魔女の正体
ケントが「無能力の子」の真相を知った頃、その一方で、別の事件が起きていました。
【魔獣の探知能力】
「あははははっ、Ed~、くしゅぐったいよ~っ!」
いつものように、青い目の顔をペロペロしていた時のことだ。
どこからか、「何か」を感じた。
目に見えない、何か分からない不思議な力。
「わぅん?」
一度、気になり出すと、そればかり気になって仕方がない。
なんなのか、正体を知りたい。
ベッドの上から、体をひねって飛び降り……着地失敗。
お腹を強く打った、痛いっ!
「きゃんっ!」
「うわっ! エド、だいじょぶ? ぽんぽんいたいたいなったっ?」
「くぅ~んくぅ~ん……っ!」
めちゃくちゃ痛くて、その場で悶える。
すると青い目が、痛むお腹を撫でてくれる。
「よしよし、いたいのいたいの、飛んでけ~っ」
青い目はこういう時、同じ言葉を唱える。
なんだか分からないけど、あったかくて気持ち好くて、痛みが消えていった。
いや、痛がっている場合じゃない。
さっきから感じている「何か」を、突き止めなくては。
跳ねるように起き上がり、「何か」に向かって突進する。
「わんっ!」
「何? どしたの?」
青い目も、後ろからついて来る。
「何か」を見つけたら、青い目に見せてやるんだ。
そんで「良く見つけたねっ!」って、褒めてもらうんだ。
いくつも積まれた物を前足で掻き分け、「何か」を探す。
物がどんどん崩れていくのが、穴掘りみたいで楽しい。
「もぉおおお~っ、散らかしちゃめでちょっ!」
青い目が怒ってるけど、今は探すのに夢中なんだ。
見つけるまで、諦めない。
しばらく掘り続けると、ようやく目当ての物を見つけた。
「わんっ!」
見つけた! これだっ!
でも、なんだこれ?
丸くて白い板に、大きな穴がふたつ開いている。
その穴をふさぐように、透き通った赤い石がハメ込まれている。
赤い石は、キラキラしていてとても綺麗。
その赤い石から、目に見えない何かを感じる。
嗅いでみると、赤い目の匂いがする。
ってことは、これは赤い目の物かな?
青い目は、赤い目が好きだから、きっとこれも好きなはず。
青い目の喜ぶ顔が見たい。
白い板を咥えて、引っ張り出す。
見た目よりも重くないから、簡単に取り出せた。
咥えたまま、青い目の元へ戻る。
青い目が不思議そうに、首を傾げる。
「どうしたの? 何か見つけたの?」
「わんっ!」
しっぽを振り振りしながら、咥えたものを青い目に差し出す。
そう、良いもの見つけたんだ!
だから、褒めて褒めてっ!
青い目はそれを受け取って、ハッとする。
「これ……まじょのおめん……?」
「くぅん?」
あれ? なんかおかしい。
不思議に思って、首を傾げる。
見る見るうちに、青い目の顔が青白くなっていく。
青い目の体が、小刻みに震えている。
もしかして、それ、ヤバいものだった?
そこへ、大急ぎで赤い目が走って来て、青い目からすばやくそれを取り上げた。
赤い目は怒りの表情で、こちらを睨んでくる。
「ワンコ、お前……せっかく隠しといたのに、よくも見つけやがったわね……」
「きゃぅんっ!」
凄む低い声と、今まで感じたことのない殺気。
ヤバい……これはマズい。
赤い目が、めちゃくちゃ怒ってる。
いつも優しく、ニコニコ笑っていたのに。
こんなに怒っている恐ろしい顔は、初めて見た。
どうやら、見つけてはいけないものを、見つけてしまったようだ。
後ろの足の間にしっぽを巻き込み、青い目の後ろ足にしがみつく。
「きゅ~んきゅ~ん……」
ごめんなさい、すみません。
見つけちゃいけないものだったなんて、知らなかったんです。
どうか許して下さい……。
【魔女の正体】
「人間」にとって魔女は邪悪な存在であり、魔族は人間の敵。
「魔女狩り」と、称して襲ってきた人間どもは、全員ぶっ殺してやった。
殺さなければ、殺されていた。
私の手は、人間の血で汚れている。
今でも、私は人間を心底憎悪している。
同じ人間でも、フェリシアだけは愛している。
でも、Feliciaには、私が魔女だとは知られたくなかった。
ダブスタ(ダブルスタンダードの略=「これはこれ」「それはそれ」という自分勝手な考え方)も、いいところだ。
何より、最愛の我が子に嫌われたくなかった。
だから、「魔女の仮面」は棚の奥に隠しておいたのに。
まさか、ワンコに見つけられるとはね。
