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領都、バルテン邸。
ガチャリ。
扉を開けて入ってきたのは小柄な好々爺。
「おや、どうしてここに?」
「貴方がいつも裏口から書斎に直行するからでしょう?」
「いやまぁ、ははは」
「今日はお聞きしたいことがございまして」
「おや珍しい。君が教えを乞うだなんて」
「私もそう思います。でもまぁ、パンはパン職人に焼かせるものでしょう?」
「仰る通り。それで、聞きたいこととは?」
「神の御名。ご存知でしょう?」
「禁忌。知ってるよね?」
「ええ。それで?」
「分かった。分かりました、教えるよ。一息だけ、私にも心の準備をさせておくれ」
開拓村。
防戦一方。
戦線は後退し縮小し、石柱の広間の寸前まで押し込まれた。
お義母さまは遊撃として駆け回っているが、退路を拓くことさえ出来ていない。
絶望的。
それが今の私たちの状況。
戦えない女子供たちは身を寄せ合い、震えて一心に祈っている。神に届かない祈りを。
…私だって祈りたい。
家族の無事を。
戻らないカレナの無事を。
腕の中で震えるツィータの無事を。
カレナンツィーナ様に届ける祈りを。
…でも。
『大丈夫。言ってごらん?』
相変わらずの緊張感のない声。
「カ、カレナ様…」
恐る恐る、名を紡ぐ。
「カレナさま?」
誰にも届かないと思った呟きを拾ったのはツィータ。
淡い光が、泡のように蛍火のように、密やかに浮かび上がる。
「そう、カレナンツィーナ様。私たちをお救いくださる女神様の名前」
「カレナンツィーナさま?おねがいめがみさま、みんなをたすけて!」
光が溢れ出す。
きつく目を閉じ祈りを捧げていた者たちも、瞼を透く光に異変に気付き、見上げる。
言えた。なんで?いや、今はそんなこと!
立ち上がる。
膝が折れそうになるけど、無視!
「皆様、祈りを。我らの守護者たる女神カレナンツィーナ様へ」
明らかな動揺。
神とは唯一絶対の存在。名を知ろうなど畏れ多い。この窮地ですら、人の思考には枷があった。
「神は我らを救いたいと望んでおられる!そのためには名を呼び、祈りを届けるのです!」
動揺は混乱へと変じようとしていた。
…名を呼ぶは禁忌。
…神ならば祈りなどなくとも。
反証が次々に浮かんでいるのが目に見える。
ダメ、かぁ。
「たすけて、カレナさまぁ!」
腕の中のツィータが、喉を枯らして叫んだ。
強い光が大きな泡のように広がり、魔物の勢いを一瞬押しとどめたように見えた。
「カレナ…様?」
「カレナンツィーナ様!」
口々に名が呼ばれる。
光の泡は、次第に溢れるように場を包み、広がっていった。
魔物の吠え声が遠ざかり、兵たちの声に勢いが戻り、そして。
ぱたり。
私の緊張の糸、切れたっぽい。




