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【 探索① 】
それぞれの部屋にあった『秘密』の手がかりと思われるものは、現状全て出尽くした。4人の中でそれらに特に強い反応を示したのはアサヒとキョーコであり、マブチとユリカは驚くのみで、それ以上の反応は示さなかった。
食堂の中には少々気まずい沈黙が流れる。その状況を察してか、マブチは口を開いた。
「えっと、とりあえず今の段階で分かってることをまとめましょう。どうやら『秘密』の手がかりは、今見つけられたもののように館に隠されている可能性が高いです。それと、『秘密』の手がかりに関係する本人は、それを見た場合に記憶が一部戻る、という認識で合ってますかね」
マブチは残りの3人に向かってそう言った。とはいっても、実際にそれを尋ねている相手は一人だけである。
「記憶の戻り方には個人差があるってことも含めて、ね。私とあなたはそうでもないけれど、特に彼は『秘密』に関して良くない記憶を持ってる可能性が高いから」
そう言ってユリカは、マブチの発言を補足する形で、顔色の優れないアサヒの方を見た。それに気が付いたのか、アサヒは少しだけ顔を縦に振る。
「辛いことを思い出してしまう可能性は高いですが、この館から出ると決めた以上、僕たちは残りの手がかりを探さなければならないでしょう。そこで提案なのですが、まだ誰も見ていない館の2階を調べませんか?」
「それは賛成ね。ただ、ここの反対側にある扉の先も調べておかないといけないでしょう?」
「そうですね。なので、1階についてはユリカさんとアサヒ君に捜索をお願いしたいです。詳しくは見れなくても、何があるか、が分かれば十分です。僕とキョーコさんで2階を調べます」
「あの、どうしてその組み合わせなんでしょうか……?」
マブチの提案にキョーコは質問する。勿論、その点についてマブチには意図があった。
「この館は最低でも『秘密』を思い出すための猶予の期間を3日設けてくれています。この食堂のように最低限の生活が出来る環境を準備しているなら、無いと困るものがあります」
「……トイレとお風呂、そんな所かしら」
「ええ、恐らくあるでしょう。その時に性別が組み合わせで偏っていると、探すときに困る可能性がありますから。それに合わせて、今少し不安定になっているアサヒ君はあまり歩き回らせたくない。なので、消去法でその組み合わせになります」
「なるほどね、分かったわ」
ユリカはマブチの提案に納得してくれたようで、意見を承諾した。その様子を見て、キョーコも「分かりました」とだけ答えた。
「私はアサヒ君が動けるようになるまでここで待つわ。探す範囲もそんなに広くないし、あなた達は先に動いてもらって構わないわ」
「分かりました。よろしくお願いします」
マブチはアサヒの事を受け持ってくれることをマブチに約束し、2人を館の捜索の方に促した。マブチがキョーコに「行きましょうか」と言うと、キョーコはマブチに続いて食堂を出た。
◇
「マブチさんは、さっきので何か思い出しましたか?」
2階へと続く階段へ向かう途中、キョーコはマブチにそう聞いた。
「うーん、新しいことは特に、かなぁ。妻と娘がいることは最初から覚えてたし、もしかしたら『秘密』とは関係ないのかも。そう聞いてくるってことは、キョーコさんは思い出したことがあるの?」
「……はい。私、最初に行ったかもなんですけど、今年で教員2年目なんですよね。でも、ついさっきまで1年目に担当していたクラスの子供たちのことを忘れてたんです。だから、きっとそれが関係してるんだと思います」
そう言うキョーコの表情は、どこか浮かないものだった。食堂で話していた時は、生徒からの寄せ書きに感動して涙を零しているようにも見えたため、マブチは少し不自然に思った。
「あの寄せ書き、もらって嬉しい物でしたか?」
「当り前じゃないですか。でも、ようやく1年間やりとげたっていう疲れも同時に思い出しちゃって……。新人の教員って、色々な雑務を押し付けられて大変なんですよね……」
マブチはかまをかけたつもりだったが、どうやら杞憂に終わったようだ。教員という仕事はよくブラックだと聞く。子供が好きだから、教えることに憧れを持つから、そんな気持ちを強く持っていても、苦労の方が多いのかもしれない、そうマブチは思った。
マブチの部屋に面する北東側の廊下を突き当りまで進むと、確かにそこには木製の階段があった。上の階に続くそれは手すりも備えた意外と丈夫そうな造りになっており、マブチとキョーコは慎重にその階段を上り始めた。
20段ほど登ったところで、開けた踊り場のような場所に出る。正面には恐らくアサヒの部屋がある方の廊下に続いていると思われるもう片方の階段があった。
そこからマブチとキョーコは2階の捜索を行うためにぐるっと一周回ってみた。どうやら2階の造りは、1階とほとんど同じように、東西に伸びる廊下とそれに面した部屋で構成されているようだった。違う点があると言えば、1階の中央にあるホールの真上の部分に、異なった間取りの部屋があることだった。
「これは……」
マブチが興味本位でその扉を開けると、その部屋の中からは風呂を溜めたときのにおいが微かに漂ってきた。扉の先には簡易的な脱衣所のようなものもあり、どうやらそこが風呂場であることは間違いがないようだった。
「マブチさん、とりあえず反対側、見てきましたよ」
「ありがとう、キョーコさん」
マブチとキョーコは二手に分かれ、2階の捜索を終えた。2階にある部屋は今分かっている限りで、マブチの部屋に上にあたる北西側の部分にはキッチン、その隣の北側には洗面所、南側には娯楽室、ユリカの部屋の上にあたる南東側の部分には書斎、そして食堂の上に位置する2つの風呂場、その間に位置するボイラー室であることが判明した。
「ただ、私の部屋と同じ場所の部屋は、扉があったんですが開きませんでした」
「僕が見た方にも同じような部屋があったよ。ちょうどアサヒ君の部屋の真上にあたる所だ」
マブチはスーツから手帳を取り出し、今分かっている限りの間取りを記していく。捜索には当分の間それを使い運びとなった。
「それにしても、生活に必要なものは大体揃ってるって感じですね。お風呂まであるとは思いませんでした」
「ああ、そうだね。正直な話、ここに居る間は風呂に入れないことも覚悟してたからね」
マブチとキョーコは館の設備に少々驚きを隠せないようだった。食堂で食べるための食事についても、キッチンになぜか備え付けられている新鮮な食材を使えば事足りるだろうし、多少不便ではあるがトイレの心配についても無くなった。
ここまで丁寧に、この館で人が暮らす設備が整っていることにマブチは疑問を抱きつつも、自分には関係のない話だと判断し、それ以上考えないようにした。
◇ ◇ ◇
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