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そう。

確かに気を引き締めたはずだったんだけど。

「やぁクラウディア。今日は随分と出てくるのが早いんじゃないか?」

「ぴ」

なんの前触れもなく身体が中に浮いたかと思ったら、馬上でお姫様抱っこされてました。くそぅ、またやられた。

「あの、お義母様?」

「どうした、可愛い私の愛義娘(まなむすめ)。ほっぺが仔リスのように膨らんでいるよ?」

「騎乗してるくせに音もなく忍び寄っていきなり抱え上げるのはおやめ下さいと毎日お願いしているのに、どうして分かってくださらないのですか」

「だって、この華奢な足で庭など歩かせて、怪我でもしたら大変じゃないか」

「だってじゃありません。ひとりでちゃんと歩けますから」

「本当に?」

「本当に、です」

「……分かった」

あからさまにしゅんとしながらも降ろす気はまるでない。消沈したこの態度も含めて確信犯なのだから本当にタチが悪い。

フェヴローニア=アルバクルス女男爵。オーギュストの実母で、彼を筆頭に3人の男子を産み育て、なおかつ夫の先代男爵が亡くなった後はこの男爵家を取り仕切る女傑である。

後継の男子が育つまでの暫定とはいえ現当主として充分以上に辣腕を振るう才覚の持ち主だが、世間の彼女に対する認識はこうだ。

女騎士。

そんな地位はこの国にないのだが、貴族平民の別なく、彼女のことは皆そう呼び慕っている。下手な声望は実害ばっちりなやっかみのもとだというのが世の常のはずだが、アルバクルス男爵家がそのような被害を被ったという話は聞かないし、そんなあからさまな瑕疵を見落とすほどウチの実家だって無能ではない。

かつては先代の一番槍として戦場を駆け、無数の苦境を切り開いてきたという。軍関係で彼女に恩義を感じない者はいないという噂も、安易に眉唾と片付けられるものではないのだ。

というかそれなりに腕に覚えがある実父が、アルバクルス家からの縁談の申し入れを耳にして悲鳴を上げたのはまぎれもない事実……あんな父様初めて見たし。

義母は若気の至りというが、神をして英雄候補と言わしむる夫オーギュストが、生まれてこの方まだ一度も彼女に勝ったことがない。

女に剣で勝てないようでは当主の責務は荷が重いと言うのだが、…………この人どうにも人類最強な気がしてならない…………。

1級品の政治力・社交性・人脈に破格の武力。敵に回してはならない、というのは恐らくこの国の誰も否定しようのない共通認識だ。

あれ、この人なら魔王倒せるんじゃ……。

というか。

「お義母様、今確かに分かったと仰いましたよね?」

「ああ、言った」

「どうして降ろしてくださらないのですか?」

「そうだな、私もそうするべきだと思う」

「ですよね、思いますよね?」

「だが」

「……だが?」

「家長が易々と嫁の言葉を聞き入れては家が成り立たない、と皆が言うのでな。私も心苦しいのだが止むを得まい」

「皆とはどなたのことですか?」

「いや、ほら、それは言ってしまうと角が立つというか」

「具体的に。詳しく。1人残らず」

「クラウディア、落ち着こう。人間関係に波風を立てるのはよくない」

「ど・な・た・が、仰ったのですか?」

すでにマルカはどこからか板書の用意を整えている。聞き漏らしなどあろうはずもない。

「マルカ。ほら、マルカも言っていたぞ?なぁ」

「そうなのですか?」

「はい、今しがた言ったことになりました」

律儀に自分の名前を板書するマルカ。楽しんでるなぁ。

「……はぁ。分かりました、今回は不問にいたします」

「そうかそうか、やはりクラウディアは優しいなぁ」

「アルバクルス女男爵様。侍女の分際で僭越ではございますが、発言をお許し願えますでしょうか?」

「マルカ、無礼ですよ」

嫁のお付きとはいえ、他家の侍女が家長に物申すなど、ことによると手打ちにされても文句の言えぬ所業である。当然主人として窘めはするものの、止めるつもりなどは勿論さらさらない。

