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気がつけば自室で一息。

わたしが、と言うよりマルカが。

もちろんお義母様も加減はしてくれたのだろうけど、馬の脚に人の足で追いすがったのだから、息も荒くなろうものである。

何もなければ座ってゆっくり休んで、と言うところだけれど、そうもいかない。

先生を迎えるまでは支えてもらわざるを得ないのだ。

身支度を整え、茶の手配をし、万端済ませたことを確認し、出迎えをするべく玄関ホールへ向かう。

待ち構えていたかのように、ゲストの到着。

「ようこそお越しくださいました、バルテン子爵夫人」

「歓迎痛み入る、アルバクルス男爵夫人」

正確にはまだわたし次期当主候補の妻なんだけど、これは社交の実践練習かつ試験なので、今は男爵夫人の体で振る舞わないといけない。

へりくだらず、かといって尊大にならぬよう。とりあえず頭を下げてやり過ごしていた社蓄時代の癖が出ないように気をつけつつ、客間へと案内する。

席を勧め、自分も向かいに座り、茶と菓子を1口。

年齢不詳のお義母様より少し上だという妙齢の夫人がにっこりと笑い、ぽん、と手を叩く。

「はい、今日はここまでにしましょう。

だいぶ良くなってきましたね、姫様。さて、今回の改善点ですが……」

つらつらと並べられる改善点と、なぜそうするべきなのかという理由の数々。

前世なら必死にノートに書き殴るところだが、そんなことをしようものなら即お説教タイム突入である。貴族女性らしからぬ振る舞いである、と。

なので、笑顔と背筋に気を配りつつ、全力で耳を傾ける。カツカツカツ、と忙しなく聞こえてくるのはマルカが必死に石板を書き殴る音だ。

……思えば、自領にいた時は気楽だった。



人の魂がどうやって形成されるのかなんて知らないけど、わたしは確かにクラウディアとして転生した。

でも、転生ものの定番みたいにある日突然入れ替わったり、赤ん坊の頃から見聞きして考えて、としてきた訳じゃなかったんだよねー……。

魂がどれだけ年齢を重ねていても、有り様は肉体に依存する、と創造神(アレ)は言ってたっけ。

お腹の中とか生まれたばかりの頃の記憶はおぼろげ。目も耳ももちろんだけど、考える頭がそもそも未発達で、憶えているのは母やマルカの体温を感じるととても安心出来たということ。

普通の子供が言葉を発しようやく人格形成の片鱗を見せ始める頃、わたしは幼児なりに前世の魂が求めるまま貪欲に知識を吸収していった、らしい。

心配になるくらい動くことをせず、周りの人が動いたり話したりしているのをじっと眺めている子だったとはマルカの評だ。

そんなだったから、言葉を覚えるのはあっという間だったし、ついでにおしめが取れるのも早かった。

欲求に引きずられずに思考できるようになれば、元社会人の分別ある行動が出来るようになる。

傍から見れば、教わることもなく見聞きしただけで礼節を身につけた天才児である。両親も教育係も、何を教えればいいのかと早々に匙を投げた。……そもそもが辺境の武門であるから、礼儀作法などはそれなりで充分という気風だったし。

むしろ心配されたのは体の弱さ。普通の幼児が興味に任せて駆け回るところを大人しく過ごしたせいで、発育も良くないし。油断するとすぐ熱を出したりしたものだ。

じゃあ丈夫になるため運動しよう、ではなく、図ったのが環境改善。知らなければ満足出来ただろうけど、日本の飽食を知る身としては塩味オンリーの野性味溢れる食卓は辛いものがあったし、それ以上に衛生観念の落差は酷かった。そりゃあ体も壊すって。

固いパン、野菜はスープに肉は串焼きにが定番のところに蒸し揚げ煮込みといった調理法を加え、香辛料や家畜の乳を用いるようにし、手洗いや歯磨きの習慣を作った。湯を張るのはなかなかに贅沢らしいので、せめて身体を拭くくらいは毎日したいとねだったり。

もちろん自分一人で出来ることではないから、周りの人を巻き込んで。

料理人たちの手を借り、薬師や家畜番などの知恵を借り、領民で特に健康な者がいれば秘訣や習慣を聞き込んだりして。

いかにもか弱そうなお姫様がそんなことをしていれば、退屈な田舎では格好の興味の的だったようで、自分のための活動が気付けば領全体の生活改善になっていたことを知ったのは随分後になってのことだった。

食が豊かになり、病人が減り、生産性が上がり、領が活気づいた。そこにお姫様の貢献を疑う者がいるだろうか。いや、いない。領内人気爆上がり。いえーい。

結果、頭を抱えたのが両親。自分たちは何を産み育てたのかと。

それはそうだ。よその子供が無邪気な悪戯で拳骨を食らっている年頃で、なぜこんなことが出来るのか理解出来る訳がない。

とはいえ、わたしはよその世界から生まれ変わってやってきました、なんて言えるはずもない。それこそ2人揃って卒倒しかねない。

良いことなのは間違いないのだ。領民は皆口を揃え、領の宝だ、神の祝福だ、と褒め称えてくれている。悪いことはしてない。はず。

結局、両親はわたしのことを隠すことにした。他領より客が来ても体が弱いのをいいことに挨拶にも顔を出させず、また領民にも領外の者にみだりに姫の噂を口外せぬよう触れを出した。

