2-1
「密集隊形!警護対象を中心に全周警戒!」
頭上に轟く豪声。パルの声だ。
「姫様、ご無事ですか!?」
これはマルカ。慌てているのか、呼び方が昔に戻ってしまってる。
無事って何のこと?と意識を自分に向けた途端、痛みが状況を押し付けてくる。
え?何?倒れてる?なんで?
体のあちこちが痛い。泣きそう。いや、なんか泣いてられる状況じゃなさそうだけど。
「姫様!?」
ひょい、と抱えあげられて、自分がうつ伏せになっていたことを理解する。
くるりと座る姿勢に直され、そのままされるがままに身体チェックやら身綺麗に整えられるやら。
「マルカ、落ち着いて。何があったの?」
鉄面皮げふんいつも落ち着き払っているマルカが、表情を取り繕う余裕もない。
それだけでも尋常でないのは分かる上に、周囲は兵士らの靴音が幾重にも鳴り響いて途絶える様子もない。
「パルラディ様が姫様を庇って下さいました」
「パルが?」
言われて周囲を見渡せば、すぐに義弟の姿を捉えることは出来た。
左肩を貫く何かに張り付けられるように、樹に背を預ける姿の義弟を。
「よかった。姉上、ご無事でしたか」
声も笑みも強ばらせた痛々しい姿だ。
「私のことなどより、自分の心配が先でしょう!パル、どうしてそんな…」
よく見れば、枝のような何かに肩を貫かれて左腕は力無く垂れ、鞭のように蠢くそれを右手で必死に掴んでいるのは傷を広げさせないためかそれとも逃さぬためか。
兵士たちは数人がかりで押さえ込んだり、斧で断ち切ろうとしていたりしているようだが、蠢くそれに翻弄され成せる気配はない。
「侍女、姉上を馬車に。急げ」
「かしこまりました。姫様、お早く」
マルカが肩を抱いて立ち上がらせようとしてくる。でも。
「パル、あなたも--」
「私は護衛の指揮を任されております。ご心配なさらず」
「そうじゃなくて」
「大丈夫、投槍はもう放たれましたから」
「え?」
促されるままパルラディの視線と枝鞭の先に目をやると、言葉通り投槍の勢いで森を駆け抜ける騎影。
枝鞭の起点に居たのは、あの鹿だった。
森の奥からこちらを見ていた、あの。
槍のごとき騎影は鹿の姿と交わり、そして。
鹿の首が宙を舞い。同時、枝鞭が爆ぜた。
「ぐっ!」
思わず呻きを洩らすのもやむないことだろう。肩を貫いていた枝鞭がそのまま爆竹のように爆ぜたのだから。
「マルカ、パルの手当てを!」
「いいえ、姫様のご移動が先です」
「マルカ!」
「姉上」
「パル、我慢して。今わたしが手当てするから」
「姉上、馬車にお乗り下さい。ここは危険です」
「でも」
「瘴波が吹いたのです。すぐに新たな魔物が湧いてきます」
「だったらパルもでしょう?その傷で何が出来ると」
「ふむ、ここはクラウディアが正しい。パル、お前は馬車に同乗して護衛につけ」
ひょい。ぽーい。
……は!?
いつの間に戻ってきたのか、投槍ことお義母様に一瞬で馬車に投げ込まれるわたし。
何が起きたか理解する頃にはパルラディも投げ込まれていて、最後にマルカが乗り込んできた。
「お義母様、パルは大怪我を!」
抗議しようと声を荒らげるわたしに、パチリとウインク。
は?
えーと。
あ、そういう。
護衛の名目で休ませろ、と。なるほど、確かに言って聞く義弟じゃないものね。
「パル、どうする?」
お義母様の問い掛けに視線を巡らせると、マルカが左肩の応急処置を始めていた。爆発で焼かれたのか枝鞭の破片が傷を塞いでいるのか、出血は傷の具合に比べて少ないようだが、とても軽傷と呼べるものではない。
「進みます。村に辿り着けば防策もあります故、ここに留まるよりはマシかと」
「領都に戻るべきでは?」
「距離が開きすぎています。今この森の中での夜明かしは自殺行為ですし、何より姉上が持ちません」
え、わたし?
あー、馬車で強行軍となれば身が持たないのは間違いないだろうけど、それこの状況で心配するところ?
「確かにな」
「母上が姉上を抱えて単騎突破する手もありますが」
「守るのは不得手だ、村へ向かう」
「承知しました」
お義母様の采配に、兵士たちに守られた馬車は村へと向かい進み始めた。