれてありがとう」


 俺たちは夕食を前に、今さら自己紹介をする。多分だが訓練前の俺は彼女の興味の対象外だったからではないだろうか。訓練を終えて初めて認めてもらえたように思えたのだ。


「ヴァミリスは魔物なのに随分と鍛錬したんだな」


「魔物なのに、とは随分だな。まあ、確かに俺以外にあの訓練所で剣を振っているヤツはほとんど見かけんが・・・」


「気に障ったなら申し訳ない。だが一人でどうやってあそこまで強くなったんだ?」


 戦闘技術は相手を倒す術だ。先読みや裏をかく技術は、相手がいてこそ成長する。訓練相手のいない魔王城でここまでの技術を習得する方法があるのなら是非とも教えてもらいたい。


「お前たちとは年齢が違う。ひたすらに鍛錬と実践を繰り返したまでだ」


 実践あるのみか。確かグレイスも似たようなことを言っていたな。アイツには嫌な思い出があるが、個人としては嫌いではなかったし、共感を覚えるところも多い。しかし、問題はその実戦だ。


 訓練所で手合わせできる相手がいない以上、外に出て戦うのが手っ取り早いか。一応訓練相手は一人だけ候補はいるのだが。


「ヴァミリス、腕を見込んで頼みたいことがある」


「なんだ、言ってみろ」


「明日から一か月間、俺の訓練相手になってくれないか?どうしても強くなりたいんだ。お前以上の相手は他にいない」


「・・・いいだろう。俺にも仕事があるが、時間がある日の午後で良ければ相手になってやる。しかし、条件がある」


「条件か。良いけど俺、なんも持ってないぞ?」


「物などいらん。条件は、お前が俺を超えるつもりで強くなることだ。今のお前と手合わせしても俺に利点がない。俺の訓練にもなるように、ひたすらに強くなってもらう」


「そんなことか。俺も強くなりたいんだ。そんなことなら言われるまでもないさ」


「言ってくれるな。安請け合いしていいのか?俺はこの魔王城の・・・」


「田所さーん!今ご飯ですか?」


 ヴァミリスの会話を遮って白蛇が現れる。今日は仕事で外に行くそうだったが、もう終わったのだろう。


「あっ、ヴァミリスさん。お邪魔してしまいましたか?」


「いや、丁度終わったところだ。俺はもう行く」


 話しながら飯を食べていたヴァミリスは、いつの間にか食べ終えていた。白蛇に席を譲るようにして、食器を持って立ち去ってゆく。


「ヴァミリス、明日からもよろしくな」


 返事をせず手をあげて去っていくヴァミリス。彼女のおかげで明日からの剣の訓練は確かなものになるだろう。おそらくは相当に厳しいのだろうが。


「田所さん、ヴァミリスさんと仲良くなったんですね」


「仲、良いのかな。及第点とか言いたそうな雰囲気だったけど」


「そうなんですか?でもあの人、なんていうか効率主義みたいなところがあって、あんまり誰かと食事することないんですよ。知り合った日のうちに付き合ってくれたんなら、お気に入りなんだと思いますよ。多分・・・」


「確かに訓練も付き合ってくれるみたいだから、気に入られてはいるのかな」


 まだ最低限の会話しかできてないので、仲が良いという程ではないような気がする。それに彼女も訓練相手がいなくて、仕方なく俺を選んでいるのかもしれない。


「そうだ、白蛇。俺、一か月以内に四人衆の一人を倒さないといけないんだ。そのために魔法を練習したいんだけど、なんかコツとかないかな?」


「四人衆ですか。それは厳しいですね。でも私でよければ、魔法はそれなりに使えるので任せてください!」


 白蛇は俺たちが撤退を余儀なくされた、バーゲストの群れから俺を助け出している。何か強くなるコツを教えてくれるかもしれない。


「田所さんは魔法を使ったことは?」


「一応、火球の魔法を時間を掛ければ使えるよ」


「そうなんですね。どの魔法でも要領は同じです。あとは書庫に行って色んな魔法を試してみてはどうですか?あそこには魔導書がたくさんあるので、良いものがあるかもしれません」


 魔法を使うのに必要な魔法陣。それが連なっているものが魔導書なのだとか。つまり、魔導書を持っていれば色んな魔法を使えるし、魔法陣を鮮明に覚えることができれば魔導書も最終的には不要になる。


 その後、白蛇にお勧めの魔法をいくつか教えてもらい、明日に備える。魔王の話だと書庫に担当者がいるそうなので、明日は試しに書庫に行ってみよう。


 食事を終え白蛇に礼を告げ別れる。今日はもう風呂に入って寝よう。ヴァミリスの訓練のおかげか、すぐに心地良い眠りに落ちる。明日からは魔王に出された条件のために本格的な特訓が始まる。しっかり休まなければ。

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