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「では失礼いたします。次回は姫様をひとかどの神学者にして差し上げましょう」

「ふふ、それは楽しみですね。ごきげんよう、先生」

ぱたん。

…………………ふぅ。

ああああああああっぶなかったあぁ。

何を聞いたらいいか分からないというか、もう何を聞いても詰みそうというか。

結局。

「分からなさすぎて、何をお聞きしたらいいのか……」

我ながら苦しいかと思いきや。

「やはり姫様は思慮深いのですね。興味のままに断片を求めるのではなく、正しく核心を求めるとは」

「あ、いえ」

「分かりました。神学に関しては私よりも夫の方が詳しいので、資料と知識をかっさらって参ります」

「や、ちょ」

「それでは、少し早いですが今日はここまでといたしましょう」

どうしてこうなったかって?そんなの私が聞きたいわー。

まぁ何にせよ、先生が部屋を辞したことで一安心。

見送らないのかって?

先生は必ずお義母様の顔を見て帰るので、そういえば見送りをした覚えがない。

今日の訓練がどれくらいで終わるのかは知らないけど、先生はニコニコして待つのだろう。

お義母様の一番のファンだもんなー、先生。

さてさて。

「ありがとうマルカ」

勉強机代わりのテーブルの上が片づけられーーまぁノートやペンがある訳でもなく、また書物などの教材がある訳でもないので、片付けられるのはお茶とお菓子だけれどーー

代わりに置かれるのは刺繍道具。

貴族女性の嗜みとして実家の頃から練習はしている。腕前は人並み。上達したのは、上の空でも指に針を刺さない技術くらいだろう。

ちくちくちく……

マルカは神様の名前を知らなかった。少なくとも私の故郷では誰かの口から神様の名前なんて聞いたことがなかった。

そもそも私は神様って創造神(アレ)のことだと思ってたから疑問にも思わなかったんだよねー。眷属がいるようなことは聞いてたけど、実際に会ったのはつい先日の話だったし。

先生も知らないのかな、カレナ様の名前。カレナ様、自分の名前名乗り忘れた?

そんな訳…………うん、ないと思いたい。意思疎通はかなり怪しいけど。

うーん……まぁ、次の授業で分かるかな。

で。

ーー成せるを為さぬは悪徳なり。

問題はコレだよね。

前世の私だったら、ちょっとキツめのことわざくらいにしか思わなかっただろうけど。この言葉は危険すぎる。

皆、ことに農民や兵士といった労働を旨とする人々にとって、働く手を止めることは悪徳すなわち罪なのだ。法で規定されているものではないにせよ、明確に社会通念上の罪。

商人や貴族は機を見る立場だからその限りではないけれど、脳筋げふんオーギュスト様はこれを座右の銘としている。問い質した訳ではないけれど、あんな場で持ち出すくらいなんだから間違いない。

思えば自領でも農民たちが、やれ俺は2回、いや俺は3回だなどと過労で倒れた回数を競っていた。

村民同士でマウントの取り合いをしているくらいだから知識や技術の共有などある訳もなく、収穫もそれなりに留まるのは当然の帰結であるのだけれど。

アホかと。

作物に過剰に手をかけて倒れて治してまた過剰、なんてことの繰り返しよりも、適度に継続的に手を入れる方が能率的なのは素人の私でも分かる。

そんなに競い合うのが好きならば、と家単位の競争を村単位の競走にすり替えてみた。

目に見えて収穫が増えたことでみんなに感謝はされたけど、休むことも仕事のうち、と言っても納得しきれていない顔が少なくなかったのは、なるほどこの教えのせいなのだろう。

そんなことカケラも気にせず介入してたんだけど、私実はめっちゃヤバいことしてたのでは……?

ぷち。

背筋が凍るのと同時、刺繍が一区切り。

「奥方様、今度は一体何を?」

「美味しそうでしょう? オムレツ」

「……ええ、本当に……」

「ものすごく何か言いたげよね。まぁ耳タコですけれど」

「言われたいなら言いますけれど。食べ物ではなく、花や鳥などもっと美しいモチーフをお選びくださいませ」

「わたくし、絵心ないんだもの」

「それはまぁ、否めませんが」

「でしょう? だからなるべくシンプルな意匠を選んだのです。いいアイデアでしょう?」

「普通は精進するところなのですけどね」

「だってわたくしですもの。ところで」

「どうかされましたか?」

「いえ、どうかしたかと聞きたいのはわたくしの方なのですけれど」

部屋の端に積まれたのは、大きなトランクが3つ。嫁入りの荷物に比べれば遥かに少ないとはいえ、遠乗りに持っていく量の荷物ではないよねこれ。

明らかにカラトリーと日傘と万一に備えての着替え、というレベルではないのだが、当のマルカは何を問われているか分からないというキョトン顔。

「家族で遠乗り、でしたよね?」

「貴賓の護衛任務とも仰っていましたね」

「日帰り、ですよね?」

「先程パルラディ様が近くの村に先触れを向かわせておられたと」

「泊まりがけ?」

「可能性は考慮するべきかと」

「わたくし、大丈夫?」

「善処いたします」

「マルカ、ちゃんとわたくしのこと守ってくださいね!?」

にっこり。ひぃ。

「分かった、分かりました。ちゃんと刺繍やりますからー!!」

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