13
【 娯楽室へ 】
「娯楽室がいいんじゃないですかね。この館は閉鎖的な空間ですし、リフレッシュの意味合いも込めて」
マブチはあっけらかんとそう言った。その様子を見てユリカはため息をつく。
「マブチ君あなたね……。こんな状況で随分と呑気なものね」
「こんな状況だからこそですよ。少なくとも『秘密』に関する手がかりが、僕たちにとって良いものであるとは限らないのは、さっき分かりましたから。陰鬱な雰囲気を残したくないんですよ」
マブチの提案はそこまで考えられてのことだった。館から外のことを正確に把握することは出来ない。そのため、心なしかどんよりとした空気が立ち込めているようにも感じられるのである。
「……私は、良いと思います」
「……俺も」
マブチの意見に対して、アサヒとキョーコは賛成の意志を見せる。それに促されてか、ユリカは「仕方ないわね」と渋々同意したようだった。
「じゃあ決まりですね。朝ごはんを食べ終わったら娯楽室に行きましょう」
そう言ってマブチはキョーコ特製のオムレツを口いっぱいに頬張った。
◇
「そろそろ行きますか」
ユリカが最期のヨーグルトを食べ終わったのを確認して、マブチは他の面々にそう言った。キョーコとアサヒは静かにうなずいて、それぞれ自分の使った食器を持って立ち上がる。
2階のキッチンに行くと、キョーコが率先して洗い物をすると言い始めた。しかし多少の罪悪感と協力関係の存在から、4人で協力して洗い物をすることにした。
キョーコはここでも家事スキルを発揮し、非常に手慣れた手つきで洗い物を済ませていく。5分もかからない内に食器は洗い終わり、4人はキッチンから出て娯楽室へと向かった。
娯楽室は館の南側にあたる部分にあり、キッチンとは浴場を挟んでほとんど反対側に位置している。2階を見て回った時には南側の探索をキョーコが行ったので、それ以外は娯楽室に行くこと自体が初めてである。
「娯楽室って言うほど生活が縛られてるわけでも無いですよね、今って」
マブチはふと、心の中で芽生えた疑問を口にした。
「何も私たちの為に用意されてるとは限らないでしょう」
「うーん、それだと個人の部屋が準備されてるのが矛盾している感じがして……」
「単に気を紛らわすためだけじゃないとしたら、そこには意味があると考えるのが自然ね」
ユリカの言葉を受けて、アサヒは考えを巡らせた。
「『秘密』の手がかりがあるって言いてぇのかよ」
「まあ、その可能性は高いでしょうね。だからこそ、ここを探し終わったら他の部屋も確認してまわるべきね。元からそのつもりでしょうけど」
雑談をしているうちに、4人は娯楽室の前へと着いていた。事前に娯楽室を覗いているキョーコを先頭にして、全員で中へと入る。
娯楽室は他の部屋とは違った異質な雰囲気を放っていた。バーの中に居るような雰囲気を感じる薄暗い照明が部屋を照らしており、部屋の中心にはビリヤード台が設置されている。奥の方にはいくつかのダーツボードや、レトロな雰囲気を感じるゲーム機などが設置されているようだった。
「まさに、って感じがするわね」
マブチは、ユリカがこういうものには興味がないと思っていたが、部屋の雰囲気を見たユリカは口角が若干上がっているようにも見えた。意外とこのような感じが好みなのだろうか。
「遊びたい気持ちはやまやまですが、同時並行で探索でもしましょうか」
マブチはこの場では大人になることを決め、娯楽室の奥の方へと歩いて行った。
「じゃあ俺はこっち探すからよ」
「あ、じゃあ私は向こうの方を……」
それを見てキョーコとアサヒはマブチと探す範囲が被らないようにそれぞれの方へと移動する。マブチは奥のゲーム機とダーツボードの付近、キョーコはたくさんの雑誌などが並べられている場所、そしてアサヒは漫画と思われる本がズラッと並んだ本棚、ユリカはビリヤード台周辺を探し始めた。
「これ、懐かしい……」
「なんだよそれ」
「え、『初ベリ』知らないの? 」
「知らねぇ」
「『初恋はベリーの味がして』っていう、私が学生の時に流行ってた漫画だよ」
「へぇ」
すぐに雑誌の場所を探し終わったキョーコは、量の多い本棚の方に移動して一緒に捜索をしていた。その途中で見つけた漫画についてのジェネレーションギャップを感じたのか、アサヒに対して懐かしの漫画の良さを語っているようだった。
「アサヒ君は恋愛漫画とか読まなさそうだもんね」
「そもそも漫画自体あんまり読まねぇよ」
そう言ってアサヒが本棚の一つに手をかけた時、部屋全体に携帯のアラーム音が鳴り響く。
ピリリリリッ
その音の一番近くに居たユリカは、音の出所を探る。音が鳴り続ける間、軽く見て回ったところ、ビリヤード台の近くに設置してあるソファの隙間に入り込んでいる携帯を見つけた。そこには着信が来ているようで、携帯の画面には「野口さん」という表記がなされている。
「こっちに着信が来てる携帯があったわ!」
ユリカはその携帯を他の3人に見せる。それを見て反応したのは、本棚の近くで捜索をしていたアサヒだった。
「野口、先輩……」
その表情が示すのは、その人物に対する恐怖と解釈するのが適当だと思われるほど、アサヒの顔は絶望に満ちていた。
アサヒが携帯を受け取らずその場に立ち尽くしていると、ユリカの持っている携帯の着信が切り替わり、留守番電話のような状態になる。
「……おい橘、俺からの電話を無視するとはいい度胸じゃねぇか。今月分のノルマのこと、忘れてねぇよな? いつもの場所で待ってるから、絶対来いよ」
そこまで言って、電話は切れる。着信が切られた後の無機質な電子音が部屋には響いていた。
◇ ◇ ◇
目次から「17」へお進みください。