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【 キッチンへ 】
「何か探すなら、キッチンですかね。この食事の片付けをするついでに探すのが、効率もいいと思いますし」
マブチはキョーコの作ってくれたオムレツを飲み込んでからそう言った。中はしっかりと半熟に仕上がっており、口の中に広がる卵とバターの香りが幸せを運ぶ。
「それは確かにそうね。キョーコちゃんだけに負担をかけるわけにはいかないもの」
ユリカはマブチの意見に同意しながら、具沢山のヨーグルトを口に運ぶ。中にはブルーベリーやナッツ、バナナなどが入っており、色覚的にも香り的にもバランスの取れたものになっていた。
「そ、そんなお気遣いを頂かなくても……」
キョーコはマブチとユリカの好意に若干戸惑いつつも、まんざらではない様子であった。アサヒはその隣で黙々と食事を頬張っている。
「じゃあ、決まりですかね。食事が終わったらキッチンに向かいましょう」
4人は食事を済ませた後にキッチンで『秘密』の手がかりを捜索する方針で一致した。束の間ではあるものの、4人は食事をしながら他愛もない談笑を楽しんだ。
◇
「ごちそうさまでした」
マブチは最後に食事を食べ終わり、既に食事を終えた3人にも伝わるように、食後の挨拶をする。それを待っていたかのように、ユリカは自分の分の食器を持って立ち上がった。
「行きましょう。時間は有効に使わないとね」
ユリカに続くようにして、マブチ達は各々の使った食器を重ねて持ち、食堂を後にした。ユリカの後にマブチ、キョーコ、アサヒと続き、2階にあるキッチンに向けて歩く。そこに行くまで、誰も先ほどのように楽しげな顔を見せることは無かった。これから見つかるかもしれない『秘密』の手がかりが、自分のものである可能性をそれぞれが想起していたためだった。
マブチの部屋の前を通り、突き当りの階段を上る。キッチンはマブチの部屋のちょうど上に位置しているため、階段を上って左側の廊下を進み、すぐにその扉が見えた。ユリカが扉を開け、先に中へと入る。それに続いて、他の3人もキッチンの中へと入った。
館のキッチンは一般の過程にあるようなものよりも少し広い間取りをしていた。扉から入ってすぐに、ガス式のコンロが2つ、そしてそれに隣接するようにして取り付けられた流し台が目に入る。右側の部分には冷蔵庫が3つ並んでおり、どう考えても人数に見合った数ではなかった。換気扇の音や冷蔵庫の稼働音など、久しぶりの電化製品の気配に、非日常の中の日常を感じる造りになっている。
「僕が洗いますよ」
「いえ、私がやりますので、皆さんは先にキッチンの中を調べてください」
キョーコはマブチ達から有無を言わさずに食器を受け取ると、流し台に向かって洗い物を始めてしまった。結局、キョーコの負担を軽減するというマブチの提案は無かったものになったのだが、3人で捜索を行う方が確かに効率的である、とマブチは判断し、キョーコの意思を尊重することにした。
「分かりました。じゃあ、僕たちで先に調べましょうか」
とは言ったものの、キッチンの中はそれほど探す場所が多くはない。部屋の一部分を埋めている冷蔵庫の中、そしてコンロや流し台の下の部分くらいのものである。それに今はキョーコが洗い物をしているため、後者は後回しということになる。
「ちょうど冷蔵庫が3つありますし、1人1つずつ中を探してみましょう」
「そうね。じゃあ私は一番右を見ることにするわ」
「……俺は、左を探す」
「じゃあ、僕が真ん中ですかね」
マブチ、アサヒ、ユリカの3人はそれぞれの担当に決まった冷蔵庫を開け、その中を調べていくことにする。
冷蔵庫の中には、たくさんの種類の飲み物や肉、魚、野菜に至るまで、たくさんの種類の食材が詰め込まれていた。それは他の冷蔵庫も同じような状態のようで、ユリカはいくつかの食材を手に取って詳しく調べているようだった。
冷蔵庫の中にある食材はどれも新品同然で腐っているような様子も無かった。これだけの量の食材がありながら、どうやってこの状態を維持しているのだろうか。館には他の人間が居る形跡は無く、動力などもどこから持ってきているのかが不明である。
「こんなんもあるのかよ」
マブチの隣のアサヒは元の調子を取り戻したようで、得体の知れない何かを持っていた。それは幼いころの記憶がフラッシュバックするほどの強烈なインパクトをマブチに与える。
「アサヒ君、それもしかしてカエル……? 」
「多分な」
「……そういうの苦手なんだよね」
「へぇ」
マブチの必死の告白に対して、アサヒは悪ガキのような笑みを浮かべる。マブチの顔は青ざめ、アサヒから少し距離を取るよう移動する。
「あら、カエルくらいで驚いてどうするの。男の子でしょう? 」
マブチのその様子を可笑しく思ったのか、右側に居るユリカも同じようにして悪だくみをしていそうな表情になる。マブチはその瞬間に逃げ場がないことを悟ったのか、命乞いにも近い声を出す。
「寝て起きたら隣でカエルも一緒に寝てたことあるんですか! それもとんでもなく大きなウシガエルですよ! 」
マブチの必死の叫びは2人に少しは響いたのか、アサヒとユリカはスッと興味を失ったように冷蔵庫の方に向き直した。二人なりの気遣いなのだろうが、マブチからすれば2人に軽い恨みを持つほどの出来事だった。
「もう、やめてくださいよ、ほんとに……」
マブチは情けない声を出しながら自分の担当の冷蔵庫に目を戻す。ちょうどその時に、洗い物を終えたキョーコがマブチの方に寄ってきていた。
「マブチさん」
「ひっ……! 」
「あ、当然話しかけてごめんなさい! 私はどこを探したらいいですか?」
「あー、えっと、コンロと流し台の下の部分をお願いしてもいいですか? 」
「分かりました! 」
キョーコはビシッと敬礼を決めて、マブチの言った通りにコンロが設置してある場所の下にある棚を開いた。その瞬間だった。
「……きゃあああっ! 」
悲鳴。マブチが見送ったはずの方向から、聞こえた声。マブチはすぐに振り返り、キョーコの安否を確認する。
そこには、腰を抜かしたような姿勢でキッチンの床に座り込むキョーコの姿があった。コンロの中を見ているその目は、恐怖の色で満ちてしまっている。マブチの脳裏には2つの選択肢がよぎる。ただ純粋に驚く出来事があったのか、『秘密』に関わる何かなのか。
その正体を知りたいという欲求をマブチは抑えられなかった。それよりも、本能が告げていた。
自分の『秘密』がそこにある、と。
◇ ◇ ◇
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