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【 1日目の夜 】






 「僕は、秘密を取り戻した方がいいと思います」


 ユリカの質問に対しての返答に困惑の表情を見せているアサヒとキョーコとは対照的に、マブチはそう言い切った。それに対してユリカはある仮定を持ち出す。


 「私たちが忘れている『秘密』を取り戻すことが、必ずしも幸福に繋がるとは限らないわよ。少なくとも今の段階ではここに居る誰もが善人に見えるけれど、そうじゃないことだってあり得る」


 ユリカの言葉は確かに的を得ていた。『秘密』の内容を忘れている以上、それの善悪の判断を行うことはこの場に居る誰も出来ないからである。それに、秘密というのは大抵誰かに隠したいものである。それを無理やりに思い出すのは危険かもしれない。しかし、それでもマブチには1つの信念があった。


 「確かに、その通りです。でも、僕はこの館の外に未練がある。やり残したことはたくさんあります。それに、妻と娘が僕の帰りを今も待っているはずです。現状この『白詰の館』から出る方法が、自分の『秘密』を知ること以外に無いのなら、僕はその可能性に賭けたい。それに、もしかしたらすごく幸せな『秘密』かもしれない。それを踏まえて、皆さんは、館の外に未練はないと言い切れるんですか?」


 マブチの言葉に対して、他の3人は言葉を詰まらせる。そのはずだ。いきなり得体の知れない場所に連れてこられて、このまま外に出ることが出来ないなど、常人には耐えられるはずがない。


 「私は、この先の女優人生が懸かっている作品の撮影が来週から始まるわ。まあ、私の代わりなんていくらでもいるでしょうけどね」


 「私は、やり残してることの方が多いです。教員という仕事は替えの利きづらい仕事ですし……」


 ユリカとキョーコは、マブチの話につられるようにして、思い思いの未練を話す。しかし残りの1人、アサヒだけはこれに否定的な態度をとる。




 「……俺は、未練なんかねぇ」



 その発言に、その場の空気が少し歪んだように見えた。それを言うアサヒの顔は、完全にやり残したことの無い人間の表情にはどうも見えない、一種の苦悶(くもん)(はら)んでいるように見えたからだった。


 「俺は生きてる価値の無い人間だ。俺の親も、ダチも、俺がいないとどうにもならねぇなんてことは、考えてねぇよ。でも、あんたらの方がこの場では多数派だ。だからあんたらが『秘密』を取り戻したいって考えてるなら俺は手伝うよ。その後、俺はここに……」


 そこまでアサヒが言った時だった。先ほどまでどこか委縮しているような態度を見せていたキョーコが、アサヒに近づいて、思いきりその右頬をぶった。




 バチンッ!



 4人しか人がおらず、何の音も流れていないどこか無機質なホールに、その音は容易く鳴り響いた。マブチとユリカは突然の出来事に思考が停止し、ぶたれた本人であるアサヒも、事態を理解できていないようだった。その場で意志をもって行動していたのはキョーコだけだった。


 「アサヒ君、君が『秘密』を取り戻そうとするかどうかは、君自身の判断だから強くは言いません。でも、簡単に自分に価値が無いなんて言わないで」


 「……何だよ、いきなり」


 「私はまだ、経験が豊富だとは思わない。でも君みたいに苦しんでる子はたくさん居るのは知ってる。その経験から考えて、君は少なくとも、自分でそんな考え方をするようなタイプには見えない」


 「そんなのお前の勝手だろ」


 突然頬をぶたれて思考を放棄していたアサヒだったが、徐々に冷静さを取り戻してキョーコに反抗する姿勢を見せる。先ほどまでのキョーコならば彼に臆していただろうが、その目には怒りにも近い感情が依然として湧き上がっていた。


