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【 洗面所へ 】
「何か探すなら洗面所ですかね。食事が終わった後に身だしなみを整えることが出来るかもしれませんし、片付けのついでということで……」
マブチは他の3人に対してそう提案した。少々呑気な提案にも思われたが、女性陣がこれを支持した。特にユリカの意見は強いものとなる。
「マブチ君の言うとおりね。何をするにしてもまずは準備が必要だわ。起きてそんなに時間も経っていないし、いくら衆人の目がないとはいえ、このままだと嫌だもの」
ユリカは既に万全の化粧を施している。しかし、それでも不十分だというのだから、プロ意識というものは一般人には理解できないものなのかもしれない。それをマブチは、言葉にすることなく心の内にそっとしまった。
◇
しばらくして、4人は朝食を食べ終わる。それぞれの食器を重ねて手で持ち、2階にあるキッチンへと向かった。談笑をしながら、4人で協力して食器の片付けを行った。料理を作った時と同様に、キョーコが持ち前の家事スキルを発揮し、率先して洗い物を引き受ける。
4人分の食器はすぐに洗い終わり、ユリカを先頭にして、キッチンから廊下に出る。洗面所はキッチンのすぐ左隣にあり、出たままの流れで4人はその中に入る。
「洗面所にしては、随分と広いですね」
マブチは洗面所に入るなりそう呟いた。中には、両側に備え付けられた洗面台が6つと、その奥の方に男女の姿を模ったマークが示されており、その場所がトイレであることが想像できた。
「えぇ、確かにそうね。昨日の夜にトイレを使ったのだけれど、中にもきちんと洗面台の数と同じだけの個室が用意されていたわ。男子トイレの方はどうか分からないけどね」
ユリカはそう言って、洗面台の上にいくつかのボトルを置いていく。それらは化粧水のように見えた。
「私は肌のケアをするから、あなた達は出来れば奥の方を見てきてくれる?」
ユリカはマブチとアサヒの方を見てそう言った。それは、すっぴんを見せたくないという彼女なりのプライドがあるのだろうと察し、マブチは二つ返事でトイレの方を探すことを了承した。
「了解です。じゃあ僕とアサヒ君は男子トイレの方を見てくるので、キョーコさんは女子トイレの方の確認をお願いしてもいいですか? 」
「分かりました。ただ、一人だと時間がかかってしまうかもしれませんけど……」
「全然大丈夫ですよ。時間はたくさんありますから」
そう言ってマブチはアサヒと共に男子トイレの中に入る。中には小便器が3つ用意されており、女子トイレに接する壁の方には、個室が同じように3つ用意されていた。
「こっちは3人用かよ」
アサヒはトイレの数を指で数えながらそう呟いた。
「まあ、女性は用を足すのに時間がかかるから……」
「屁理屈だろ」
「そうかもしれない」
そんな雑談をしながら、マブチはトイレの一番奥にあたる部分の個室を開けた。中には洋式のトイレが設置されており、誰が掃除しているのか、とても綺麗な状態に保たれているようである。
どこにでもある普通のトイレである。水の入っているタンクのカバーまで開けるか迷ったものの、念のためそこを開けた。ここで何か需要なものを見逃す事が後に影響するのを避けるためだった。
「よいしょっと」
カバーは中々に重く、持ち上げるのも一苦労だったが、その中にはマブチの努力を裏切らない者が確かにあった。
黒いカバーに包まれた、ボロボロの日記のようなものが、そこにはあった。切り傷とも思われる、日記を切り裂くようにした傷がいくつも入っており、持ち主が正常でないことが予想できるものだった。
「なんだこれ……」
日記のようなものを手に取って、恐る恐る中を開く。そこにはぐしゃぐしゃになった紙に、丁寧な字で日記が綴られているのが何とか解読できた。
◇
【3月〇〇日】
今日は初めての出勤日だった。とても緊張していけど、同期や先輩の先生たちはとても優しそうで、少しだけ安心した。
【3月〇〇日】
自分の担当するクラスが決まった。初めて受け持つクラスということもあるので、最初が肝心だ。
【4月〇〇日】
クラスの子供たちは皆いい子で、これからの生活が楽しみ!
【4月〇〇日】
クラスの――君が元気がなさそうに見える。大丈夫かな?
【4月○○日】
―—―君がいじめられていることを相談してきてくれた。でも、私にできることって何なんだろう。
◇
マブチはそこまで読んで次のページに手をかけようとしたが、そこで違和感に気が付いた。日記のほとんどの部分が破られているのだ。そして、最後のページには、狂気的なまでの言葉が綴られていた。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。……
それまではページの線に沿って丁寧に書かれていたはずの日記は、その言葉だけで埋め尽くされていた。後半になる程、文字はだんだんと読めないものへと変わっていき、最後の方は何かで濡れてしまったのか、インクが滲んでしまっている。
その日記から感じ取れるのは、何かに対する徹底的なまでの「謝罪」。そしてマブチは、その日記の持ち主に心当たりがある。というよりも、この非現実的な空間においてその持ち主は最早一人しかいなかった。
マブチはトイレの個室から出て、隣を探していたアサヒに声をかける。
「アサヒ君、『秘密』の手がかりが見つかった」
「マジかよ。おっさんのか? 」
「いや、多分キョーコさんのだ」
そのマブチの表情を見てアサヒは何かを察したのか、それ以上言葉を発するのをためらった。食堂で情報を共有した時にキョーコが見せた涙は、誰が見ても感動の涙に見えた。しかし、彼女の手がかりが更に見つかった状態で、マブチの表情は曇っていた。それはキョーコにとって、『秘密』の手がかりが良い物ではないことを意味していたのだ。
マブチは男子トイレを出て、深呼吸を一つする。そして意を決して女子トイレの扉をノックした。
「キョーコさん、ちょっといいですか? 」
◇ ◇ ◇
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