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【 白詰の館 】
「おい、いつまで寝てんだよ、おっさん」
その声で、スーツ姿の男は意識を取り戻した。パッと目を開くと、突然入ってくる光の眩しさに思わず目を細めてしまう。どうやらうつ伏せの姿勢のまま眠っていたようで、体のいたるところが痛みを訴えてくる。
男はなんとか力を振り絞って腕で体を支えて起き上がり、その場にゆっくりと立つ。寝不足のときのように頭が朦朧としており、現状を理解するところまで頭が回りきらない。
高級なホテルのロビーを彷彿とさせるような広い空間。色鮮やかな赤い絨毯が敷き詰められた床、煌々と部屋を照らすシャンデリアと思われる装飾が天井からぶら下がっている様子は、どこか非日常を感じさせる光景だった。
部屋の端に置いてある棚や、見るからに高級そうな巨大な壺が、大理石と思しき綺麗な机に載せられているのも見える。ここはいったいどこなのか、という当然の問いに合わせて男を混乱させる要素がもう一つ。
「なんとか言ったらどうなんだよ。周りなんか見ても何もねぇよ」
男を少々乱暴に目覚めさせた茶髪で学ラン姿の男子学生が、明らかに不満げな態度で前に立っていた。目つきも相当に悪い。男はそこでハッとなり、確かに起こしてもらったのを無視するのは良くない、という良心が働いた。
「ごめん、僕は大丈夫。えっと、この状況に何か心当たりは……?」
「知らねぇ」
男子学生は相変わらずの態度はそのままに、一瞬も目をそらさずに男に向かって返答した。歳は明らかにスーツ姿の男の方が上だが、この場における立場には関係が無いようだった。
男が何度か頭を下げながら男子学生に感謝の意を伝えていると、その奥に別の人影があることに気が付いた。絨毯の上に何かの書類を広げて慌ただしく作業をしている、眼鏡をかけた黒髪の女と、手鏡を見ながら身だしなみを確認する黒い帽子を被ったスタイルの良い女がそこには居た。
「えっと、貴方たちは……?」
男子学生に完全に気圧されたスーツ姿の男は、穏便に事を済ませようと柔らかい物腰でそう尋ねた。
「……」
「うわ、ここもミスしてるじゃん……」
黒い帽子の女については、確実に聞こえているはずの距離にもかかわらず、当然かのように男の問いかけをスルーする。眼鏡の女はそれどころでは無いのか、書類に集中しすぎてしまっているようだ。
「あはは……」
打つ手が無くなったスーツ姿の男は、藁にも縋る思いで男子学生の方を見た。特別に期待をしていたわけでは無かったのだが、彼は思いがけない行動に出る。
「おい、話聞けや」
男子学生はズンズンと大股で黒い帽子の女の方へと近づいていったかと思うと、まるで喧嘩を始める前のように、女の視線の下から睨みつけてそう言い放った。スーツ姿の男の声には耳を傾けなかった女達も流石に何かを察したのか、各々の動作をやめて男子学生の方を見る。
「何か用?」
黒い帽子の女は意外にも、男子学生に臆することなく睨みを返して見せた。予想外の行動だったのか男子学生は一瞬驚くも、そのまま話を続けた。
「無駄話するつもりはねぇよ。俺のポケットにこれが入ってたんだけど、あんた達はどうだ?」
男子学生がズボンの右のポケットから取り出したのは、見たこともないほどの漆黒の色が付けられた封筒のようなものだった。その場に居た他の面々は男子学生と同じように自分の服をあさる。すると、同じようにして服の中から黒い封筒のようなものが出てきたのだった。
「全員かよ。俺は一番最初に目が覚めて、すぐにこれに気付いた。でも中に書いてあることが理解できなかったから、あんたらの意見が聞きてぇ」
「えっと、君はもう内容を知ってるんだね?」
「そうだって言ってんだろ、耳付いてんのかてめぇ」
スーツ姿の男の丁寧な確認作業が功を奏することは無く、逆に男子学生の逆鱗に触れるというミスを犯してしまった。男はそれに慌てて、急いで封筒の中身を確認した。そこには白い文字で文章が書き連ねられていた。
◇
ようこそ、「白詰の館」へ。
貴方をこちらにお招きしたのは他でもありません。
