歌の翼を持つ天使
「ぼろぞう」の由来は、アリーが初めて幼女と会った時、「ぼろぞうきんみたいだったから」です。
【歌の翼を持つ天使】
「いつまでも、名無しのまんまじゃ可哀想」ってことで、人間の幼児の名前を考えることにした。
とはいったものの、どんな名前が良いんだろ?
本人の特徴とか、好きな物とか、呼びやすさとか?
アリーが人間の幼児を抱き寄せて、よしよしと撫でている。
人間の幼児もようやく落ち着いたらしく、アリーに甘えている。
魔獣は眠いのか、人間の幼児の腕の中で、うとうとしている。
微笑ましくて、こちらまでほっこりする。
アリーが、人間の幼児に優しく語り掛ける。
「お前、どんな名前が良いの?」
「お姉しゃんが付けてくれるなら、なんでも良いよ?」
「そういうこと言ってると、『ぼろぞう』とか付けちゃうわよ」
「お姉しゃんが良いなら、それで良いよ」
人間の幼児は、へにゃりと力なく笑った。
なんつう、良い子なんだ。
けなげすぎて、泣けてくるぜ。
こんなに大人しい幼児は、初めて見た。
なんかこの子、幼児らしくないんだよね。
街で見掛けた人間の子供は、もっと可愛げがなかったぞ。
わがままばっか言って、だだこねてんの、何度も見た。
頭ガシィって、鷲掴みにして黙らせようと思ったことは、一度や二度ではない。
ふたりの話を聞いて、俺は呆れ果てて深々とため息を吐く。
「『ぼろぞう』なんて、クソダサい名前は、俺がイヤだ」
「なんでよ? 本人は、良いっつってるわよ? 『ぼろぞうきん』略して『ぼろぞう』」
「お前らのネーミングセンスには、ガッカリだよ。俺がもっと良いの、考えちゃる」
こんな可愛い子を「ぼろぞう」なんて、呼びたくねぇわ。
もっと、この子に似合う可愛い名前を付けてやりたい。
屈んで、人間の幼児と視線を合わせて問う。
「お前さ、なんか、好きなもんとかねぇの?」
「しゅきなもの? えっとね、パパとママがだいしゅきだよ」
人間の幼児は少し考えた後、儚い(溶けて消えてしまいそうな)笑みを見せた。
コイツ、まだそんなこと言えるのっ?
捨てられたのに。
もう二度と、両親から愛されることはないのに。
今でも両親が自分を愛してくれると、信じ続けているんだ。
「そっか、パパとママが一番好きか。じゃあ、次に好きなのは?」
「次~? 次はね~ぇ、う~んとね、えっとねぇ……お姉しゃんとEdがしゅき」
「『エド』?」
それを聞いて、俺とアリーはポカンとした。
この感じだと、アリーも知らないらしい。
幼児は嬉しそうな笑顔で、スヤスヤ眠る魔獣をこちらへ見せてくる。
「わんわんのお名前」
「ああ、ソイツの名前か」
「うん」
俺は差し出されたエドの頭を、優しく撫で撫でした。
でも、どっから、その「エド」っつう名前が出てきたんだ?
二文字で、めっちゃ呼びやすいけど。
気になったら、知りたくなる。
分かんないまんまに、しときたくないんだよね。
「ソイツ、なんで『エド』って名前なの?」
俺が問うと、幼児がエドの背中を見せてくる。
「ここんとこに『ed』って、あるでちょ?」
「ああ、それ?」
「だから、エドなの」
魔獣の背中に、模様らしきものがある。
言われてみれば、『e』と『d』に読めなくはない。
そう思って見ないと、見えないけど。
俺が人差し指で模様をなぞると、エドはくすぐったそうに、身じろいだ。
その反応が面白くて、背中をなぞり続ける。
すると、エドがウザったそうに目を開けて、前足でパンチしてきた。
仔犬特有の困り顔と、「キューンキューン」という弱々しい鳴き声が可愛い。
見かねたのか、人間の幼児が注意してくる。
「もぉおお~っ、お兄しゃん、エド、イジめちゃめっ!」
「はいはい、ごめんごめん」
怒られても、ちっとも怖くない。
ほっぺたぷっぷくぷーに膨らませてんのが、めっちゃ可愛い。
「他に、何か好きなものは? 好きな色とか、好きな歌とか」
「お歌を唄うの、しゅきだよ」
それを聞いて、テンションが爆上がりした。
「マジで? 俺も、歌好きなんだよね。歌ってみてくれる?」
「じゃあ、えっと……」
人間の幼児は、はにかみながら、口を大きく開いた。
伸びやかに、高らかに歌い始めた。
透き通った柔らかい歌声が響き渡り、心を癒してくれる。
歌詞は、物語調になっていて、メッセージ性のある内容。
人間の幼児は、とても穏やかな笑顔を浮かべている。
久し振りに、全身に鳥肌が立つぐらい感動した。
魂が震えて、ブワッと涙が溢れた。
なんだこれ! 最高じゃんっ!