「ディア、構わないよ。申せ」

「先程の言、私めが言ったこととなりましたので、補足をさせていただきたく」

「補足とな」

「時と場合はお選びになられませんと、すぐに嫌われてしまいますよ、とだけ」

「嫌われ……え、クラウディア、まさか、そんなことはないだろう?」

「もちろんですわお義母様。そのようなこと1度だって考えたことはございません」

「そうだよな?全く、恐ろしいことを」

「い・ま・の・と・こ・ろ・は」

にっこり。ひぃ。

「……分かった、時と場合は選ぶようにする」

「まぁ、お義母様ったら。皆の忠言はよろしいのですか?」

「今は私が家長だ、誰に文句を言わせるものか」

「まー頼もしい。それで、わたくしはいつ降ろしていただけるのでしょう?」

「安心しなさい。明日からはちゃんと時と場合を選ぶから」

今日は降ろさないと言いきったよこのお義母様。

「今日は天気もいい。どうだ、このまま遠乗りに行くというのは」

「嬉しいお申し出ではあるのですが、今日はこれから先生がいらっしゃいますので。次の機会には是非」

「そうか、ならば仕方あるまい。息子たちにエスコートを学ばせたかったのだがな」

「それは残念です。わたくしも義弟たちと親交を深めたかったところでしたから」

「おお、ディアがそう言ってくれるなら、明日にも家族水入らずで過ごそうではないか。オーギュストがいないのは申し訳ないところだが、私がしっかりとディアのエスコートを取り仕切るから、気兼ねなく楽しむといい」

視界の端でマルカの眉間にシワが寄ったことは内緒だ。

と。

パカラッパカラッ。

蹄の音を打ち鳴らして、年若い騎馬の男が近寄ってきた。男爵家次男のパルラディだ。

オーギュストの2つ下なので、私から見ると6つ歳上の弟になる。

オーギュストが武力特化ならパルラディは政治力と武力のバランス型。敵に回した時の怖さは兄に勝るが、もちろん関係は良好である。

「パル、明日はディアを連れて遠乗りに行くことにした」

「母上!?政務を溜め込んでいませんでしたか!?」

「なに、私とお前でこなせば一晩で済む」

「兵たちの訓練は!?」

「貴賓の護衛任務とする。周辺の脅威を徹底して排除させろ」

「俺や弟の意思は」

「ディアと一緒に家族水入らず。嫌か?」

イケメンがキッと強くこちらを睨む。

なぜだろう、ちぎれんばかりにフルスイングのしっぽの幻が見える。

にっこり。

「くっ……、皆に通達して参ります!」

いや、ええんかい。

パカラッパカラッ!

心のツッコミを呟き終えるより早く、パルラディは踵を返して元来た方へ走り去った。

「さぁ、明日に備えないとな。ディア、今日の授業は寝てしまっても構わんぞ」

「それはダメでしょう、さすがに。わたくしだって、先生のお話は楽しみにしておりますし」

「そうか……」

「唇を尖らせないでくださいまし。ところで」

「うん?」

「なんでお義母様の愛馬は足音がしないのです?」

いつの間にか歩を進めていたのに、来た時同様まるで音がしない。血統は確かだろうが、魔物の類ではないはずだった。

「まぁ、年の功というやつかな」

ちらり。

マルカ、全力首振り。だよねー。

「あー、えーと、さすがですお義母様ー」

「ふふん、そうだろうそうだろう。もっと褒めてもいいんだぞ?」

馬上で膝に乗せられ、手綱を取る両腕で挟み込まれて

逃れようのないお姫様抱っこの体勢。そんな状況で至近距離から浴びせられる満面のイケメンスマイルは反則もいいところ。

お義母様のもうひとつの二つ名が『令嬢殺し』である、というのは聞いていたけれど。

なるほど、お義母様と出会ってしまった令嬢は、例外なく婚期が遅れるという話も納得せざるをえない。

マジでイケメン過ぎるわ、このリアル○スカル。

ほぅ…………や、違!

ないから!お義母様に惚れるとか、絶対ないからー!

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