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勇者と異世界

 異世界。それは現世に疲れ果てた人々が夢見る幻想、あるいは現実からの逃避の行きつく先。冴えないサラリーマンである俺、田所祐一もどこかに逃避したい気持ちは確かにあった。


 しかし、現世で冴えない俺が他所に行っても人生大逆転とはいかなかった。どこにいっても所詮俺は俺でしかなかったのだ。だが得るものはあった。現世では考えもしなかったが、未知との出会いとは尊いものなのだ。まさか今とは異なる世界で、人ではない存在にそれを知らされることになろうとは。


 疲れ果てた営業職であった俺は、不意な眠気と疲れによって、誤って駅のホームから落下した。まさか俺自身のストレスの原因であった、電車の遅延を自らが起こすことになろうとは。いや、そんなことよりも仕事の引継ぎがまだなのに。最期にそんなことを考えてしまう。それだけ俺の人生は仕事だけで構成されていたのだろう。なんとも虚しくなってくる。


 身体に衝撃が走る。視界が大きく揺れ、暗くなっていく。死ぬのか。子供も嫁もいないが、親のことだけが気がかりである。


 それにしても何もない人生だった。趣味ですらノルマのようにゲームを消化するだけで、何の熱意も持たない俺は空虚なまま人生を終えてしまった。来世に望む夢も希望もない。強いていうなら熱中できる何かが欲しい。きっと何かに狂える程の熱意が俺には足りなかったのだろうから。


 目が覚めると馴染みのない構造の建物に居た。立派な白い柱が連立している。鉄筋コンクリート製の見慣れたものではなく、石造りの神殿を思わせる美麗なものだ。日本のものではない神殿、あるいは城を思わせる。状況が呑み込めず、周りを眺めていると不意に声が掛けられる。


「ようこそいらっしゃいました!勇者様」


 突然、以前ゲームで聞いたような台詞を投げかけられ硬直してしまう。目の前のいい年をしたおっさんは急に何をほざくのか。


 しかし、おかしいのは俺の方であるようだ。彼の連れている兵士のような者たちは平然と俺の返事を待っている。何を言うべきか、あるいは何から聞くべきかを俺が考えていると、背後から返事が聞こえた。


「あの、勇者って何ですか?私ただの学生なんですけど・・・」


 可愛いらしい声で答えたのは、どうやら俺の背後に居たらしい少女だ。学生であろうか、制服を着た茶髪の小柄な少女。なんとなく彼女だけは俺の常識の範疇に収まる気がする。知り合いではないのだが、周りの景色とは違ってなんとなく見慣れた感じがするのだ。


「なに!?勇者様が二人?」


 質問をした男が取り乱している。彼にとっても想定外があったようである。いや、それはともかく最低限の説明はしてくれよ。


「あの、その勇者様っていうのは?」


 ようやく発言できたわけだが、男はフリーズしている。周りの兵士のような男たちも、わたわたしているだけだ。どうしていいかわからない俺と、学生風の女性は互いに訳も分からず首を捻るしかなかった。ようやく脳内の処理が終わったと見える男が返事をする。


「ああ、はい。お、お二人には我が国を救っていただきたいのです。・・・まず、申し遅れました。私はこの国、アルティミシアで司教をしています。現在、我が国は魔王と戦争中なのです。さらに、魔王は世界征服を目論んでいるとも言われています。そこで勇者となりえるお方を、異世界よりをお呼びして協力していただこうと考えたわけです」


 世界征服を目論む魔王。本当に俺の知るゲームやアニメのような展開になってきている。

 

 だからこそ一つの疑問が残る。


「それで、その勇者というのはどちらなんでしょうか?」


 俺と同じ疑問を、おそらく俺と同じ状況の少女が問いかける。確かにどこかで見たような状況ではあるが、その一点がわからない。

 

「はい。それなのですが、私たちにも判断できかねます。本来であれば異世界からは勇者様お一人に来ていただくはずだったのです。それが我が国アルティミシアの伝承です」


 司教の話では、言い伝えと現在の状況が食い違ってしまっているらしい。様子を見るに彼らが困惑しているのは確かだが、こちらもどうしたものか。

 

 勇者とやらがどちらかはっきりしてほしいところだが、その伝承とやらもはっきりしないらしい。肝心の伝承が歴史書のようなものに記されているのみで、解釈が分かれてしまっているそうだ。なんでも勇者様とやらがあまりに優秀なため、組織のことを一人の人間に例えているとか、そもそもが一から作られた創作だと考える者もいるらしい。


