無能力の子
ここにきて、ようやくタイトル回収。
【憎悪と愛の板挟み】
「ヤダヤダ、仕事行きたくなぁ~いっ! ずっとFeliciaの側にいるぅ~っ!」
「やめろや! フェリシアが困ってんべやっ!」
Kentが、うちのフェリシアを抱っこして、ダダをこねている。
コイツ、こんなヤツだったっけ?
「人間は死すべし」っつってた、冷酷なお前はどこ行ったのよ?
前にも説明したけど、ケントは政界を中から腐らせて、国そのものを滅ぼそうと企んでいる。
国が回らなくなれば、国民は不満を募らせ、暴動を起こす。
demonstration(要求を通す為の集団行動)。
Strike(社会人や学生が、仕事や授業をサボる)。
一度、暴動が起これば、簡単には収まらない。
大勢の人間が働かなくなれば、経済も回らなくなる。
imflation(通貨の価値が下がり、物価が上がる)も起こる。
人間は金銭的余裕がないと、心まで貧しくなる。
全犯罪(窃盗・強盗・詐欺・暴行・殺人・放火などの犯罪全般)の発生率が、高まる。
このままいけば、いずれ人類は滅亡する。
ところが、ケントはすっかりフェリシアの虜(ある事に熱中して逃げ出せない状態)になってしまった。
フェリシアは、「人間」
人間を滅ぼせば、フェリシアを産んだ親も死ぬ。
「フェリシアを捨てた毒親なんて、死んでどうぞ」って、思うけど。
フェリシアは今もなお、両親の愛を求め続けている。
どんな毒親であっても、親が死ねば、フェリシアが悲しむ。
可愛いフェリシアを悲しませたくない気持ちは、私も同じ。
人間憎し。
フェリシアは、愛おしい。
憎悪と愛の板挟み状態。
そんで、人間を滅ぼすことに、ためらいを感じ始めたんだって。
結果、仕事に行きたくなくなったってワケよ。
私はやれやれと、ため息を吐く。
「フェリシアを喜ばせる方法、ひとつ教えてやるわ」
そう言うと、ケントはピタリと止まり、私を問い詰めてくる。
「何? フェリシアを喜ばせる方法って?」
「フェリシアの服とオモチャ、買ってこいや」
「おぉっ、そうだな! ここには、フェリシアのもん、なんもないもんなっ!」
途端に、ケントは明るい笑みを浮かべた。
チョロい。
ケントはフェリシアに、デレデレのだらしない笑顔を向ける。
「フェリシア、なんか欲しいものある?」
「ううん。お姉しゃんとお兄しゃんとエドがいりぇば、にゃんにもいらにゃいよ」
フェリシアは、首を小さく横に振った。
けなげさに、胸がキュンと音を立てた。
舌っ足らずで、噛みっ噛みなところも、可愛い。
ケントが、興奮した口調で訴えてくる。
「今の聞いたっ? うちらがいれば、なんもいらないってっ!」
「聞いた聞いた! どんだけ可愛ければ、気が済むのよっ!」
「良い子すぎて、マジ天使なんだけどっ!」
ケントは満面の笑みで、フェリシアの頭をわしゃわしゃ撫でまくる。
フェリシアは、くすぐったそうに笑っている。
可愛すぎて、果てしなく好きになるEndless Love(終わりなき愛)。
私もフェリシアを抱っこしたくなり、ケントから取り上げる。
「分かったら、フェリシアの為に稼いでこいや」
「よっしゃ! フェリシアの為に、俺頑張るっ!」
ケントは、見違えるように、やる気を出した。
手を大きくブンブン振りながら、ケントは家から出て行く。
「フェリシア~、お土産いっぱい買ってくるから、楽しみに待ってろよ~っ」
「お兄しゃん、行ってらっちゃ~いっ!」
フェリシアも、こまい(小さい)手を振り返して、ケントを見送った。
【遺伝子突然変異個体】
今日は、報告会で、大勢のオッサンとオバサンが会議室に集まっている。
ひとり一部ずつ資料が配られて、担当の役員が資料を読み上げるだけ。
これって、わざわざ集まる意味あるのかね。
読むだけなら、執務室に置いといてくれれば、空き時間に勝手に読むよ。
こんなご時世だしさ、リモート会議でも良いんじゃね?
報告書だって、プリントアウトせずに、メールで送れば良いのにさ。
そうすれば、会議室を貸し切る金も、印刷代も時間も、節約出来るのに。
頭のお堅いオッサンオバサン達は、なんで集まりたがるのかねぇ。
直接会って、キャッキャウフフしたいって、お年頃でもないでしょうが。
いい年こいて、キャッキャウフフしたいの?