ついたあだ名が、隠し姫。

正直ラッキー。貴族の社交なんていかにも面倒くさそうだし。慕ってくれる領民たちと共にこの田舎でのんびり過ごしていければいいかなー、とナチュラルに受け入れた。

まぁ、その矢先にアルバクルス家へ嫁ぐことが決まった訳だけど。

同じ辺境の男爵家かと思えば、中央にも過分な影響力を持つ女主人の家で、明らかに家格と権勢が釣り合っていない。イメージ的には、辺境伯とか侯爵とか言われれば納得、くらいのレベル。

当然、バレる。何がって?

わたしの知識が、非常に偏っているってことが。

礼節を弁えていると言っても、この国、この世界の、ではない。元社畜がアニメのお姫様のふりをしてるだけ。

貴族社会の知識?もちろんゼロ。詰んだ。

礼儀正しいのだが、何かおかしい。新しい家では、皆が内心首を傾げていた。

で。

誰にも理解できなかった違和感の正体を暴いたのが、先生ことテレスティーニ=バルテン前子爵夫人。お義母様の旧知の友人で、その縁でわたしの教育を請け負ってくれた人だ。

ーー人は皆平等ですよね?

「いいえ、人は平等ではないですよ」

ーー人の命は尊いものでしょう?

「人の命は時に羽よりも軽いものです」

ーー誰であれ、人に迷惑をかけてはいけないと思います。

「人は迷惑をかけあい、貸し借りを重ねて絆を作るもの。そもそも、貴族とは人を使う立場の者です」

その考え方に納得した訳じゃないけれど。

違う世界で生きているんだ、ということをこの時ようやく理解した気がした。

そう。

先生はわたしの常識や価値観といった『行動の起点』が貴族のそれでないことに気付いてくれたのだ。

それからは、間違いを正す時に『なぜそうするべきなのか』を懇切丁寧に教えてくれた。

大勢に逆らわず平穏に生きていくために学ぶべきことは沢山ある。

そう思った矢先にあの創造神(バカ)は……。



「さて、姫様。聞いていませんね?」

「あ、ええと」

「いませんね?」

「…………はい」

「本当に上の空でしたね。素直に過ちを認めてしまうくらいですから」

「……あ」

「さて、どうするべきでしたか?」

「…………取り繕うべきでした」

「不正解。取り繕おうとしている時点で後手に回っているのですからね。元より付け入る隙を見せない、が正解ですよ。特に姫様は悪目立ちする上にお芝居も方便もとても上手とは申し上げられないのですから」

「…………はい」

「それにしても」

「…………はい?」

「どこかの三兄弟のように居眠りする訳でもない姫様をそんな上の空にしてしまうようなこととは、果たしてどんなことなのでしょう?ほんのちょっとだけ気になるところですね」

「……あぅ……」

やめてくださいその獲物を見つけた猛禽類の目。知的な子爵夫人の仮面、完全に剥がれてますから。全然ほんのちょっとじゃないじゃないですかやだー。

ちらり。にっこり。ひぃ。

「あのですね」

「はい」

「授業を続けませんか?」

「関心のないことに労力を割くのは時間の無駄だと実践したばかりでは?」

「あー……うー……」

ちらり。おかしいな、マルカと絶妙に視線が合わない。

「あのですね」

「はい」

「神様のことを知りたい、と思うのは、畏れ多いこと、でしょう、か?」

「神様ですか?」

「……はい……」

「姫様は礼拝堂にも足繁く通っている信仰篤い方だと聞き及んでおりますが、いかがされました?」

「えーとですね。あのー。はい。えーと」

しどろもどろになったわたしを見かねて、大袈裟に肩を竦めてみせる先生。

「今は礼儀作法は気にしなくて結構。考えがまとまらないのでしょう?」

「あうあう……」

おかしいなー。問い詰められてる訳じゃないはずなのに、逃げ道が完全に塞がってるのなんでー。

「えっと。神様って、お祈りするものだと思ってたんです」

「ええ、その通りだと思いますよ」

「でも、よく考えたら、きちんと知らないままでなんとなくお祈りしてるのはどうなんだろう、と思いまして」

「…………」

「……先生?」

「それは素晴らしい」

「先生っ!?」

「知りたいという衝動は人として当然の欲求ですものね。神様について知りたいとはなんとも姫様らしいですが、そういうことでしたら是非協力させていただきますとも。さぁ、何を知りたいのですか?さぁさぁ、ご遠慮なさらず」

あかん、なんかスイッチ入ってもーた。

淑やかにグイグイくるとかさすが先生器用にも程がある。

ちらり。いないし!マルカ、マルカどこー!?

クラウディアは逃げ出しかし回り込まれてしまった。

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