 結果としては散々待たされた挙句、判断は上の者に委ねるそうだ。この待ち時間は何だったのかと思うのだが、勇者かはっきりしない者を陛下に会わせたくないために迷っていたようだ。


 つまり、これから国王陛下に会わなくてはならない。平社員でしかなかった俺にいきなり国王と謁見しろと言われても、と思うのだが一緒に連れてこられた少女の方がより憂鬱だろう。そう思って様子を窺うと、なんというか少し楽しそうに見える。


 思えば自分がもっと若ければ、今のような異世界や異国に胸を躍らせていたのかもしれない。くたびれた会社員となってしまった今では楽しみよりも不安が勝ってしまう。やはり若いとは良いものだ。


 司教と兵士たちに付き添われ向かった先には、俺が想像していた通りの豪勢な広間があった。そこで男女が待ち構えている。明らかに他の者より豪華な衣装で、若干高い位置に腰かけている。考えるまでもなく王と王妃なのだろう。その手前にはテンプレ通り、とでもいうように旗を持った兵士が並んでいる。

 

 俺と一緒に連れてこられた少女にもさすがに緊張が見られる。対して俺はそこまでの緊張はしていない。もしかしたら、生活がかかっていた営業職の賜物かもしれない。


 今現在の問題は精神面ではなく知識面だ。文化の違いとかで王を怒らせたくはない。そのため礼儀作法は司教をチラ見して乗り切ろうかとも考えていたが、それはいらない心配だったようだ。


「陛下、こちらのお二人です」


「うむ、ご苦労。ああ、二人とも楽にしてくれ」


 ふくよかで人の良さそうな男が国王で、隣のおっとりした女性が王妃のようだ。内心はともかくとして、一応は友好的で少し安心する。まあ、そもそも勝手に呼び出された上に俺たちはこの国の人間でもないのだが。


「こちらから呼び出しておいて待たせてしまったな。聞いているかもしれないが、こちらとしても想定外だったものでな。そうそう、お二人の名前を聞かせてもらいたい」


「はい、俺は田所祐一と申します」


「わ、私は倉宮美結です」


「うむ、田所殿と倉宮殿だな。私はアルティミシアの国王カール・スタニエル。そして妻のフリエールだ。では、早速だが本題に入ろう」


 司教から聞いていた話の復習を終え、今後のことに話題が移る。


「なぜ、今回呼ばれたのが二名だったのかは、召喚の儀式を行った教会の者にもわからないのだ。だが話の内容は変わらない。二人には我が国のために力を貸してもらいたい。召喚の儀式で呼ばれた者は常人を遥かに凌ぐ能力を持っている。もし、お二人が我らに力を貸してくれるのであれば心強い」


「あの、質問しても良いでしょうか?」


「もちろんだ、倉宮殿。急なことでわからないことも多いだろう。なんでも聞いてくれ」


 俺と一緒に召喚された倉宮の質問に国王が快く答える。確かに呼ばれた目的以外は、まだ何もわからない。


「元居た世界に帰ることはできますか?その、お手伝いした後でも良いんですが・・・」


「残念だがそれはできない。二人は前居た世界で既に、死んでいるのだ」


 国王の気まずそうな返事は俺にとっては予測できたことだが、倉宮は違ったようだ。見るからに顔色が悪くなっている。


「そう、なんですか。わかりました」


「・・・他に、何か質問はあるかね。もちろん田所殿も、なんでも聞いてくれ」


 倉宮は俯いて黙ってしまった。やりたいこともない会社員の俺と違って、学生であろう倉宮は前世で死んでしまったショックが大きいのも当然だろう。


 だが、確認すべきこともまだ多い。気の毒ではあるが慰めてどうなることでもないし、先に俺の質問を済ませてしまおう。


「では、俺から三つ質問をさせてください。まず初めに・・・」


 俺からの質問は大きく分けて三つ。まず、魔王とやらとの戦いについて、そしてその後の境遇。危険な仕事を安請け合いはできない。


「魔王との戦いは我が国が全面的に支援する。金銭的な支援はもちろん、慣れない異世界で動いてもらう以上は信頼のできる者を同行させよう。もし戦争を終わらせてくれるのであれば、働きに応じた金銭を約束する」


 二つ目、魔王との戦いの原因。相手が人間でなかったとしても、仮にこの戦いが人間側の侵略行為だとしたら立場は考える必要がある。


「魔王との戦いは長い。私たちにも正確な原因は不明だが、今戦っている理由は防衛だ。魔物たちが攻撃を仕掛けてくる以上は戦わなくてはならない」


 三つ目、報酬。一つ目の質問とも関わるが念のため具体的に話をしておきたい。


「正直に話すと現時点で具体的な約束はできない。我が国は異世界の人間に頼らなくてはならないほどに疲弊している。具体的な金銭や食料を約束しては嘘になるかもしれん。だが、戦いが終わってもできる限りの支援はする。その時には余裕もあるであろうし、望むのであれば貴族位も与えよう。もちろん成果によっては更なる報酬を約束する」


