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【記憶喪失】
「僕は、『秘密』を取り戻さない方がいいと思います」
マブチはユリカの質問に対してそう返した。マブチ自身、まだやり残したことは多くあるのだが、忘れている『秘密』の内容によっては、思い出さない方がいい可能性も十分にあるからこその、選択だった。
「それはどうして?」
ユリカはマブチの答えに対して質問を続ける。しかし、決して否定的な聞き方ではなく、マブチの考えを聞くための優しい誘導にも思えた。
「僕自身、本当に忘れていることがあるのかさえ覚えていません。多分皆さんも同じで、不安に感じることもあると思います。でももし仮に『秘密』を思い出したことによって、例えば僕が誰かを殺していたりしたとしたら、平穏な生活には戻れないかもしれない。そういう想像をしてしまったんです。僕だけが被害を被るのは良いですが、妻や娘に迷惑はかけたくありません。会いたいのは、もちろんですけどね」
マブチの意見は、彼の予想以上に他の3人に響いていた。それもそのはずだ。忘れてしまった『秘密』は、人生に重要なものであると封筒の中身には書かれていた。その内容がプラスの事ならばまだしも、マイナスのものだったとき、それを思い出してまで外に出ることは果たして幸せだといえるのだろうか。その答えを見つけられない状況からこそ、普通ならば取ることのないであろう選択肢が現実的にさえ思えてくるのである。
「あの、館からは『秘密』を思い出さない限り出れないって書いてあったと思うんですが、マブチさんはこのままここに居続けるってことですか?」
キョーコは心の中に芽生えた不安を口に出す。
「そんなもん絶対じゃねぇだろ。そもそも4人も同時に行方不明になったら知り合いが黙ってないだろうしな」
そのキョーコの疑問に答えたのはアサヒだった。言葉だけ聞けば彼女を励ましているようにも聞こえたが、ユリカは多少の引っ掛かりを覚える。
「そういうことを言う割には、あなたもその予想に自信が無いのかしら」
大人げない質問だとは思いつつも、ユリカはアサヒを試すようにしてそう尋ねた。しかし、アサヒの返答は意外なものだった。
「俺は、ここに来てからずっと、もやもやしてんだ。あんた達は自分の居場所に帰りたいって思ってるかもしんねぇけど、俺にはそれが無い。むしろ、帰りたくないって漠然的に感じてる」
「それは、君の『秘密』に関係してるのかもね。漠然と、ってことは、君の記憶の中からそれを埋めるピースが抜け落ちてるってことさ」
「……そう、なのかもな」
アサヒは腑に落ちたような表情を見せ、広いホールの中には静寂が訪れる。現状、アサヒとマブチは『秘密』を思い出さない方が良いという意見を持っているのが明確であり、キョーコは多少『秘密』について関心があるような態度である。それならば、残された1人、ユリカの意見によって、4人の中で対立か多数派の誕生という分岐点を迎えることになる。
「そうね。私はまだ大事な撮影が残ってるけれど……。正直、私の代わりなんていくらでもいるし、この場で対立するほど野暮じゃないわ」
「それは、僕の意見に賛成してくれるってことですか?」
「まあ、そういうことになるわね。でも、アサヒ君の言う通り、出れる可能性を信じてないわけじゃないわ」
ユリカはマブチの想像よりもあっさりと引き下がった。恐らくこの中でもっとも自分自身の立場を重要にしていそうに見えた彼女が、そのような選択を取ることが意外だった。
この場の意見は、もはやキョーコがそれに賛同するかどうかによって決まるのが、誰の目に見ても明らかだった。それに気が付いてるのか、彼女は下を向いて考え事をしている。
しかし、結論が出るまでにそう長い時間はかからなかった。
「……私も、賛成します」
彼女が本心でどう思っているかは分からなかったが、日本人らしい同調を選択したのか、彼女は顔を上げてそう宣言した。結果的にマブチの意見から始まった『秘密』を取り戻すことはしない、という選択は全員の賛成を得ることになった。
◇
それから何日もの時間が過ぎた。最初は色々な手段を用いて館から出る方法を模索していたが、どうやってもそれは成功しなかった。館の中の時間が外の時間と同じかは分からないが、黒い封筒の中に書かれていた「3日」という『秘密』の保持の期限とやらは、どうやらとっくに過ぎてしまったらしい。
館の中は意外と住み心地が良く、外に出ることは出来なくとも、生活をするのには十分であった。次第に4人は外に出ることよりも、館の中でどう快適に過ごすのかについて考えるようになり、ついには館の外に出るという目的を忘れていった。
◇ ◇ ◇
【 BADEND. ― 永住 ― 】
どうやら、このルートはここで終わりのようです。しかし、彼らの『秘密』はまだ完全には解き明かされておりません。他の世界線をお確かめください。
もう一度、選択肢を選びなおしたい場合
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