子供だと思って、完全に舐めてたわ。
ワンコの嗅覚か、それとも魔獣の探知能力か。
どちらにせよ、後の祭り(あとのまつり)(今さら、取り返しがつかない)。
フェリシアは、初めて会った時と同じ怯え切った表情をしている。
また、この顔を見ることになろうとは……。
フェリシアは、私のことをじっと見つめて、弱々しい声で問い掛けてくる。
「お姉しゃん、まじょなの……?」
「そうだ、私が魔女だ」
終わった。
フェリシアも、人間。
人間はみんな、物心付く頃には、「魔女は恐ろしいものだ」と、教えられるらしい。
フェリシアも、魔女のことを知っていた。
正体を知られたからには、今まで通りにはいかない。
きっと、フェリシアに嫌われた。
邪悪な魔女であることを、隠していたんだから。
愛する我が子に嫌われるなんて、悲しくて胸が張り裂けそうだ。
こんな幼い子供なのに、二度も捨てられるなんて。
私が捨てたら、この子はこれからどうやって生きていくのか。
また、ゴミ箱を漁り、泥水を啜って生きていくのか。
今度こそ、誰にも助けてもらえずに、栄養失調で餓死する。
だったらいっそのこと、今すぐ、私の手で殺してやるのが優しさかもしれない。
苦しまないように、一瞬で息の根を止めてあげる。
絶望に打ちひしがれながら、手にしていた仮面を顔に着ける。
フェリシアの死を、直視したくなかったから。
醜い人殺しの顔を、フェリシアに見せたくなかったから。
短い間だったけど、フェリシアと過ごした日々は充実していた。
フェリシアがいてくれるだけで、とても幸せだった。
ここで殺しておけば、きっと幸せなまま死ねる。
今まで数えきれないくらい、人間を殺してきたというのに、手が震える。
殺したくないけれど、殺さなければ。
ありがとう、さようなら。
最期に、フェリシアのこまい(小さい)頭を撫でてやった。
すると、驚いたことに、フェリシアが私に笑い掛けてきた。
「お姉しゃんが魔女でも、だいしゅきだよ!」
「……え」
思いもよらなかった言葉に、虚を突かれた(きょをつかれた=想定外の起こったので、驚いて戸惑う)。
私は、お前を殺そうとしていたのに……。
「え? 怖く……ないの?」
「あのね……そのおめんは怖いの。でも、お姉しゃんは怖くにゃいよ。だって、お姉しゃんは、とっても良い人だかりゃ」
「私は、良い人なんかじゃ……」
そうか、フェリシアは魔女の仮面に怯えていたのか。
見る者に恐怖を覚えさせる為に、わざと怖く作ったんだし。
仮面を外すと、フェリシアは嬉しそうに、私の足にしがみついてくる。
「怖がっちゃって、ごめんちゃい! でもね、お姉しゃんのことは、だいしゅきだかりゃっ!」
「あ~もぉ~っ! どんだけ可愛ければ気が済むのよ、お前は~っ! 私もフェリシアが、大好きよっ!」
「ホント? お姉しゃんもだいしゅきなの? やったぁっ!」
「もちろん、大好きに決まってんべやっ!」
愛おしくなって抱き上げると、フェリシアはきゃっきゃと喜んだ。
フェリシアは、可愛いしぐさで、一生懸命語り出す。
「あのね、お姉しゃんはね、抱っこしてくれるし、撫でてくれて、いっぱいたくさん優しくしてくれりゅから、だいしゅきなの」
「それは、お前がなまら良い子で、可愛いからよ」
頭を撫でてやると、フェリシアが気持ち良さそうに目を細める。
「もっと、良い子になりましゅ」
「お前はもう、充分すぎるぐらい、良い子ちゃんだべや」
「もっともっと、良い子になりたいにょ」
フェリシアは、そう言って笑う。
これ以上、良い子になる必要なんてないのに。
逆に、もっとワガママでも良いのに。
これも、毒親の洗脳に違いない。
きっと、毒親から「良い子であること」を、強制されたんだ。
フェリシアは、毒親から愛されたい一心で、懸命に「良い子になろう」とした。
どれだけ、毒親に屈服(力に恐れて従う)させられていたのか。
もう二度と、親の目に怯えて、必要以上に良い子にならなくていい。
少しでも早く、毒親の洗脳を解いてやりたい。
洗脳が解けた本当のお前は、どんな子なんだろう。
これからはもっと自分らしく、もっと素直になって良いんだよ。
どんな子になっても、私が愛してあげるからね、フェリシア。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。