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1-1

「……ふぅ」

「あらお嬢様、今日のお祈りはもうよろしいのですか?」

「……マルカ?」

「失礼いたしました、奥方様」

「よろしい。あまり長々とお祈りしても神様のお邪魔になるでしょうから、今日からは短く済ませようかと」

「まぁ、奥方様は神様にもお優しいのですね」

くすくすと悪気なく笑うのは、親しみの表れと捉えておこう。正直、子供扱いはやめて欲しいと言いたいのだけど、どうせ聞き入れてはくれないだろうし、諦めて飲み込むことにする。

侍女のマルカ。

生家の家臣の妻で、乳母も務めた育ての母。こうして嫁ぎ先まで付いてきてくれるとは思っていなかったから、それは素直に嬉しいのだけど。

気を置けない相手ではあるものの、性格はおろか黒歴史までばっちり把握されている相手がずっと一緒というのは、授業参観のようでどうにも落ち着かない。いや、嫁いだ先で悪さをするつもりは毛頭ないのだけれども。

気安く話が出来るのは自室とこの礼拝堂くらいのものだし、いいんだ・け・どー。……あ、そうだ。

「マルカ、ちょっと聞きたいのだけれど」

「なんでしょう?」

「カ……、……?」

「か?」

「あ、えーと、……神様の名前って知ってる?」

「神様は神様でしょう?」

「誰も名前を知らないの?」

「神様は唯一の存在ですから、名前は必要ないのでは?あったとしても、私たちが口にするのは畏れ多いことですし、知る必要はないのでしょう」

「唯一」

「ええ、もちろん。奥方様は神学にも明るかったと思いましたが、突然どうなさいました?」

「えーーーーと、ほら、わたくしにはマルカがいるけれど、神様はお一方で寂しくはないのかしら、と思いまして」

「まぁ。…………オーギュスト様のなさりようには私も思うことがない訳ではないですが、神様を引き合いに出すのはさすがに不敬が過ぎますよ。私以外の耳に入ったらどうなることか」

「……甘えが過ぎました。聞き流してくださいますか?」

「私が口を滑らせたことも聞き流していただけるのであれば」

「あら、わたくしは何も聞いておりませんが?」

「奇遇ですね、私もです」

くすくすくす、と悪戯っぽく笑い合う。

侍女がマルカでよかったと心底思う。思うんだけれども。

「マルカ、やっぱりもう少しだけお祈りをしてもよろしいかしら?」

「ええ、もちろん。祈りの時間はいつも通り充分にとってありますから」

「ありがとう」

くるりと神像に向き直り、ドレスの裾を払って跪くと、手を合わせ頭を垂れる。



「あれ、どしたのクーちゃん」

「なにしたのあんた」

「ん?」

「なんかしたでしょ、絶対」

「あー、だってほら、ズルは良くないし」

「ズルってなによ」

「ここで知ったことは言わば神の知識な訳じゃない?それを気軽に誰彼構わず触れ回るのはカンニングもいいとこだと思わない?」

「これっぽっちも」

「マジかー」

「あと3年で神の教えを修正しろって言っておいて、更にそんな訳わかんない縛り入れられて納得できると思う?」

「まぁ納得を求めてる訳じゃないからいいんだけど。でもさ」

「なに」

「神様が唯一の存在じゃないなんて言ったら、さすがにマルカさんでも看過できないと思うけど」

「……………………う」

「命拾いしたね、僕のおかげで」

「……………………うー」

「なんか言うことない?なんか」

「ガーーーー!!」

「わー、クーちゃんキレたー」

「やかましいわ!一応仕方なく感謝はしておくけど、ここで知ったことを伝えちゃダメって言われたらなにも出来ないじゃない。どーしろってのよ」

「いやいやいや、全然そんなことないし」

「は?」

「クーちゃんが直接伝えるのはダメだけど、他の人にヒントを出したりして答えに導くのはアリだから。クーちゃんの周りで既知の情報になれば、その知識は縛りの外になるよ」

「……うー……ん……?」

「まぁヒントがてら実践してもらうのがいいかもね」

「実践?ヒント?」

「うん。そーだなぁ、カレナが言ってないことが神の言葉として重宝されてるんだよね。それはさすがに僕も、可哀想かなぁ、って思うんだ」

「それってまさか」

「あ、分かる?」

「成せるを為さぬは悪徳なり」

「そうそう」

「諸悪の根源」

「うーん、そういう訳でもないんだけど」

「え?」

「まぁ気にしない気にしない。だってほら、言葉自体は必ずしも悪いもんじゃないでしょ?」

「私の印象は最悪なんだけど」

「それは否定できない」

「絶対許さない」

「まぁまぁ」

「でも、カレナ様が言ったのじゃないならちょっと安心?らしくないなって思ったし」

「うん、あんな過激なことは言わないよあの子は」

「だよねー、よかったよかった」

「で、この知識はここで得た情報なので、クーちゃんは人に伝えることが出来ない訳です」

「あー、まぁ、そういうことだよね」

「でも、クーちゃんがヒントを出して他の人を答えに導くのはアリ」

「なるほど」

「クーちゃんが言い出した訳じゃないから、異端審問にもひっかからないし」

「マテ」

「ん?」

「身代わり?生贄?誰かを自分の代わりに犠牲にしろって言うの?」

「いやいやいや、だからそれはクーちゃんのやり方次第だってば」

「なんで無理ゲーの難易度上げるの」

「上げてない上げてない、妥当だから」

「創造神目線の妥当があてになると……?」

「なるなる、大丈夫」

「他人事としか思ってない余裕面がめっちゃムカつく……」

「まぁ、僕は今の世界が滅んだところでなんにも困らないからね」

「……絶対吠え面かかせてやる」

「うん、楽しみにしてるー」

「お、覚えてやがれー!」

「ばいばーい。…………案外余裕あるよね、クーちゃんも」



「ふぅ、お待たせしました」

「いいえ、全然。本当に祈りが短くなりましたね。驚きです」

驚いているのは嘘ではないのだろうけれど、全然そんな表情は見せずに言うマルカ。

「…………どうしました?」

万が一にもマルカを失ったら、絶対的に信頼出来るただ一人の味方を失うことになる。常に一緒に行動する以上、関わらせないという訳にはいかないけれど、気付かせる相手には選べない。

「奥方様?私の顔になにか?」

「ううん、大好きなマルカの顔だな、って」

「甘えが過ぎたと言ったそばからなにを仰るのですか」

ほんの少しだけ、長い時間を共にした仲でなければ気付けないほど微かに、マルカが照れの色を見せる。

「さぁ、お祈りの後は勉強のお時間ですよ」

「はーい」

「返事は短く」

「は〜い」

呆れ返るような、でもほんの少しだけ嬉しげな、深い深い溜め息。

自分だけでなくマルカの為にも、慎重に行動しなければ、と気を引き締めつつ。

クラウディアは礼拝堂を後にした。

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