現在、貴方は残念なことに、自分自身の人生に関わる重要な『秘密』を忘却されております。
しかしご安心ください。この館にはそれを思い出すための手がかりがございます。
全ての手がかりを見つけ、その『秘密』を取り戻されたとき、貴方はこの館から出られるようになるのです。
ただし、これ以外の方法で「白詰の館」から出る方法はございませんので、あらかじめご了承下さい。
1つ、御忠告を。当館で貴方の『秘密』を保持することが出来る期限には限界があります。
3日を過ぎれば、貴方の『秘密』は記憶の中から完全に消えてしまい、この館から出ることも出来なくなりますので、お気をつけください。
貴方の今後の人生に幸多からんことを、願っております。
◇
男子学生以外の三人は一通りその文章に目を通した。そして男子学生の言っていた意味を理解した。
「秘密って何のことだ」
スーツ姿の男のその呟きに同調するように、絨毯に座り込んでいた眼鏡の女が急に立ち上がる。
「私達、ここから出れるんですか!?」
その少々ヒステリックじみた様子は、明らかに冷静ではなかった。それにその質問に対する明確な答えをその場の誰もが持っていなかった。
「ここに書いてある通りなら、この館にある何かしらの手がかりを見つけて『秘密』とやらを思い出すことが出来れば、ここから出れるっていう解釈になるでしょうね」
その状況を見かねてか、黒い帽子の女は優しい口調で眼鏡の女にそう簡略化して伝えた。彼女のまとめ方は丁寧で分かりやすいものだったのも好印象である。
「だとしても、その『秘密』以外に忘れていることとかは無いんですかね?そもそもどうやってここに来たのかすら僕には見当がつかないのですが……」
スーツ姿の疑問に対して、黒い帽子の女は返答する。
「少なくとも、私はここに来るまでのことは覚えてないわ。でも分かることもある。私は望月優里花。今までの反応を見るに誰も私のことは知らないんでしょうけど、一応芸能関係の仕事をしてるわ」
そう言ってユリカが帽子を取って見せると、他の三人の内、スーツ姿の男だけがその顔を見て反応する。
「え、もしかして去年公開された『十二人の怒れる女』に出てましたか!?」
「え?ええ、まあ」
「やっぱり!どこかでお見かけしたと思ったんですよ!」
スーツ姿の男は急にハイテンションになり、やや興奮気味にユリカに握手を求める。それに対して彼女は、まんざらでもない様子で応対していた。
「僕は馬渕洋平といいます。歳は28で、同い年の妻と3歳になったばかりの娘が居ます。普段は会社員をやっているんですが、昔の知り合いに誘われて最近では近所のオーケストラの練習にちょこちょこ顔を出すようになりました」
自己紹介を返さなければ失礼であると考えたマブチは、人当たりの良い笑顔を周りに向けてそう言った。そのままだと半永久的に話し続けそうな状況を、ユリカが制止した。そして彼女はそのまま、名前を名乗っていない残りの2人の方を見る。その視線に気が付いたのか、男子学生は不服そうに言葉を発した。
「……橘旭。……高1」
この中でどう見ても最年少であるアサヒのその態度にユリカは少し不機嫌そうに一瞥するも、それを言葉にはしなかった。その代わりに、最後の一人である眼鏡の女の方を見る。
「あ、中学校の教員をやっている稲井響子といいます。社会人2年目なので、この中だと2番目に年下です。よろしくお願いします!」
社会人経験の短さに加えて彼女の個人的な性格が影響したのか、キョーコは自己紹介の中で随分と起伏に富んだ話し方をして見せた。これで一通り確認が済んだ、というところでユリカが突然切り出した。
「ねえ、ちょっといいかしら。あなた達はこのまま、この封筒の指示に従って自分の『秘密』を取り戻すために行動するつもり?」
◇ ◇ ◇
【 『秘密』を取り戻す 】と選択する場合
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【 『秘密』を取り戻さない 】と選択する場合
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