情報共有
報連相(報告・連絡・相談)は、大事。
【情報共有】
「たっだいま~っ」
Kentがやたらテンション高く、家へ入ってきやがった。
「ただいま」って、何よ?
ここは、お前の家じゃねぇべや。
マジでここに住む気なの? コイツ。
私は「し~っ」と、口の前に人差し指を一本立て、小声で注意する。
「ちょっと、Feliciaとワンコが寝てんだから、静かにしろや」
「え~……もう寝ちゃったの~? せっかく、フェリシアにお土産たくさん買ってきたのにぃ~……」
ケントも声をひそめて、残念そうにしょげた。
見れば、たくさんの袋を提げている。
どうやら、フェリシアの為に、オモチャや服をしこたま(たくさん、どっさり)買ってきたらしい。
フェリシアの喜ぶ顔を、楽しみにしてたんだろう。
だが、残念ながら遅すぎた。
子供はもう、寝る時間だ。
風呂に入れささって、飯食わしてやったら、寝落ちしちまった。
幼児ってさ、なんでいきなり電池切れ起こして、強制終了すんの?
初めて電池切れを見た時は、倒れたと思って、めっちゃビビり散らかしたわ。
今、フェリシアは、ワンコと仲良く寄り添って眠っている。
幼子とワンコの寝顔は、まさに天使そのもの。
ケントも、ふたりの寝顔を眺めて、デレッデレになっている。
「うわぁ~、可愛い~。癒し効果抜群で、疲れも吹っ飛ぶわ」
「マジ可愛すぎて、ずっと見ていられるのよね」
うちらはしばらく、ふたりの可愛い寝顔をニヨニヨしながら見つめ続けた。
「あ、そうだ。コイツらが寝てる間に、アリーに話しておきたいことがあるんだけど」
ケントが急に、神妙な面持ちになり、低い声で言った。
「何よ? それって、フェリシアに聞かれちゃ、マズい話?」
「うん。たぶん、マズい話」
「分かった、向こうで聞くわ」
私とケントは、フェリシアが眠っている寝室を出て、扉をそっと閉めた。
うちらは、居間へ移動した。
フェリシアに聞かれちゃマズい話って、なんだべか。
長い話になりそうだと思って、自家製の野草茶を淹れることにした。
野草茶は、簡単に出来る。
旬の野草を摘み、風通しが良い場所で、カラカラになるまで干せば出来上がり。
飲み方は、普通のお茶と同じで、茶葉を急須に入れてお湯を注ぐだけ。
季節によって色んな野草があるから、飲み比べたり、ブレンドしたりして楽しむ。
ただし、野草と毒草は見分けるのが難しいから、くれぐれも素人判断で真似しないように。
実際に、素人が山菜採りをして、毒草や毒キノコを誤って食べて中毒を起こす事故が多発している。
私は、生まれた頃からこの森で生きているから、野草と毒草の見分け方は熟知(良く知っている)している。
それはさておき、香り高い野草茶をカップに注ぎ、ケントの前に置く。
「ほい、お茶」
「ありがとう。うん、やっぱ、お前の野草茶は美味いな」
ケントは野草茶を啜って、嬉しそうに笑った。
私も、野草茶をひとくち。
よし、今回のも良い出来だ。
おっと、のんびり野草茶を味わってる場合じゃなかった。
「で? フェリシアに聞かせられない話って、何よ?」
「今日な、人間の街で、フェリシアの噂を聞いて来たんだ」
ケントは、憎々しげに語り始めた。
「うちらのフェリシアはな、元々『フェリシア』って名前だったんだよ。フェリシアは、『奇跡の力』を持っていなかったせいで、『無能力の子』と呼ばれて、忌み嫌われてんだと」
「へぇ……ってことは、忌み子(不吉な子)だから、捨てられたのか」
「しかもさ、街から追放された無能力の子は、森の魔女に喰われて死んだってことになってんだってさ」
「いくら腹減ってたって、私が人間なんか喰うワケねぇべや」
「だよなぁ。人間は、何がなんでも、魔女を邪悪な存在にしたいみたいだぜ」
「『奇跡の力を持っていなかった』ってだけで、忌み嫌うのも、ワケ分かんないし」
「あんな可愛い子の存在を、『なかったことにする』ってのも、頭おかしいぜ」