 ということだ。一番気になるのは三つ目だ。わからない、ということがわかってしまった。しかし、戦いが長引いていて余裕がないのも頷ける。立派に見える国王夫妻の服も、よく見ると少しくたびれているようだ。常識的に考えれば、謁見の際は最も良い物を身に着けるはずだ。最も謁見相手の俺たちがその程度の相手だと考えられている可能性もあるが。


 他に気になるのは魔王との戦いがどの程度のものになるのか。九割九分死ぬような戦いならどこかに逃げだすことも選択肢に入るし、魔王を倒した側から新魔王襲名!とか言われ、死ぬまで駆り出されるなど、冗談ではない。


 だが残念ながら、面と向かって断ることはできない。俺にはこの世界の知識がないし、この建物以外の情報もない。国王がその気であれば、断った瞬間に周りの兵士に切りかかられることも考えられる。今できるのは、戦いは引き受けたうえでこの世界の情報を集めることだけだ。


「お答えいただいてありがとうございました。どの程度お役に立てるかはわかりませんが、俺でよければ協力させてください」


「おおっ!田所殿、引き受けてもらえるか。これは心強い!では、倉宮殿はいかがかな?」


「はい、私もお引き受けします」

 

「そうか、二人とも協力してくれるのであれば心強い。では、先ほど言った同行者の紹介をしよう。兵士長、連れてきてくれ」


 その後、数分とかからずに兵士長が男女三人を連れてきた。見たところ十代後半から二十代前半ほどの年齢だろうか。全員俺より若く見えるが、なんとなく常人とは違う雰囲気を感じる。


「では三人を紹介しよう。頼むぞ兵士長」


「はい、まずはミリアス殿です。彼女は教会から紹介された優秀な人材です。魔法使いの資格を最年少の十四歳で獲得しました。冷静さと高い判断力を持ち合わせております」


 長い金髪の少女。倉宮よりもさらに幼く見える。ただ、年齢以上に落ち着いた雰囲気と暗く沈んだような瞳をしている。経歴も特殊なようだし苦労してきたのだろうか。


「こちらがダリアス公爵のご子息であるグレイス・アルヴァール殿です。幼い頃より騎士として訓練を積んでおり、既に兵士たちと比べても高い技量を誇ります」


 不機嫌そうな顔をした赤茶髪の青年は公爵子息だそうだ。もしかしたら真っ先に自身のことでなく、公爵の息子だと紹介されたことが気に障ったのかもしれない。 


 さすがに前世で見たボディビルダーのような体格ではないのだが、無駄がなく引き締まった体をしている。素人の俺が想像する、理想的なスポーツマンの肉体だ。兵士長の紹介も公爵への忖度ではないようすだ。


「最後がサンディエル商会会長の一人息子ルーカス・サンディエル殿です。旅に欠かせない食料や金銭の管理、必要であれば移動手段の確保はお任せください」

 

 黒髪の落ち着いた雰囲気の青年。物資や備品の扱いを担当してくれるそうだが、前世の価値観のせいだろうか。なんとなく雑用を任せてしまうようで忍びない。彼の迷惑にならない程度に分担できないだろうか。それと後で知ったのだが、彼も騎士としての教育は受けており剣の扱いには自信があるそうだ。


「俺は田所祐一だ。よろしく」


「私は倉宮美結です。よろしくお願いします」


 ようやくこの世界での目的が決まり、同行者への顔合わせも終わった。最初に待たされた時間を含めても三時間程度だと思うのだが、妙に疲労感を感じる。死んだあとだからか、あるいは対人関係への苦手意識のせいかもしれない。


 同行者たちは前世での呼び名に合わせて、勇者パーティとでも呼ぼう。以前遊んでたRPG的には勇者と魔法使いと戦士と商人といったところだろう。なかなかにバランスは良いのではないだろうか。


 何よりも優れた身体能力を持つらしい、勇者が二人もいるのが良い。そんな風に考えられたのは最初の数時間だけであるとは、この時には予想だにしなかった。

ご覧いただきありがとうございます。

初めての創作活動なので至らぬことがあればご指摘よろしくお願いします。


こんなタイトルでなんなのですが、しばらくは魔王軍は全く登場しません。

完全なタイトル詐欺です。

大変申し訳ありません。

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