これはまさに、俺が求めていた「ヒト」の音楽。
ヒトが絶滅した今、二度と聴けないと、諦めていた音楽。
歌の翼を持つ天使が、俺の前に舞い降りた。
唄い終えると、恥ずかしそうに顔を赤くして、アリーの胸に埋めた。
あらら、唄うのが恥ずかしかったのかな?
ヤバいっ、マジで可愛い! 可愛いがすぎるっ!
コイツ、マジなんなん?
こんな人間、初めて見た。
魔族でも、こんなヤツ見たことがない。
めっちゃ可愛くて、むちゃくちゃ癒される。
「ヒト」みたいに歌も上手いし、ホント最高なんだけど。
それに、アリーがこんなに表情豊かなの、初めて見たかも。
以前のアリーは、いつも寂しそうな顔しててさ。
人間のことを心底、恨んでいた。
暗い影を宿していて、近寄りがたい雰囲気すら漂っていた。
でも今は、楽しそうに笑っている。
そっか、可愛い天使がいるから。
名前のない天使は、うちらに笑顔をもたらす為に舞い降りたんだ。
でも、いつまでも「名前のない天使」じゃ、可哀想だ。
なんか、天使に似合う名前を付けてやりたい。
そうだ、ピッタリの名前があった。
「Felicia!」
俺がその名前を口に出すと、天使は驚いたようにビクッとなった。
まんまるに見開かれた目が、めっちゃ可愛い。
「なぁ、『フェリシア』って、良い名前だと思わねぇ?」
「フェリシア? 何よそれ?」
アリーは、不思議そうな顔で首を傾げた。
「何? お前、知らねぇのかっ? フェリシア・ブロックは、俺が唯一尊敬していた『ヒト』の名前だぞっ! 作詞の言葉選びも素晴らしくて、歌唱力も凄かったんだ! 後世に残る、偉大な作曲家なんだぜっ!」
「いや、そんなこと言われても、知らんし」
「音楽」に興味のないアリーは、本当に知らないようだ。
それに「フェリシア」は「幸運」という意味を持つ。
アリーに向かって力説(強く伝わるよう語る)していると、天使がボロボロと泣き出した。
泣いた理由が分からず、うちらはオロオロするばかり。
「どうしたっ? 『フェリシア』は、イヤだったかっ?」
「ごめん! もっと良い名前考えてやるから、泣かないでくれっ!」
天使が泣くと、罪悪感でこっちまで泣きたくなってしまう。
しばらく泣いた後、天使が涙声で、たどたどしく喋り始めた。
「……あのね、ずっとね、名前呼んでもらえにゃかったからね、嬉ちくて……」
そうか、名前を呼んで欲しかったのか。
名前は本来、親が「こんな子になって欲しい」と願いを込めて我が子に与える、形のない贈り物。
呼び続けられることによって、その子を特定する名前として定着する。
名前は、本人が変える気がない限り、一生変わることはない。
うちらが、名前を呼び合っているのも、羨ましかったに違いない。
知らなかったとはいえ、無神経だったと反省する。
俺はしゃがんで、天使と目線を合わせ、よしよしと頭を撫でる。
「よしっ、今日から、お前の名前は『フェリシア』だ!」
「はい! フェリシティでしゅっ!」
天使、いやフェリシアは、泣き笑いの顔で明るく答えた。
アリーはにっこりと微笑んで、フェリシアの名前を呼ぶ。
「フェリシアちゃ~んっ」
「はぁ~い!」
フェリシアは、嬉しそうに手を上げて、良い子の返事をした。
あ~もぅっ、なんでこんなに可愛いのさっ!
可愛すぎ! 大好きっ! やっぱ、めっちゃ欲しいっ!
「アリー! やっぱ、これ、ちょうだいっ!」
「やらんっつってんべやっ!」
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。