「ホント、人間はなんでもかんでも、『不都合なことはなかったこと』にしたがるわよねぇ……」
「なんか人間って、知れば知るほど嫌いになるわ……」
うちらはうんざりして、顔を見合わせた。
私は野草茶を啜って、ニヤリと薄笑いを浮かべる。
「でも、良いこと教えてもらったわ」
「良いこと?」
ケントが意味が分からずに、目をパチクリしたので、教えてやる。
「フェリシアは、完全にうちらのもんになったってことよ」
「そうか! 『なかったことにした』んだから、絶対、奪い返しにも来ねぇもんなっ!」
ケントは顔を明るくして、大きく頷いた。
奇跡の力を使えなくたって、私は人間どもみたいに、フェリシアを嫌ったり捨てたりしない。
私にとっては、フェリシアの存在が「奇跡」そのものだからな。
人間どもがいらねぇっつぅんなら、フェリシアは私のもんだ。
人間の街へ戻ったら、フェリシアは絶対不幸になる。
もう二度と、人間の元には返さない。
この森で一生、うちらと暮せば良いのよ。
【ピアノ】
翌朝、目を覚ましたフェリシアに、ケントが大きな箱を差し出した。
「フェリシア、約束のお土産だぞ! 開けてみろっ!」
「わぁ、お兄しゃん、あぃがとぉ。これ、なぁに?」
「それは、開けてみてのお楽しみ」
箱には、なんだかわからない黒い物体が印刷されていた。
たぶん中身は、人間の子供用のオモチャだろう。
フェリシアが、ワクワクした顔で箱を開けようとしている。
私も、何が入っているのか、興味がないと言ったらウソになる。
しかし、フェリシアは不器用らしく、箱を開けるのに苦戦している。
どうやら、テープを剥がせないらしい。
一生懸命、爪でカリカリ引っ掻いているので、私は小さく笑う。
「開けらんねぇの?」
「……ごめんしゃい」
「謝んなくて良いから、私に貸してみ? 開けてあげるから」
「うん」
差し出された箱を受け取り、爪で引っ掻くと、あっけなくテープが剥がれた。
箱を開けて、透明のビニール袋に入った物体を取り出す。
「ほら、開いたぞ」
「わぁっ、お姉しゃん、しゅごい! あぃがとぉっ!」
「どういたしまして」
フェリシアが手を叩いて、私を褒めてくれた。
こんなことくらいなら、いくらでもやってあげる。
私は手にした物体をビニール袋から取り出して、フェリシアの目の前に置いてあげた。
不思議な形をした黒いものを見て、フェリシアは不思議そうに首を傾げている。
「これ、なぁに?」
「これはな、『ピアノ』ってんだ。こうやって叩くと、音が出るんだぜ」
ケントが、四角くて白いものと黒いものを、指で押した。
ポロンポロンと、色んな音が鳴って、私もフェリシアも驚いた。
「わっ? スゴいっ!」
「お前もやってみ?」
「うんっ」
フェリシアが恐る恐る、人差し指で押すと、またポロンポロンと音がする。
右に行くほど音が高くなって、左に行くほど音が低くなる。
触る場所によって、音が違う。
これが、人間のオモチャか。
フェリシアは、ピアノがよほど気に入ったのか、興奮している様子でケントに向かって笑う。
「ピアノって、面白いねっ!」
「そうか、面白いか。それ、お前のだから、好きなだけ遊んで良いんだぞ」
「あぃがとぉ、お兄しゃんっ!」
「どういたしまして。フェリシアが喜んでくれて、俺も嬉しいよ」
ケントは嬉しそうな笑顔で、フェリシアの頭をわしゃわしゃ撫でた。
フェリシアは楽しそうに、何度もピアノを押している。
それに合わせて、歌を唄っている。
その音楽は、めちゃくちゃだったけど、フェリシアが楽しければそれで良い。
ケントも、ワンコも、私もみんな良い笑顔を浮かべている。
フェリシアを拾ってから、毎日が楽しくて仕方がない。
ああ、なんて幸せなんだろう。
この幸せがいつまでも、永遠に続けば良いのに。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。