 「自分に価値が無いと思うのなら、それを創り出す努力をしなさい。君はまだ若くて、何回でも物事をやり直せる。今自分が置かれてる環境が、世界の全てだと思っては、ダメ」 


 その言葉を聞いて、アサヒだけでなくユリカとマブチも心を動かされた。同時に、成人している2人は心の中で、今この場において彼女ほどの適任はいないとも感じていた。


 「だから、協力して外に出ましょう?マブチさんもおっしゃってたけれど、あなたの『秘密』が悪いものだっていう確証も、まだ無いんだから」


 「それは……」


 アサヒは痛いところを突かれたような表情になる。目の前に居るキョーコを説得しきるのは無理だと判断したのか、目を閉じてため息をつく。


 「はぁ、分かったよ。俺も『秘密』を探す。でも、俺のことは優先しなくてもいい」


 「またそんなこと言って。大人ぶらなくてもいいのよ」


 今度はユリカが、アサヒの考えを見透かすような発言をした。それに気がついてか、アサヒの顔は少しだけ赤くなっているようにも見えた。






 ややあって、4人の意見は各々の『秘密』を取り戻す方法で合致した。その意志が固まったところで、アサヒが口を開いた。


 「外の時間は夜だ。今日はもう、寝たほうがいいかもな」


 「どうしてそれを?」


 マブチは当然の疑問を投げかける。4人の居るホールには時計どころか外の様子を知れるようなものは何もなかったからである。


 「さっき言っただろ。俺は一番最初に目を覚ましたんだよ。だから、あんたらが起きる前に1階だけは見て回った。上の階に続く階段みてぇなのもあったけど、そこに行く前にそっちの先生が起きたから、まだその先は見てねぇ。ここから横に伸びてる廊下には小さい窓があって、そこから見える限りでは夜だったよ」


 アサヒ以外の3人は呆気にとられたような顔をした。もしかしたらこの子は、根は真面目で良い子なのではないかとすら思えるほどだった。


 「先生って呼んでくれた……」


 訂正。キョーコだけは違う意味で呆気に取られていた。


 「それが本当なら、確かに今はあまり動かない方がいいかもね。気のせいかもしれないけれど、1日動き回ったみたいに体は疲れてるし」


 ユリカの言葉で、マブチは確かに自分の体に疲労を感じた。残業終わりのような、ご飯を食べるのも少しためらわれるような気分だった。


 「一応、1階に全員の名前が書かれた部屋はあった。でも、俺が開けられたのは自分の部屋だけだったから、他の部屋も多分そうなってると思う。自分以外の部屋はそもそも、多分ドアノブにも触れなかったけどな」


 一瞬、他人の部屋に入ろうとしたのかよ、というツッコミを入れたくなったマブチだったが、意外と有益な情報のため、アサヒには何も言わないでおく。


 「それだと、それぞれの部屋に『秘密』に繋がる手がかりがあるかもしれませんね。他の人が入れないようになってるのも、そのせいかも」


 マブチがアサヒの情報を有益だと判断したのは、そのような仮説が立てられるからだった。勿論、今のところ確証は何もない。


 「それは確かにあり得るわね。それを信じて、今日はいったんお開きにしましょう。十分に休息をとってから、手がかりを探すのは明日以降にした方が効率が良さそうだわ」


 ユリカによる助言もあって、マブチ達はアサヒに教えられた部屋の場所の方へ行くために、ホールをそれぞれ後にした。






 館の廊下はホールの様子とは違って随分と簡素な作りになっていて、明かりも最低限の常夜灯の者がついている程度である。アサヒの言った通り、廊下には1か所だけ外の様子が見れそうな窓が取り付けてあった。


 それにしても小さい窓である。それに、大人が外の様子を見ようとするならば腰を折り曲げて覗くようにしないと見えないほどの高さに設置されている。マブチの身長では足まで曲げなければならないほどだ。


 「本当に何も見えないな」


 アサヒが見て回った情報は正しいようで、完全に真っ暗というほどでは無いが、外の様子を理解するのは困難な景色がそこには広がっていた。ひょっとすると、外の光が届かないような場所にこのやかたはあるのかもしれない。


 その窓の正面に位置する場所に、おそらく部屋への入り口であろう扉があった。扉には金属の板に「マブチ」と彫られているネームプレートのようなものが取り付けられていた。扉の方は、現代的なオートロックのものではなくドアノブを回して開閉する作りらしい。


 ドアノブに恐る恐る手を触れると、ガチャリという鍵のような音が響いて、ドアを開けるようになった。オートロックではないと判断したが、何故触れただけで鍵が開いたのか。マブチは今の段階で考えるのをやめておいた。






 部屋の内部はこれまた質素な作りであり、天井に取り付けられた簡易的な照明と、シングルベッドが1つ、部屋の中央に鎮座している。申し訳程度に端の方には机と椅子が置かれているが、明らかに大人のサイズには合わないものだった。それに、机の上には何もない。どれだけ手を抜けばこんな作りになるのか、とマブチは少々(いぶか)しく思った。


 しかしそんなことを深掘って考えるよりも先に、マブチの体は睡眠を欲していた。着替えなどあるはずもなく、スーツ姿のままマブチはベッドに飛び込んだ。安っぽい素材に見えたが、ベッドは意外にも柔らかにマブチの体を受け止め、5分も経たないうちに、マブチの意識は遠のいていくことになった。






 ◇ ◇ ◇






 目次から「4」へお進みください。





 

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