ドン引きなんですけど。
こんな時間があったら、フェリシアを愛でてる方が、よっぽど有意義だぜ。
人間って、ホント理解出来ない生き物だわ。
無駄に長い報告会と会議が終わると、執務室へ戻って雑務処理。
人間を滅ぼすとはいえ、仕事はちゃんとこなす。
真面目にやらないと、信用問題に関わる。
ここまで昇り詰めた努力を、わや(ダメ)にしたくはないからね。
今日の仕事が終わり、庁舎を出る頃には、すっかり夕暮れ。
ふ~……やれやれ、今日も良く働いたぜ。
さぁて、ここからがお楽しみの時間。
フェリシアへのお土産を、たくさん買って帰ろう。
何をあげたら、喜ぶかな。
あの子、無欲だからなぁ。
『お姉しゃんとお兄しゃんとエドがいりぇば、にゃんにもいらにゃいよ』
フェリシアの言葉を思い出す度に、顔の筋肉がゆるんでしまう。
普通、あのくらいの年頃の子供って、全然言うこと聞かないんだよ。
お菓子売り場やオモチャ売り場で、ギャン泣きしている幼児を良く見掛ける。
フェリシアも良く泣くけど、静かに泣くんだ。
しかも、ワガママひとつ言わない。
良い子ちゃんすぎて、ちょっと怖いんだよね。
Allieが「親が育児放棄して、捨てた」って言ってたから、そのせいかも。
きっと、フェリシアは大きな闇を抱えている。
甘えたさんなのも、愛情に飢えているから。
これからは、うんと愛して幸せにしてやりたい。
フェリシアの為なら、なんでも惜しまず与えよう。
まずは、服かな。
今しか着られない可愛い服を着せたいのが、親心ってもんじゃん。
って言うか、俺が可愛い服を着せたいっ!
さっそく、子供服売り場へ向かって、フェリシアの服を選ぶ。
子供服って可愛いから、どれも欲しくなっちゃう。
フェリシアは、可愛いからなんでも似合いそう。
気付けば、買い物カゴがいっぱいになっていた。
そういえば、フェリシアって、何歳なのかな。
体の大きさから考えると、三歳児ぐらいか?
いや……でも、フェリシアって子供らしくない、ガリガリの体型なんだよね。
虐待されてたせいで、発育不良を起こしてるかもしれない。
四歳か……それ以上の可能性もある。
服を選んでいると、オバサンの店員が、にこやかに声を掛けてくる。
「何か、お探しですか?」
「ええ、まぁ。フェリシアの……」
作り笑いで応えると、店員の顔がピシリと固まった。
店員から笑顔が消え、小声で言う。
「お、お客様……今、なんと……?」
「え? 何が?」
「今、何か名前のようなものを、おっしゃいませんでした?」
「名前のようなものって、『フェリシア』?」
「……ちょっと、こちらへ」
やけに神妙な顔つきで、店の奥へ連れて行かれた。
オッサンの店長が現れて、パイプ椅子に座るようにうながされ、素直に座った。
俺が「フェリシア」にまつわる(関係や縁がある)話を知らないと見るや、店長が重々しい口調で、話し始めた。
かつて、この街には「フェリシア」という名前の子供がいた。
フェリシアは、人間ならば誰しも持っているはずの「奇跡の力」を持っていなかった。
フェリシアは「無能力の子」と呼ばれるようになり、忌み嫌われる存在となった。
同時に、「フェリシア」は忌み言葉(口に出してはいけない言葉)となった。
同じ名前を持つ人間は、全員改名したそうだ。
ある日、無能力の子がいなくなった。
噂によると、森に棲む邪悪な魔女が、無能力の子を喰らったらしい。
人間達は「魔女が無能力の子を喰ってくれて、清々(せいせい)した」と、大喜びした。
そして、「無能力の子なんて、元から存在しなかった」ことにした。
その話を聞いて、怒りに震えた。
なんだよそれ。
フェリシアは、何も悪くないじゃん。
「奇跡の力」を持っていなかっただけで忌み嫌うなんて、意味が分からない。
あんなに可愛い子供が死んだことを喜ぶなんて、正気じゃない。
フェリシアは、今も生きているのに「なかったこと」にするな。
また「歴史の改竄(自分に都合良く、書き換える)」かよ。
なんで人間は、自分達にとって不都合な出来事を「なかったこと」にすんの?
やっぱり、傲慢な人間なんて滅ぼすべきなんだ。
「人間」が忌み嫌う「無能力の子」と、うちらのフェリシアが同一人物とは限らない。
だって、うちらのフェリシアは、つい最近、俺が名付けた。
俺が、名付け親なんだからなっ!
確かに、フェリシアが「奇跡の力」を使っているところを、一度も見たことはない。
「無能力の子が、魔女に食べられた」って噂も、真っ赤なウソ。
「森で落ちていたのを、拾った」と、魔女本人が証言している。
人間なんか、喰うワケねぇじゃん。
人間全員で、フェリシアを街から追放したんだ。
う~む……ここまで合致していれば、ほぼ確定だな。
フェリシアは、人間が忌み嫌っている「無能力の子」なんだ。
「奇跡の力」を持ってないんなら「ヒト」じゃん。
「人間」は、ヒトの遺伝子に、魔族の遺伝子を組み込んで人工的に作り出された。
恐らく、フェリシアは魔族の遺伝情報だけが、欠損(一部が欠けてなくなる)している。
かつて失われた、「ヒト」の遺伝上の形質を取り戻した。
遺伝子突然変異個体(突然、遺伝子が変化してしまう現象)。
恐らく、フェリシアは先祖返りした「ヒト」なんだ。
もしくは、偉大なる作詞作曲家「フェリシア・ブロック」の生まれ変わり。
きっと、そうに違いない。
心から尊敬していた、あの天才作曲家に再び会えるなんて!
しかも、めっちゃ可愛い幼児から育てられるなんて、最高の喜びだっ!
将来は「フェリシア・ブロック」を、凌駕(他を越えて、それ以上になる)させたい。
そうと分かれば、俺が音楽を教えてやろう。
才能教育(優れた才能を持つ子に特別な教育を受けさせる)は、早い方が良い。
よし! さっそく、オモチャのピアノを買ってこようっ!
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。